つづき
やっと最後の一山にたどり着きました。
この山を登り切れば頂上。
でも一番の難所。
行く手は見ただけで目まいがしそうな岩場。
こんな道。
写真では分からないかも知れないけれど、とても大きな岩道。
手を使ってよじ登らないと登れない道もある。
もう全身使ってよじ登る感じ。
腕力がない人は一人でよじ登れない。
岩場を選んで進むのだけれど、道を見誤ると大変な事になる。
こんな大きな岩にぶち当たる。
戻ればいいけれど、戻りたくない。
って言うか戻るのも大変。
八蔵さんに手で引きあげて貰ったり、お尻を押して貰ったり…。
一人では登れなかった。
『さっきあんな意地悪いっちゃってごめん』って心から反省するマーヤ。
一番重いお荷物はマーヤ。
八蔵さんもぐったり疲れて一休み。
飲み物は二人合わせて500mlのペットボトルを8本持ってきた。
多いかな?と思ったけれど、喉が乾いて&乾いてたまらない。
ペットボトルはあっという間に空になる。
帰りの分を心配しながら遠慮して飲む。
でも、八蔵さんはマーヤにお水を差し出してくれる。
マーヤの事を考えて自分は極力飲まずにいてくれるのがわかる。
『もっと大事にしなくちゃ罰があたる』。
心から反省する自分がいた。
それだけでも、『来てよかった』と思った。
登っても&登ってもてっぺんは見えない。
途中で弱気になった。
マーヤ:『頂上まで行かなくてもいい?』って聞いた。
八蔵:『いいよ』って言った八蔵さん。
でも、マーヤがいなければ八蔵さんは楽勝で登れたはず。
『登り切りたい』って言うマーヤをここまで支えてくれたのに、途中で止やめたらいけないと思った。
ここで止めてもマーヤはいい。
でも、八蔵さんは『俺は何のために頑張ったんだ』って寂しい気持ちになるかもしれない。
そしたら、最後まで頑張れなかった事を私自身も後悔する。
さっき八蔵さんが言った『結果が全て』と言う話。
マーヤは『結果よりも過程が大事』って言ったけれど、『結果も大事だ』と感じた。
自分の人生においては『結果にはこだわらないし、こだわりたくない』。
『頑張っていれば結果は自然についてくる』。
だから『自然に任せたい』。
結果が望んでいた形にならず悪くても、それが私に与えられた『ちょうどいい私への最大のプレゼント』だと感じる。
だから何でも受け入れたい。
そういう思いは変わらない。
でも、誰かの結果にはこだわりたいと思った。
今回の八蔵さんのように、自分の為じゃなく私(第三者)の為に頑張ってくれているその想いには応えたい。
結果を残し『ありがとう』と伝えたい。
(まだちゃんと言ってないかも)。
そんな事を思いながら岩場で一休みしている八蔵さんを見る。
いざという時は本音を言わず相手に合わせる八蔵さん。
優しいのだ。
日頃我慢している事が多いんだろうな…と感じる。
我がままいっぱいのダメマーヤだけど、しっかり八蔵さんを支えたいと思った。
頑張って登るぞぉ~。
とってもキレイ。
疲れは吹っ飛ばないけれど、『疲れが吹っ飛びそうな美しさ』。
ずっと向こうから歩いてきたんだね。
頑張ったね。
でも、まだ頑張らないと頂上にはたどり着けない。
『登山』って苦しい。
『人生は山登りみたいなもんだ…』って言った誰かの言葉を思い出す。
人生は辛いのが当たり前なんだろうな…とふと思う。
この登山の様に、人生は殆どが辛くていいのだ。
登るのに疲れたら時々休憩。
美しい景色(楽しい時間)を目にする時間は全体のほんのわずか。
後は殆どが苦しい。
でも、楽しい時間はほんのわずかでいいのかも知れない。
楽しい時間は少なくても、自分が楽しいと感じられなくても、美しい景色に包まれて山登りをしている事は確かなのだ。
人生もきっと同じ。
美しい景色は(楽しい事)はいつも自分の周りに散りばめられていて、用意されている。
自分の意思で、いつでもつかむことが出来る。
見る事ができる。
自分で決めればいいのだ。
全部自分が決めているのだ。
辛くても、楽しい時間が少なくても、美しい物に囲まれて生かされている。
私たちは幸せなんだ。
私は幸せだ。
そう思った。
そんな事を思いながら一歩一歩前に進む。
そして『鍛治稲荷神社』についた。
可愛いお地蔵さんがいてナデナデ。
癒されるぅ~。
この道を登ればもう着くよ。
あとひと踏ん張り。
あともう少し。
あともう少し。
そう思いながら振り返る。
自分の足で歩いてきたなんて信じられない。
雲より高い所にいる。
空に近づいた。
でも、雲には近づけない。
空はもっと、ずっと&ずっと遠くなんだね。
だから『愛おしい』と思うのかも知れない。
あたりが急に開けた。
まさか…着いたぁ~。
着いたんだぁ~。
『月山神社』が見える。
この時ばかりは疲れも吹っ飛びました。
湧き上がるワクワク感に背中を押され、足取り軽く神社へと向かいました。
つづく
やっと最後の一山にたどり着きました。
この山を登り切れば頂上。
でも一番の難所。
行く手は見ただけで目まいがしそうな岩場。
こんな道。
写真では分からないかも知れないけれど、とても大きな岩道。
手を使ってよじ登らないと登れない道もある。
もう全身使ってよじ登る感じ。
腕力がない人は一人でよじ登れない。
岩場を選んで進むのだけれど、道を見誤ると大変な事になる。
こんな大きな岩にぶち当たる。
戻ればいいけれど、戻りたくない。
って言うか戻るのも大変。
八蔵さんに手で引きあげて貰ったり、お尻を押して貰ったり…。
一人では登れなかった。
『さっきあんな意地悪いっちゃってごめん』って心から反省するマーヤ。
一番重いお荷物はマーヤ。
八蔵さんもぐったり疲れて一休み。
飲み物は二人合わせて500mlのペットボトルを8本持ってきた。
多いかな?と思ったけれど、喉が乾いて&乾いてたまらない。
ペットボトルはあっという間に空になる。
帰りの分を心配しながら遠慮して飲む。
でも、八蔵さんはマーヤにお水を差し出してくれる。
マーヤの事を考えて自分は極力飲まずにいてくれるのがわかる。
『もっと大事にしなくちゃ罰があたる』。
心から反省する自分がいた。
それだけでも、『来てよかった』と思った。
登っても&登ってもてっぺんは見えない。
途中で弱気になった。
マーヤ:『頂上まで行かなくてもいい?』って聞いた。
八蔵:『いいよ』って言った八蔵さん。
でも、マーヤがいなければ八蔵さんは楽勝で登れたはず。
『登り切りたい』って言うマーヤをここまで支えてくれたのに、途中で止やめたらいけないと思った。
ここで止めてもマーヤはいい。
でも、八蔵さんは『俺は何のために頑張ったんだ』って寂しい気持ちになるかもしれない。
そしたら、最後まで頑張れなかった事を私自身も後悔する。
さっき八蔵さんが言った『結果が全て』と言う話。
マーヤは『結果よりも過程が大事』って言ったけれど、『結果も大事だ』と感じた。
自分の人生においては『結果にはこだわらないし、こだわりたくない』。
『頑張っていれば結果は自然についてくる』。
だから『自然に任せたい』。
結果が望んでいた形にならず悪くても、それが私に与えられた『ちょうどいい私への最大のプレゼント』だと感じる。
だから何でも受け入れたい。
そういう思いは変わらない。
でも、誰かの結果にはこだわりたいと思った。
今回の八蔵さんのように、自分の為じゃなく私(第三者)の為に頑張ってくれているその想いには応えたい。
結果を残し『ありがとう』と伝えたい。
(まだちゃんと言ってないかも)。
そんな事を思いながら岩場で一休みしている八蔵さんを見る。
いざという時は本音を言わず相手に合わせる八蔵さん。
優しいのだ。
日頃我慢している事が多いんだろうな…と感じる。
我がままいっぱいのダメマーヤだけど、しっかり八蔵さんを支えたいと思った。
頑張って登るぞぉ~。
とってもキレイ。
疲れは吹っ飛ばないけれど、『疲れが吹っ飛びそうな美しさ』。
ずっと向こうから歩いてきたんだね。
頑張ったね。
でも、まだ頑張らないと頂上にはたどり着けない。
『登山』って苦しい。
『人生は山登りみたいなもんだ…』って言った誰かの言葉を思い出す。
人生は辛いのが当たり前なんだろうな…とふと思う。
この登山の様に、人生は殆どが辛くていいのだ。
登るのに疲れたら時々休憩。
美しい景色(楽しい時間)を目にする時間は全体のほんのわずか。
後は殆どが苦しい。
でも、楽しい時間はほんのわずかでいいのかも知れない。
楽しい時間は少なくても、自分が楽しいと感じられなくても、美しい景色に包まれて山登りをしている事は確かなのだ。
人生もきっと同じ。
美しい景色は(楽しい事)はいつも自分の周りに散りばめられていて、用意されている。
自分の意思で、いつでもつかむことが出来る。
見る事ができる。
自分で決めればいいのだ。
全部自分が決めているのだ。
辛くても、楽しい時間が少なくても、美しい物に囲まれて生かされている。
私たちは幸せなんだ。
私は幸せだ。
そう思った。
そんな事を思いながら一歩一歩前に進む。
そして『鍛治稲荷神社』についた。
可愛いお地蔵さんがいてナデナデ。
癒されるぅ~。
この道を登ればもう着くよ。
あとひと踏ん張り。
あともう少し。
あともう少し。
そう思いながら振り返る。
自分の足で歩いてきたなんて信じられない。
雲より高い所にいる。
空に近づいた。
でも、雲には近づけない。
空はもっと、ずっと&ずっと遠くなんだね。
だから『愛おしい』と思うのかも知れない。
あたりが急に開けた。
まさか…着いたぁ~。
着いたんだぁ~。
『月山神社』が見える。
この時ばかりは疲れも吹っ飛びました。
湧き上がるワクワク感に背中を押され、足取り軽く神社へと向かいました。
つづく