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芦屋歴史建造物と桜

2018年03月29日 | 紀行(建築・桜)

神戸に桜の満開宣言が出ました。3月末なのに早くもチラチラと桜吹雪が舞っています。今日の気温は22°くらいになったようで、暑いくらいで上着が要りませんでした。欧米の外国人観光客は、ノースリーブでしたよ!

 毎年、芦屋川、夙川の桜を見に行きますが、気になるのは年々 桜の木が減っているようです。芦屋霊園近くの古木が並んでいた桜の並木道では枯死したのか、多くの桜の木が伐採されて切り株だけになっていました。毎年楽しみに見てい来たのに、哀しい・・ というわけで、桜よりも芦屋の宗教建造物です。

芦屋川沿いの芦屋教会

入り口に、どなたでも中にお入りくださいと書いてあったので、おそるおそるドアを押し開け初めて中に入りました。中では女性が一人、オルガンを弾き続けていました。キリスト教徒ではないけれど、丁寧にお辞儀して拝んできました。

鮮やかな色のバラ窓

 

去年、文化財に登録された、芦屋仏教会館。キリスト教みたいな建物ですが、仏教です。中には蓮のステンドグラスがあるらしい、中に入ってみたいなぁ

 

 

芦屋教会の近くにある芦屋警察は、ファサードの前面のみが保存されて、あとは建て替えられました。前を横切る電線が無粋で邪魔です。住環境に気を配っている芦屋なら、電線の地中化を早くしてほしい。

 

 

 大島桜

 

          

 

 

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男山配水池公園(姫路市)

2018年03月24日 | 紀行(建築・桜)

もうすぐ4月だというのに、先月のこと。姫路市民のJ友さん二人と、元姫路市民の私の3人で、市民の知らない姫路市探訪の旅。

お昼は隠れ家のような、お蕎麦屋さん。元旅館だったようで、白壁に趣きの有る窓が素敵、梅麟館。山裾の細い道を かなり上ったところに有り、知る人ぞ知る人気店のようですが、人気店らしく多くの人が来店していました。そばランチ、蕎麦は映っていませんが。

食事の後、車でさらに山道を登ると こちらも知る人ぞ知る小さな公園。増位山ポケットパークへ。増井山から名前を取った元大関の増井山さんは、今は親方も引退して歌手になってますね。丸い穴から姫路城を覗いてみる。ドーナツの穴の中に姫路城が有るんですが。。私のスマホの性能では写ってないわ。

この後は、H市民の3人とも名前は知っているけど、行ったことが無い、男山を登ってみよう。男山とは➡

男山(おとこやま)は兵庫県姫路市にある標高57.5mの山。登山道は、北側から・南側の水尾神社の横から・南側の男山八幡宮と千姫天満宮への参道からの3箇所があり、200段あまりの階段で整備されている。姫路城の北西に位置しており、姫路城や姫路市街が展望できる。その眺めから姫路城十景や船場八景に選ばれている。

姫路城から近く「男山」には神社があり、名前は知っていても行く機会はない、H市民にはそういう場所です。山頂に続く長い階段を見上げると、うわ~ しんどそう。。 でも次に来る機会はないかもしれないと、3人で頑張りました。意外にそれほど疲れもせずに登れたけれど、もっと歳をとったら、もう登るのは無理でしょう。

標高57.5mの頂上にあるのが、ここも知る人ぞ知る「男山配水池公園」。頂上に花が植えられて、綺麗に整備されているとは知りませんでした。姫路城の大天守、西小天守、乾小天守、東小天守のすべてが同時に望める貴重なスポットが、この男山配水池公園です。

2月半ばの空気はまだ冷たく、見渡す眺望やいつもの姫路城が また違った澄明さをもって、こちらに迫ってくるようでした。

気になるのは山の下からずっと続いている、長い赤煉瓦の塀。どうみても戦前の建築のようで、古びて謎めいた雰囲気は 何かを語りかけてくるようです。煉瓦建築大好きな私としては、ここにどういう歴史があるのか知りたくてたまらない。

ワイワイ、おばさん3人で頂上で写メしてはしゃいでいたら、公園の清掃をしていたスタッフのおじさまが「昔、ここは紡績で儲けた人の大きな別邸があった、その跡」と、詳しく周りの説明をしてくれました。狐にTVのクルーも登ってきたそうな。歴史もしれて登った甲斐がありました。帰りは違う階段を降りて下り、姫路城の裏側に出ました。

例え、自分の出身地のH市であっても、全く通ったことがない道を通るのは、ワクワクします。「ジュリーが冒険をしたいのです。と言っていたけど、これだって小さな冒険だよね。」とアラ還女3人、満足して山を下りたのでした。お次はJ友さんのご自宅へ

続く

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「思いのまま」岡本梅林公園

2018年03月10日 | 紀行(建築・桜)

近所の梅の盛りは過ぎましたが、岡本は梅の花がまだ綺麗だと新聞に載っていたので、岡本梅林公園に梅見に行ってきました。阪急の高架下を山側に抜けて 住宅街の細く急な坂道を上がると石垣の上に岡本の梅林。

1970年代に公園が整備されたそうだけど、存在を知ったのは神戸に住んでからです。この岡本梅林公園あたりはかつて「梅は岡本、桜は吉野」とうたわれていたらしい。

まだ吹く風は冷たいけど、青空に枝を広げる白梅の健やかな美しさが清々しく 目にも眩しい・・

↓ この愛らしい梅の名前がいいの「思いのまま」

誰がどういう思いでつけたのか、花の名前らしからぬポップで 小気味の良い名前をつけたものだと思います。人生が何でも「思いのまま」ならいいな!古稀ジュリーの良い席が届きますように~!願いが小さい?

  

梅林は高台にあるので、はるか下に岡本、本山、神戸の東灘の海側の風景まで見渡せます。

   

この梅林には あちこちに「思いのまま」がいっぱい植わっていました。

学生時代に道の標識に梅のマークがあるのを見ながら歩いていたのに、梅林があろうがそんな事に全く興味が無かった、若かったあの頃。マジでジュリーにしか興味がなかったのよ。今は、ジュリーも花見も建築もスポーツ見学もお芝居も見たい、歴史も好き。興味があるもの、愛するものが幅広くすごく増えました。歳を重ねて多くを知って、それだけ人生が豊かになったと思います。 

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書写山円教寺

2018年02月02日 | 紀行(建築・桜)

2月1日は法事で、姫路の実家に帰りました。神戸から六甲山の山越えは雪でした。道が凍り付いてなくて助かった。

帰りに市内の書写山円教寺へ。ここは姫路市民ならほぼ行った事のある由緒ある古刹です。市民は小学校時代に必ず一度は遠足で行きます。私は幼少の頃に家族でいったのと、小学校の林間学校で宿坊に泊まりました。子供だから、お寺で出される食事が食べられなくて困ったわ。夕食に出た野菜の煮しめが嫌いだったし、朝の玉子かけご飯はも〜っと嫌で、ズルズルヌルヌルした玉子かけご飯を食べるのが辛かった。そんな思いでのある書写山には、半世紀は行っていない。この歳になると、神社仏閣に興味がでるのよ、やっぱり。お参りして手を合わせたい。

書写山円教寺へは、登山道を登るかロープウェイ以外の方法はない。今年還暦を迎えたロープウェイ、つまりそれまでは登山しか道がなかったってことね。官兵衛君ラッピングロープウェイ。半世紀ぶりに乗りますが、往復1800円。3月には新しくなって、さらに値上がりの予定です。

姫路の市街地が一望です。姫路城は右手の小山の影になったところにあるので見えない。

スカっと気持ちよい速さでロープウェイは5分ほどで円教寺の参道に到着、降った雪が残って辺りは冷たく凍り付いていました。サブ〜 姫路市内からバスで山の麓まで2〜30分ほどとはいえ、山の上にあるので下界と寒さが違います。入ったら、協力金がまた別途いりました。けっこうお金がかかるのねん

書写山円教寺とは、圓教寺は、兵庫県姫路市の書写山に位置する寺院で、天台宗の別格本山である。山号は書寫山。西国三十三所第27番。西国三十三所のうち最大規模の寺院で、「西の比叡山」と呼ばれるほど寺格は高く、中世には、比叡山、大山とともに天台宗の三大道場と称された巨刹である。京都から遠い土地にありながら、皇族や貴族の信仰も篤く、訪れる天皇・法皇も多かった。

清水寺のように、高い場所にそびえています。さすがに下界はミゾレ、山上は雪のこんな日に参拝客は少なくて、家人と二人で貸し切り状態でした。枯れた人気のない雪景色の中の円教寺、澄明で冷たい空気の中、日頃の邪念は消えて厳かな気分がいっそう高まりました。世界平和と父母達の冥福とジュリー様の健康と活躍を一心にお祈りしてきました。どうかどうかよろしくお願い致します。

遅い時間に来たので他の伽藍は見学の時間はなくて、それは残念でした。帰りのロープウェイの駅から、姫路市街から向うに姫路港まで見渡せました。(但し画像は拝借)

千年以上の歴史を物語る、奥深い姿をそのまま見せてくれる書写山円教寺は、映画の「ラストサムライ」のロケで使われたので、それで対外的には結構有名になったんではないでしょうか。最近は大河ドラマの「軍師官兵衛」「武蔵」、去年の映画「関ケ原」にも登場したそうです。

お久しぶりの実家のミーちゃん

 

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大阪城公園

2017年11月08日 | 紀行(建築・桜)

10月31日の大阪フェスのジュリーライブの前に行ってきたのは大阪城公園。私のお気に入りの旧第四師団司令部庁舎(もと大阪市立博物館)の建物が、10月にミライザとして新しく公開されました。

戦前、大阪城の周りには軍需工場が立並んでいました。商都大阪は軍都大阪でもあったのです。大阪大空襲でそれらの多くが失われましたが、大阪城公園には今もその姿や痕跡、第二次世界大戦の戦跡が見られます。

お久しぶりの大阪城ホールの周りには、知らぬ間にいっぱい商業施設ができていた。来年の古希にはジュリーはこの大阪城ホールでやる?やらない?どっちだろう?

その大阪城ホールの横の細い道を川沿いに歩いていくと、他には歩く人の姿も見えない寂しいその道の先に、場違いなまでに立派な赤煉瓦の堂々とした建物が姿を見せます。大阪砲兵工廠化学分析場。

大阪砲兵工廠化学分析場は、ネオルネッサンス風赤煉瓦二階建て・新兵器の開発や研究、化学試験などが行われていました。よくみれば屋根のあたりに雑草が茂り、前庭にも雑草。長らく放置されたままとわかります。

戦後は大阪大学工学部校舎や、自衛隊が使っていたそうです。かつては世界でも最新鋭の研究がされていたという、威風堂々とした赤煉瓦建築はこのまま、顧みる人もなく朽ちてゆくのでしょうか。向うに高くそびえる大阪城の華やかさとは一転、打ち捨てられた廃虚の翳りと寂しさが漂っていました。

ここからさらに歩いて大阪城公園の中に入ります。この日は晴天のとても良いお天気で、外国人観光客の方が日本人より多いかもしれない。堂々とした西洋のお城のような、旧第四師団司令部庁舎は、NHK大阪がここから近いせいで、朝ドラのロケ地にもよく登場しています。「カーネーション」「べっぴんさん」では、戦後の闇市の背景になっていましたが、商業施設になったので もうロケには使えないかも・・

隣に建つ大阪城とは不釣り合いな この立派な西洋建築を初めて見た時には、場所的にかなりの違和感を感じました。江戸時代と西洋が同居しているという不思議さ。その後はお気に入りの建物になりました。ずっと長らく閉鎖されたままで 行く末が気になっていましたが、商業施設として蘇り この中に入れるようになって嬉しいです。

建物全体を見上げて見れば、細部に西洋のお城の雰囲気がある・・と思っていたら、実際ドイツのお城を模して作ったそうです。

白い壁に、階段のじゅうたんの赤色が艶めかしいまでに鮮やか、大理石の重厚な手摺や装飾など、まさに西洋のお城。

ジュリーも演じたデンマークの王子ハムレットが、この階段の手摺にもたれて悩んでいそうではないか!(※ドイツ風だそうです)ジュリーさま演じるハムレットはこちら

1階は売店、2階・3階はカフェとレストランになっていました。カフェは値段は手頃だけど混んでて入れそうになく、レストランは高級すぎて入れない。重厚な建物ですが、内部の丸いアーチや棕櫚などのインテリアが明るく軽やかに、お客様を迎えていました。

 一度は中のカフェを利用してみたいです(^-^)

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京の文化財特別公開

2017年10月07日 | 紀行(建築・桜)

夏の初めに見た「京の夏の旅」京都の文化財特別公開という、JRにおかれていたチラシの写真に惹かれました。※「近代の名建築」や「眺望」「庭園の美」などをテーマに、通常非公開の建築、庭園などの文化財が、期間限定で特別公開されます。

京都といえば寺院や、意外にたくさん残されている近代建築ですが、およそ京都らしくもない この白い丸いドーム屋根の可愛い建物は何?!京都大学花山天文台とチラシには書いてあった。灯台にも似ているような、愛らしくもエキゾチックなこれは天文台・・見たい!と思いながら、夏の限定公開は9月30日まで。9月の終わる直前の先週、ギリギリに行ってきた。公開文化財の全部は回れそうにないので、目指すは「眺望」で行きます!見たいと思っていたところも偶然に観られて良かった(^-^)

まずは丸山公園へ。近くの八坂神社の赤色が華やいだ雰囲気ですが、目的地はこの先にある。

行く途中でホテルのような立派な凝った意匠の近代建築を見つけ、前からずっと中を見たかった明治時代に建てられた長楽館だった。タバコ王が建てたという、ヨーロッパ風のお城のような豪華な長楽館。今はホテルとレストランになっているらしい。中に入りたかったが、この日は中のお店が休みで入れず残念・・詳しくはこちら

       

長楽館のその先に存在を初めて知った、特別公開中の祇園閣があった。塔の屋根は祇園祭の鉾のデザインになっている。

     

祇園閣の中の壁には敦煌の莫高窟の色鮮やかな壁画が全面に描かれていて、とてもエキゾチックだった。お寺の境内には織田信長親子の墓に石川五右衛門の墓もあり、歴史上の人物を身近に感じてしまう、日本の歴史を振り返らせる寺院だった。こちらのサイトで、写メNGだった 祇園閣の中が見られます。

その次はロームシアター京都に行くときに降りる東山駅の隣の、蹴上(けあげ)まで。いつも劇場にいく道の見慣れた風景が見えて、嬉しかったわ。目的地に行く途中にどこかで観たような煉瓦建築が現れて、蹴上という場所だからピンときた。これは関西電力が放送中の佐々木蔵之介さんとCMに一緒に出ていた「蹴上発電所」に違いない。CMを見る度に、立派だないいなぁと思っていたので嬉しい(^-^) でも一般公開はしていないので、外側から見るのみです。

発電所の先にある、東山ドライブウェイの山を上がると目的地が見えた。

花山(かざん)天文台

チラシ写真をみて是非見たいと思った天文台は、山科区を見降ろす山の上に、静かにひっそりと建っていた。今回が初めての公開だったそうです。

アポロ計画の役にもたったという天文台は、山の下の山科に人家が増えて明るくなってしまい星の観測が難しくなって、天文台としての役目は終えた。下の右は天文台の隣に建つ歴史館。

天文台から、はるか遠くに大阪の風景が見えた。↑木々の間のはるか向うに見える風景が大阪です。

歴史館は、かつて河島英五さんのアルバムジャケットにもなっている。長らく修理もせずにほっとかれていたそうで、今の真白で美しいな歴史館の姿よりも、以前はずっと侘しくボロイ姿だけど・・・

1977年ごろなら、河島英五さんも「いくつかの場面」を歌っているのだろうか・・・

 

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御影公会堂

2017年09月09日 | 紀行(建築・桜)

左上に、六甲アイランドへ渡る二重の橋が見えるここはどこ?

画面下の道路は国道二号線です。

私がいるのは御影公会堂の塔屋です。特別に入れていただきました。有難うございます、ラッキ~♪

夏の終わりの どこまでも澄み切った青い空に突き刺さるのは、屋上の避雷針。

塔屋からの景色は、北には六甲山、南には海と360度のパノラマです。

この春、耐震改修工事をして1年ぶりにオープンしました。→御影公会堂HP

8月末に、この春に改修された御影公会堂に行ってきました。御影公会堂は「火垂るの墓」にも登場する、東灘区の石屋川沿いのランドマークです。

改修によって1年間閉鎖されていましたが、美しくなって再び姿を現しました。茶色いスクラッチタイルの外壁、船のような丸い窓、特徴的な階段状の屋根など、毎日横を通るので見ている建物ですが 辿ってきた歴史を改めて感じます。

昭和8年から、災害、戦争、震災の何度もめぐってきた苦難をくぐりぬけて、住民に愛されながらこの地に変わらずに建ち続けています。

レトロな姿はそのままに、玄関ホールなどは使いやすく改修されました。意外に低い天井にどっしりとした太い柱が特徴です。戦争で内部は全焼して改修されたとかで、華美な装飾はなく質実剛健の印象です。改修前は柱周りや壁の塗りがボロボロでした。

いくらなんでもこれはひどい、綺麗にしてくれたらいいのに・・ と思っていたので、ほんとに綺麗になりました!柱のアーチが優雅で素敵です。

初めて入れて貰えた、1階の広い会場。ここでは、企業のフェアなどが よく開催されています。

        鶴の緞帳は、白鶴酒造から多額の寄付で この公会堂が建ったから

        

2階から3階への白い階段に、明り取りの天井から柔らかい日が差して 白い空間は静かに穏やかです。このレトロで柔らかい雰囲気が好き!

天上の明り取りも綺麗になって、レトロな空間がさらに清潔感が増して、とても素敵です

2階の部屋は貸し室になっていて、人気があるそうです。

地下には人気の洋食店があり、新たに御影郷土資料室・嘉納治五郎記念コーナーが開設されました。嘉納治五郎さんといえば、講道館柔道ですが教育者でもあり、その縁の灘高には石碑があります。東洋人初のオリンピック委員で、日本にオリンピック招致を尽力した方です。

再来年のNHK大河はテーマがオリンピック、嘉納治五郎さんも登場するかも?そうなると、ここも さらに注目されそう!

 嘉納治五郎さんの銅像の前で、若い男性が数人たむろしていたので、柔道関係?にしては茶髪やわ?と思っていたら、人気洋食店に入るのを待っている人たちだった。相変らず洋食店は人気です。また私も食べに行きたいわ~   

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ゆりの木会館

2017年07月29日 | 紀行(建築・桜)

実家に墓参りの後で寄ってきました。場所でいうと姫路城の背後に当たります。亡父が学生時代を過ごした姫路工業大学ゆりの木会館(旧姫路高等学校本館)

入り口の警備室の人に「父が卒業生です、写してもいいですか?」と聞いたら、女性の警備員さんが笑顔でどうぞと感じが良かったです。講堂は白い木造の建物で、窓枠の薄い緑色とのコントラストが目にも爽やかな印象です。これは朝ドラにも登場した講堂。正面はシンメトリーなデザインです。丸い窓に温かみを感じます。

側面の端正なデザインも美しい

こちらは本館、父がここで勉強したのだろうか。でも正直言って勉強するイメージはないけどね、ご免ねパパ。

本館の丸いアーチの向うに見えるのが、現在の県立大学です。県立大学は、姫路工大や神戸商科大学、看護大学が統合されてできました。友人が元の姫路工大や、短大に通っていたので、今は県立大になって母校は無くなってしまったと悲しそうでした。

本館の前に、歴史を感じさせる石造りの立派な門扉がありました。

石の門は創建時の物だけど、扉は多分新しい、でもデザインが優美なので写メしました。

朝ドラに登場しましたと、門に説明がついていました。

中には入れないのは残念でしたが、会館も本館も、現在どちらも利用されています。90年の歴史を感じる建物の中で勉強したりできるのは、学ぶ人も建物にも、幸せな歴史を刻み続けているのだと思います。 

この後、母とよく買い物に行った地元のスーパーに久しぶりに買い物に行ったら・・ 母が行けなくなったので長らく来ていませんでしたが、なんと閉店最終日でした。売り場にはもう殆どの商品は売り切れて並んでいませんでした。大手のスーパーとは違う、地場産の野菜や姫路港で獲れた魚を置いていましたが、姫路もスーパーが乱立していて厳しい商戦には勝てなかったようです。最後に、いっぱい買い物をして寂しい気持ちで去りました。

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津山市(依知川さん津山ライブ)

2017年06月06日 | 紀行(建築・桜)

今日の新聞に、ジュリーの50周年ライブの秋の告知が載っていました。

岸和田は私がブログをやるきっかけになった朝ドラの最高傑作「カーネーション」の舞台(大阪)。三田市(さんだし)は兵庫県、六甲山を越えた内陸部でジュリーでは初の会場のはずです。波切ホールはパスして、三田を申し込んでいるのですが まさかの抽選になっているので、外れませんように~( ̄人 ̄)

そして新聞には、昨日の「平福」や、「西はりま天文台」のある山に囲まれた佐用町は、人の流出が県内一位という有り難く無い結果が書いてあった。兵庫県自体が人の流出が全国でも高いそうで、海に山に大都市に田舎と全部がある兵庫県は、まさに日本の縮図であると新聞は伝えていた。


昨日の続き、

中国自動車道を車で走り、津山を目指す。昼過ぎに姫路を出て、平福と天文台に寄り 津山に到着は4時を過ぎていた。津山市は岡山県の北部で、北は鳥取県と接している。ジュリーがコンサートをやる岡山市は県の南部になる。

元は津山の中心だったに違いないが、今はシャッター通りの商店街を抜けて、まず依知川さんのライブ会場を確認した。

ライブハウスというよりも、普通の喫茶店みたいにしか見えない。覗き込んでみたら、子供たちが数人いて お客さん? これは後ほど、謎が解けました。二階がライブ会場のようで、窓には目隠しが。外にいると、依知川さんのBARAKAの演奏らしい音が漏れ聞こえていて、ライブの期待感が高まります。

開始は7時からなので、その前にライブ会場からすぐの津山城址へ。こういう機会でもなければ津山に来ることはなかっただろうな。車窓から見えて気になっていたのが、この教会のような、時計塔の有る立派な建築。森本慶三記念館(旧津山基督教図書館)

教会ではなく図書館だった。上部の羊や王冠のレリーフは聖書をモチーフにしている、全体の風格のある美しいデザインに見とれる。

調べてみたら→木造(一部鉄骨)2階建。時計台となっている尖塔、正面ファサードを飾るレリーフ、イオニア式の飾り柱等、宗教建築らしい風格と様式美を備えた建物です

残念ですが、夕方の5時では中には入れなかった。内村鑑三の弟子が建てたそうな。こういう石やセメントの重厚な建築は、私の親世代の生まれた年に建ったものが多い。大正15年は、亡父の生まれた年とほぼ同じ。明治の廃城令で無くなった城が、戦後に復元されたのは私が産まれた昭和30年代以降が多いのだ。

森本慶三記念館(旧津山基督教図書館)の横の坂道を登っていけば、津山城址。

津山城(鶴山(かくざん)公園)津山城は、本能寺の変で討死した森蘭丸の弟森忠政が、鶴山(つるやま)に築いた平山城。明治の廃城令で、建造物は取り壊されましたが、地上から45mに及ぶ立派な石垣が当時の面影を残しています。

森蘭丸に弟がいたのか!と初耳です。前に行った柏原は、織田信長の弟の領地でしたが、本能寺の変で信長は亡くなったとはいえ、どっこい織田家は徳川方について 幕末まで生き延びたんだなと知り、とても感慨深かった。

下は平成になって復元された備中櫓で、その前には城跡が拡がっている。元は姫路城よりも多くの櫓があったという津山城の城跡には、昔あった城を物語る礎石が規則的に並んでいるばかりだ。夕暮れ時の城跡で、かつてあった城の幻を追い求めても何も見えてきはしなかった。

ただ、そこに流れた長い年月と歴史を感じるのみ・・・

津山の町を、城跡の坂道の上から見下ろす。

折れる白壁の続く石段の向こうに、時計塔を望む。

もう夕方の6時過ぎ、ライブの時間も近づいてきた。残念だけど、津山の有名人ビーズの稲葉さんの実家の化粧品店には行けなかった。でも、ちょうどTVでやってました。タイムリーやわ!

          

稲葉さん自身は、神戸市の我が家のお隣の芦屋市の六麓荘という、阪神間の中でも特に超高級住宅街に住んでいると聞いたのですが、正確には会社の持ち物らしい。とにかく大金持ちってことね。稲葉さんのお母さんは息子の家にはいかず、今も田舎で化粧品店をやって、息子に頼らずにえらいなぁ いや、息子が稲葉さんだからこそ、今も津山でお店ができるという事なのかも・・

また明日~

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平福から西はりま天文台へ(依知川さん津山ライブ)

2017年06月05日 | 紀行(建築・桜)

もう先々週の土曜日ですが、依知川さんの津山のライブに行ってきました。隣県岡山の津山へは、姫路のひめさん、きなぱんだ子さんと3人で中国自動車道をドライブ。神戸から津山は遠いが、姫路からならそう遠くはありません。津山へ至る途中には佐用町があり、父が昔々「佐用町には平福という、蔵の並んだ綺麗な町があるんだよ」とそう言っていた平福に、津山の途中で立ち寄ることになった。お天気も良く、気候もさらりと気持のよい日でした。

かつて平福江戸時代には因幡街道最大の宿場町として栄えました。連子窓、格子戸の平入りの家々、佐用川の石垣に並ぶ白壁の川屋敷、川座敷、土蔵群は平福ならではの景観です。 

作用川沿いに並ぶ土蔵が、まさに平福を象徴する風景

この川沿いの風景を描いた絵画を見てから、ずっとここを訪れたいと思っていた。ここで郷ひろみさんの「槍の権左」の撮影もしたんだとか。

たまにしか電車が来ない山間の平福駅に、突然現れた黄色い急行電車が疾風のように狭いホームを走り抜けていった。大コウフンで写メ!画像はきなぱんだ子さんの画像をお借りしましたm(__)m

土曜日の午後の観光シーズンというのに観光客の姿はまばら、シンと静かに平福の町はゆ〜っくり流れる時間の中に取り残されているかのようだった。いや、押すな押すなの観光客の騒めきの中の平福は見たくないな、とも思う。

唯一、人の姿が多かった道の駅で名物、しかコロッケ。揚げたてアッツ熱、塩味がきいて鹿肉たっぷり〜 美味しかったです。



江戸時代の面影を残す平福から一転、車はさらにひた走り佐用町の山道を登る。山の頂上へ着くと、周りは雄大な緑のパノラマ!気持が良すぎる!

駐車場からゆるく長く続く階段をずーっと登っていくと、ここは外国のお城?

ここは一般の人が自由に利用できる公開望遠鏡としては世界最大の、なゆた望遠鏡を有する「兵庫県立大学西はりま天文台」。「宇宙と人間」をテーマにした公園 

国内では最大級の規模を誇る なゆた望遠鏡を使って、日々宇宙の謎を研究しています。大撫山の山頂にあり、大都市から離れているため、美しい星空が残されている天文台です。観測用の望遠鏡も数多く備え、ロッジで宿泊もできます。 

雄大な景色の中、山頂にそびえる天文台は夜毎の星を見上げ続けている。

平福の江戸時代以前からの面影を残す、情緒漂う景色から一転して、この風景と天文台が今まで私の知る兵庫県とは思えない。いや、私が自分の住む兵庫県を知らなすぎるのだと つくづくそう思う。

続く・・・


 

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