
史料:七海半太郎作図、出典:ブランマップ掲載の国土地理院の地図
高屋神社の位置
グ―グル地図には、高屋神社は、載っていない。
国土地理院では、黒貫寺の真東に鳥居マークで存在します。
宇佐神宮東隣の大尾神社の経度は、131度22分50秒ちょい。
まず、グ―グルで、高倉神社古墳の鳥居と大尾神社を結んで下さい。このラインを真南に延長し、黒貫寺東隣の公民館即東に、高屋神社があります。
経度は少しズレますが、この程度のズレは、1秒程度だから、誠に正確です。
影の測量士でも居るのか不思議です。
伝承
高屋神社も黒貫寺(真言宗)もどちらも、景行天皇が丘に登っての歌と記す。
これは、矛盾しますが、何か他の意味があるのでしょう。
景行は、狗奴(狗神:イヌ神)と卑弥呼を褒めていたからです。
おそらく、
景行は狗奴の居所を代表して言い、黒貫寺は追記して卑弥呼を言った。
このように考えます。
あるいは、伝承は、邪馬臺國と邪馬壹國の違いを指したのではないか。
以上、あくまで想像ですが、両者が嘘をつくとは、考えられません。
グーグルさんへのお願い
高屋神社の鳥居マークを載せて下さい。
2011・10・30追記
豊前を見渡すと、小犬丸と言う地名あり。これは狗と言う漢字の原義です。
福岡県築上郡吉富町小犬丸。
福岡県豊前市小犬丸。
英彦山のすぐ東は、犬ケ岳。
狆(チュウ)という漢字
中国の狆(チュウ)は、犬の「チン」という種類で、貴州省や雲南省の産地です。・・・仲の漢字も同じ意味とは、ついぞ知りませんでした。
豊前の中津市は、むかし仲臣村とも書いた。中臣氏も犬を味方にしているのでしょう。
天孫降臨の時から、継続して天皇の忠臣で、神武東征では、中臣の先祖天種子は、宇佐氏の菟狭(うさ)津姫と婚姻しています。以降、大伴氏とともに、奈良大倭天皇の五大夫[五大臣]の一人として、垂仁紀に出てきます。豊前は、秦氏が沢山住んだところです。
中国の斉の国では、犬を地羊という。楚辞の校注も、狗は黄羊という。のちに、斉の国は、田斉となり、田氏の国となる。
犬戎国、犬封国、狗封国、狗民国
1、元中記の槃護。犬戎の頭領の首をくわえて来た。子孫は徐々に増え、祖先が狗であるから狗民國と言われた。
会稽の東南2万1000里の海中にある30里四方の地に封じた。
これは、ジーコンボの逆読みで、ボンコージ。萩市見島でした。
2、挿神記の盤瓠は、犬戎国ですが、その子供には尻に尾があった。
似る話しは、神武紀で、(尻に)尾のある人が磐から出て来た。吉野の国樔部を始祖とする磐押し別の子という。
3、雷山山中の羽白熊鷲という人物は、走りが早い(神功紀)
4、愛知県の豊川市の犬頭神社(祭神:保食神)、犬頭の糸を絹にして、國主が朝廷に献じた。
(七海注)犬頭:けんとうの音で、絹(けん)、犬頭(いぬかみ)とすれば、狗神(くじ)となる。これは、景行の高屋神社の歌と合致します。
保食神は、蚕などの発生神です。
岡崎市の糟目犬頭神社(かすめけんとう)は、眠った主人とイヌ。スピー・フンに似た話しか?)
5、宮城県桃生郡矢本町の墨書き土器。大舎人(高橋宗「蝦夷」)
(七海注)犬舎人というのか。南史の大漢国は、狗漢国と同じとみます。舎人は、文字通り、同じ屋根の下の人です。
以上、1は、狗の渡来譚、2~5は、全国にイヌが居る証拠とみます。
大局的にみれば、日本の古代はイヌだらけでしたが、よく再考すれば、シュメール、ミタン二国、ペルシャ、インド、チベット、西域にもイヌがいました。
南史の扶桑國。小笠原には、人身狗頭の国と女国。イヌと女国があった。
大陸のイヌと美女は、和田(コータン)にあった。
卑弥呼:少名日子建猪心命の猪。犬を猟犬とみれば敵対して矛盾しますが、イヌと言っても、犬科のタヌキ、キツネ、ムジナとみれば、そうでもない。
しかし、ここでは、現代人の感覚での判断を避けておきます。
なお、前方後方墳は、吉野が里から東海地方へ広がっています。