いとうな日々

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追想

2010-04-26 | WEBLOG

昨日 25日は亡き母・津根の誕生日であった。生きていれば、84歳であった。快晴の空のかなたに笑顔が見えたような気がした。

最近読み終えた、山本周五郎の「樅の木は残った」にも主人公・原田甲斐の母親である慶月院が描かれている。

忍緒(しのびのお)・・・盟友である原田甲斐の本心を確かめようと、伊東新左衛門は母親・慶月院を尋ねた。【隠居の慶月院(甲斐の母)は六十五歳になる。痩せてはいるが、しっかりした軀つきで、眼にも力があるし、口のききかたなども歯切れがよく、いまだに親族のあいだで、女丈夫といわれる意味が、その風貌によくあらわれていた。(略)慶月院の表情が固くなった。「─わたくしになにをお訊きなさる」「船岡どのの御心底です」と新左衛門が云った。慶月院は眉も動かさなかった、「あれになにか御不審でもあるのですか」「そこが知りたいのです」と新左衛門は低い声で云った。(略)「わたくしにはわかりません」と慶月院は静かに云った。「宗輔は年も不惑をすぎて、もう母親の手の届くところにはおりません、わたくしの手はもうあれには届きませんし、わたくしはただあれを信じているだけです」「しかし、御母堂にはなにか、うちあけておられるのではありませんか」慶月院はゆっくりと、首を振った。「そうとおぼしきことも、ありませんでしたか」「ございません、宗輔からそういう話を聞いた覚えはありません。もし仮に、あれがそのようなことをうちあけたとしたら、わたくしは耳を塞いで叱りつけたでしょう」と慶月院は云った、「宗輔は不敏かもしれませんが男です、そのような大事について、たとえ母親にもせようちあけるようなみれん者なら、わたくしはわが子とは申しません」「二心はない、と仰しゃるのですね」」「いいえ、わたくしはあれが、原田甲斐宗輔であることを信じているばかりです」】

母親というものはいつでも息子を信じているものです。息子の行末を案じ、その幸せを念じているのです。慶月院という人の奥深さを知れば知るほど、わが母もそうであったろうと、強く思うのである。

尾崎秀樹(ほっき)は解説で次のように述べている。【山本周五郎の「樅の木は残った」はこの政治の中の御家騒動とでもいった解釈を拡大し、人間の心理内部における相克までをふくみこんだスケールの大きさをもつだけでなく、むしろ伊達六十二万石をとりつぶそうとする幕府の陰謀に身を挺して対決した封建武士の苦衷をえがくことで、いっそう人間的な厚味をくわえているところに、重量感をもつ作品であった。】と。そこに表現される女性が特に細やかに描かれているのが特徴といえるのではないか。


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