
(角川書店刊。)
これまでの文明批評のほとんどが、古代文明を批判的に考察してるのではなく、そのまなざしはつい最近成立したばかりの産業革命以降の工業化社会に向けられているのではあるまいか?
確かに現代日本を見ると、第一次産業よりも情報やサービスといった産業(第三次産業?)に富が集まっているように見える。ところが、それらに従事する人々には必ずしも幸福な感覚がない。
イギリスの産業革命の時代、機械にこき使われていた労働者がついに機械を打ち壊すに至ったラッダイト運動のようなエネルギーが、現代の抽象労働に携わるホワイトカラーにも溜まっているように感じられる。
だが、そもそも産業革命が可能だったのは農耕文明が成熟していたからであり、産業革命の発生はじつは農耕の発明にまでさかのぼることができる。
狩猟採集社会から農耕社会になってあぶりだされてきた疾患が統合失調症(かつての分裂病)だと喝破したのは中井久夫氏である。(『分裂病と人類』、東大出版、1982。近日復刊予定。)
うつ病の発症も、狩猟採集文化から農耕文化への転換で人々の平等性がなくなったから起こったという説が、最近海外から流れてきたが、まだ説得力はない。
ものごとを有文字文化からだけ眺めるのでなく、無文字文化にまでさかのぼって人類史的に見ることは、本質を一層深くとらえるのに役立つだろう。
しかしながら、「なかった昔には戻れない」。ジェット機もコンピュータも存在した上での現在である。「諸悪の根源は農耕にあり」のシリーズは、ここでひとまず区切りとしたい。
(冒頭に掲げた本は石油文明批判である。資料が豊富で説得力がある。ベストセラーにはつまらない本が多いのだが、これは面白い。著者とNHK取材班の力量を感じさせる一冊だ。)