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いとうな日々

MLB、プロ野球他野球全般、ニュースなどについて、勝手にコメントさせて頂いてます!

工藤の横浜移籍が決定 FA門倉の補償選手で

2007-01-09 | プロ野球
横浜はフリーエージェント(FA)宣言して巨人に移籍した門倉健投手(33)の補償選手として、巨人から工藤公康投手(43)を獲得することが9日、決まった。この日、両球団が発表した。

巨人の清武英利球団代表は「苦しい決断を迫られた。本人に電話で伝えたら“今後もぜひ野球を続けたい”と言っていた。工藤投手の貢献には深く感謝する」と話した。巨人の原辰徳監督は「FA制度のルールの中で、このようになったことは誠に残念」と球団を通じて談話を発表した。

通算215勝の左腕を獲得することになった横浜は、佐々木邦明球団社長が「優勝経験が豊富で、工藤選手の加入はチームにとって無形の財産になると判断した」と、輝かしい実績が獲得の理由になった点を強調した。

工藤は現在、米アリゾナ州で自主トレ中で今月中旬に帰国の予定。

(Sankei-Web)

原監督のコメント通り、「FA制度のルールの中で、このようになったことは誠に残念」ということである。FAでダイエーから当時の長嶋監督の熱意で巨人を選んだ工藤にとって、そのFA制度で巨人入りした門倉の補償選手として横浜に移籍しなければならないことは誠に皮肉なことだ。

おそらく、巨人のコーチが約束されての巨人入りであっただろうに。落合もそうであったがこの世界は「一寸先は闇」なのである。FA制度自体悪いことではないと思うが、果たして日本人の気質にあった制度であるかどうかを再考する時期が来ているのではないと思う。メジャー流で割り切るのか、それとも東洋、日本の義理人情を加味した制度に変えるのか。

いづれにしても、プロ野球界はもう少し選手の意見が尊重される世界に代わらなければならないと思う。野球界が変わらなければ相撲を除いて他のプロスポーツも変わらないのである。でも何故巨人は工藤をプロテクトしていなかったのであろう。また、横浜は何でそのこと知っていたのであろう。疑問だ!

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大矢監督、工藤獲得に満足

巨人の工藤を獲得した横浜の大矢監督は「現場としては計算できる投手がほしかった。チームに一番プラスになると思い、フロントにお願いした」と、希望がかない満足そうだった。

球団としても工藤の実績を考慮して、好待遇で迎え入れるつもりだ。横浜の村上チーム運営統括は、工藤へ背番号47を用意することを明かした上で「条件面でもできるだけ工藤投手の希望を尊重したい」と話した。

(2007年1月9日18時43分 スポーツ報知)

上原ポスティング恨めしや…メジャーへ乗り遅れの悲哀

2006-12-27 | プロ野球
松坂も行く、井川も岩村も行く、ええっ青木まで!? いち早くメジャー願望を表明しながら、取り残された形の巨人・上原はいらだちを隠せない。

26日に契約更改交渉に臨み、3000万円ダウンの年俸3億1000万円でサイン。もっとも金額の話は5分程度で、大半はポスティングシステムについての意見交換に費やされたという。

「僕が一番早く(メジャー移籍を)訴えた人間の1人。最初に言ったヤツが行けなくて、あとから言ったヤツだけがドンドン行ってる。それが現実なので、ちょっと寂しい」

上原は昨年の契約更改の席で、ポスティングによるメジャー移籍を断固認めない球団に対し、「平等な制度になるよう努力すること」を条件に、FA権取得までメジャー志望封印を約束した。要するに、上原がダメなら他球団の選手もダメ、他球団とも話し合って公平にしてほしいというワケ。一方で、FA取得期間(現行9年)の短縮を求めていた。ところが1年後の今オフ、ポスティングで松坂、井川、岩村と大物3選手の一挙に移籍。とりわけ5歳下で同期入団の、何かと比較されてきた松坂があっさりメジャー移籍を決めたのには、穏やかではいられないだろう。

「正直な所、(メジャーに)行きたいです。でも、巨人は認めないって言ってるんですから…。負ける勝負はしても仕方がない」と話す通り、上原自身が巨人を逆指名して入団した経緯もあり、わがままを言える立場ではない。

ここにきて、もとはといえば出ていこうとしていた上原と、引きとめる側の巨人との間に、“共闘関係”も成立している。

巨人・清武球団代表は「このままポスティングを放置すれば選手の流失が進み、日本球界の崩壊につながる。FA取得期間の方は、僕も9年は長いと思っている。共闘? そこまでは言わないが、主張が近いのは確か」と話す。が、資金難で、FAといえば選手を奪われるばかりの他球団にとっては、おいそれと飲める話ではない。

制度が変わらなければ、上原はFA権取得まで最短であと2年かかる。ただでさえ、ここ2年連続で負け越し。長すぎる待ち時間がモチベーション低下につながらなければいいが…。

ZAKZAK

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小笠原、巨人入団会見

2006-12-04 | プロ野球
師走の4日にして都内の銀杏の葉もやっと黄色くなり始めた。日曜日のラグビー・早明戦をNHKテレビで見たが、神宮の銀杏並木も黄色になっていた。今日は所用で「国立国会図書館」へ行ったが、国会周辺の銀杏の葉は、緑、薄緑、黄色と入り混じった状態であった。明日からは本格的な寒さだという。あっという間に「落葉」となってしまうのは残念だ。

今日はFAで巨人に入団した小笠原の入団会見が行われたようだ。予想通り?ひげはそり落とされていた。

時事ドットコムによると『小笠原が、巨人入団と同時にトレードマークのひげをさっぱりとそり落とした。小笠原は「ゼロからのスタートだから」と理由を説明したが、伝統的に「紳士たれ」との言葉を重んじる球団であることも影響したよう。「そういうこともあると思う」とも本人は付け加えた。
公の場でひげのない顔を見せるのは「7年ぶりくらい」とか。「まだひげの重さの感覚が残っている」とあごをさする小笠原のそばで、「びっくりした。強い決意を感じる」と原監督。野性味が消えてどこか物足りない感じもするが、そった効果はまずは上々といったところか。』ということだ。

野性味のある風貌が魅力?だった小笠原が変身してしまったら、ただの人か?人気凋落気味の巨人なら小笠原の風貌が来季一つの売りになったかも知れないのに。アメリカの球団が松阪、井川につけた金額を考えれば、FA選手に対する責任感で?高額でFA選手を引き受けなければならない、という巨人の使命も終わっているのに。

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NPBドラフト会議 四国アイランドリーグから2選手

2006-11-22 | プロ野球
大学生・社会人などを対象としたプロ野球新人選択会議(ドラフト会議)が21日、東京都内のホテルで開催され、2年目を終えた四国アイランドリーグ(IL)からも初指名され、深沢和帆投手(香川)が巨人の5巡目、角中勝也外野手(高知)がロッテの7巡目で指名を受けた。

石毛代表にっこり みんなの努力の結晶

四国ILから初のドラフト指名を受けて石毛宏典コミッショナーは、高松市内のホテルで記者会見を開き、「(指名されなかった)1年前の悔しさをかみしめやってきた。選手、裏方、みんなの努力の結晶。スポンサーや四県のファン、リーグを支えてくれた皆さんに喜んでいただきたい」と喜びを表した。

石毛コミッショナーは巨人から5巡目指名を受けた深沢和帆、育成ドラフト指名の伊藤秀範両投手(ともに香川オリーブガイナーズ)を伴い、会見。

高知FDからロッテ7巡目指名を受けた角中について「高校の新卒でリーグに入って、1年目で指名された。まさにアイランドリーグドリームだ」と胸を張った。

その一方、「まだ自信と言うほどの手応えではない。リーグとして選手の売り込み方も、違った方法があったのではないか、もっと指名させられたのに、という反省もある」と、来季へ向け気持ちを引き締めた。

深沢投手は「うれしいの一言。指名され、ほっとした。技術、精神両面ともレベルアップしたい」と抱負。四国IL初のドラフト指名選手として、「ばかにされないよう頑張る」と力強く宣言した。

「去年は指名されず悔しかったので、涙が出た」と振り返った伊藤投手は、「神宮には小さいころから行っていた。ヤクルトはあこがれの伊藤智仁コーチがいるのでうれしい。直球とスライダーのコンビネーションをアピールしたい」と抱負を述べた。

(高知新聞社)

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横浜が4巡目九国大下園に指名あいさつ

大学・社会人ドラフトで横浜から4巡目指名された下園辰哉外野手(22=九国大)が、指名あいさつを受けた。22日、荒井スカウト部長、竹下担当スカウトが学校を訪れ、下園、同校の伊藤健治監督、伊藤平八郎部長らと面談。下園は「やるしかない、という気持ちになっている」と緊張した表情で話した。竹下スカウトは「彼は左打者ですが、左投手にも強いし、バットコントロールもいい。勝負強さもある」と即戦力野手として期待を寄せていた。


オリックス希望枠のJR九州小松が仮契約

オリックスに希望枠で指名された小松聖(25=JR九州)が22日、福岡市内のJR九州本社で指名あいさつを受け、仮契約を行った。契約金1億円、年俸1500万円、出来高5000万円で仮契約を結んだ小松は「ホッとして落ち着いたような気持ちです」と心境を話した。コリンズ監督からの「先発ローテーションとして考えている」という伝言を受け「最高の評価をしていただいて感謝しています。期待に応えることができるよう頑張りたい」と決意を新たにしていた。(金額は推定)

(ニッカン九州)

日本ハム、アジアチャンピオン

2006-11-12 | プロ野球
プロ野球のアジアナンバーワンを決める「KONAMI CUPアジアシリーズ2006」(読売新聞後援)は12日、東京ドームで決勝が行われ、日本ハムが、台湾勢初の決勝進出を果たしたラニューを1―0で退け、アジア王者に輝いた。

日本勢の優勝は、昨年のロッテに続いて2年連続となった。最優秀選手には、決勝戦で八回途中までを1安打10奪三振、無失点の好投を演じた日本ハム・ダルビッシュが選ばれた。

決勝戦はラニューの先発・許文雄の好投もあって投手戦となったが、日本ハムが七回、鶴岡の適時打で1点を先制。その後は、ダルビッシュ―武田久―マイケル中村につなぐ自慢の継投で最少得点差を守りきった。

今季の日本ハムは、パ・リーグのレギュラーシーズンを1位で通過したのを始め、プレーオフ、日本シリーズ、アジアシリーズのすべてを制する“4冠”に輝いた。

(読売新聞)

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巨人・仁志が横浜へ移籍

2006-11-06 | プロ野球
巨人の仁志敏久(にし・としひさ)内野手(35)と横浜の小田嶋正邦内野手(27)プラス金銭での交換トレードが成立し、6日に両球団から発表された。出場機会を求めて移籍を志願していた仁志に対して巨人が受け入れ先を調整し、合意に達した。

東京・大手町の巨人球団事務所で会見した仁志は「感謝している。横浜ではチームの底上げの力となり、もう一度上を目指したい」と意気込みを語った。桑田真澄(くわた・ますみ)投手に続く生え抜き選手の退団に、巨人の清武英利(きよたけ・ひでとし)球団代表は「チームを立て直すために、血の入れ替えは必要だ」と話した。

仁志は茨城・常総学院高-早大-日本生命を経て、1996年に巨人入り。1年目から主力として活躍したが、今季は64試合に出場し、打率1割8分5厘だった。小田嶋は巨人の原辰徳(はら・たつのり)監督と同じ東海大出身で、捕手もこなせる。

(Sankei Web)

■巨人・原辰徳監督の話 「お互いのチームと仁志本人の間で納得してこうなった。わたしの後の背番号8を背負ってくれた思い出に残る選手。小田嶋は捕手、一塁、外野が守れる可能性を多く持った選手。しっかり見て、チームに組み込みたい」

■横浜・大矢監督の話 今季は二塁に苦しんだことが最下位につながった。仁志はフットワークが良く、シャープな動きが出来るガッツある選手。安定した守備力が作れる。

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高田流「GM術」・・・日ハム日本一の裏に

2006-10-27 | プロ野球
日本ハムが日本一に輝いた裏には高田GMの存在があった。産経新聞はじめ多くの新聞社がこのことを取り上げている。

千葉ロッテがバレンタインを最初の監督に招聘した際、広岡達朗氏が日本球界初のGMとして登場したが采配に口を挟むなどうまくいかなかった。

多くの日本人選手がメジャーリーガーとなり、また日本球団の監督がアメリカから招聘されるようになった。

しかしフロントと現場の役割分担は不明確のままであった。日ハムの日本一はその「役割を明確化」して勝ち取ったものだ。

日本野球が大きくメジャーに近づいたといえる。
役割明確化 日本一導く(産経新聞)

日本ハム日本一の裏に高田繁ゼネラルマネジャー=GM=(61)の存在は大きい。かって「壁際の魔術師」と呼ばれたV9巨人の名外野手は、日本球界では初めてGMとして栄冠を手にした。札幌に本拠地を移して3年、昨年のリーグ5位から飛躍させた高田流GM術は、企業の組織論としても注目されるに違いない。

栄光は、札幌ドームのネット裏で見届けた。黒子に徹した2年だった。

GMの仕事はペナントレースを戦う戦力を整えて監督に渡し、新たな戦力を発掘、養成していくこと。だからヒルマン監督の戦い方に口は挟まないし、逆に補強や育成はこちらの専権事項。それを明確にできた

GM就任は一昨年の10月。日本ハムは1985年から4年間監督を務めて愛着があり、「フリーエージェント(FA)に頼らず自前で選手を養成するチーム作り」の方針が球団側と一致した。

ダルビッシュ有にマイケル中村、翌年の八木智哉、武田勝と、今年、大活躍した4投手はいずれも就任後2年間で加わった戦力だ。ダルビッシュの父親を説き伏せ、中村はロッテの動きから指名順を繰り上げた。八木は希望枠での獲得だった。

1,2番の森本稀哲外野手と田中賢介内野手は機動力を生かすべく育てた。今年のレギュラー定着の裏にはGMの助言がある。さらに大リーグを目指した稲葉篤紀外野手の動向を辛抱強く探り、中継ぎの左腕岡島秀樹投手は開幕直前に巨人からトレードで獲得した。

「スカウトが得たあらゆる情報は私のところで一元化される。短期と長期の視野に立ち、どの選手を獲得するか、最終的に私が直接見て決める。育成は担当者の情報をもとにファームスタッフたちと練り上げていく」

手元から離さないパソコンに補強対象から選手育成、編成のあらゆる情報が詰まっている。1億円近い巨費を投じて独自に開発したベースボール・オペレーション・システム(BOS)だ。それを基に補強、育成が一体化され、できあがった戦力をヒルマン監督に渡す回路を確立した。

日本球界初のGMは1995年から2年間務めた千葉ロッテの広岡達朗氏。以後、高田氏も含めて5例あるが定着したとは言い難い。広岡氏は当時のバレンタイン監督の采配に口を挟んで衝突、役割が明確でない日本的な野球のあり方が災いした。

その事例を念頭に、西武、ダイエーをトップ球団に育てた故根本陸夫氏の手法を探り、GM像をつくりあげた。「まだ発展途上、今年は幸運に恵まれた。球団の理解も大きく、外国人監督だから役割分担をよくわかってくれた」と言葉を選ぶ。

だが、徹底した情報収集とその一元化、それを基にした人材発掘とフロントと育成スタッフが一体化した育成方式、さらに実際に現場で指揮をとる監督との完全分業化の仕組みは、ビジネスの世界、組織運営に通じるものがある。
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日本ハムが44年ぶり2度目の日本一に

2006-10-26 | プロ野球
プロ野球の日本シリーズは26日、札幌ドームで第5戦を行い、パ・リーグ覇者の北海道日本ハムファイターズが、セ・リーグ優勝の中日ドラゴンズを4-1で破り、対戦成績を4勝1敗とし、前身の東映フライヤーズ時代以来、44年ぶり2度目の日本一に輝いた。日本ハムは、北海道に本拠地を移し3年目で頂点に立った。最優秀選手(MVP)には稲葉篤紀選手が選ばれた。

日本ハムは先制を許したが、五回に同点に追いつくと、六回、セギノール選手が決勝の2ランを放った。日本ハムの先発ダルビッシュ投手は立ち上がりは不安定だったが、中盤からは調子を取り戻し、シリーズ初白星を挙げた。

第1戦を落とした後に4連勝し、同シリーズを制覇したのは、73年に南海を破った巨人以来33年ぶり史上2度目。

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◇誇りに思う 

▽日本ハム・ヒルマン監督 (日本一に)シンジラレナーイ。投手も守備陣も、選手たちがよくやってくれた。この球団で指揮を執れたことを誇りに思う。(今季限りで引退を表明している)新庄は、最高の形でグラウンドを去ってくれるのではないか。

毎日新聞

北海道日本ハム・・・本当に強かった!

日本ハムが逆転勝ち、1勝1敗に

2006-10-23 | プロ野球
プロ野球日本一を決める日本シリーズ(7回戦制)の中日対日本ハムの第2戦が22日、ナゴヤドームで行われ、日ハムが5―2で勝ち、通算1勝1敗のタイとした。

日ハムは1回、1番森本が中前安打。2死二塁から4番セギノールの遊撃強襲安打で先制した。1点差を追う7回には、2死二、三塁から8番の金子が逆転の2点適時打。8回には森本を塁に置いて、セギノールが3番手岡本から右中間に2点本塁打を運び、ダメ押しした。

中日は1回裏、2番井端が左越えにソロ本塁打を放ち、すかさず追いついた。4回には3番福留が、勝ち越しの右越えソロ本塁打を打った。

先勝している中日は、山本昌が6回と3分の2を投げ、逆転された後、平井にマウンドを譲り、岡本、鈴木、久本がつないだ。日ハムは八木が6回を投げて2失点、武田久、マイケルが継投した。

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日ハムの勝因は新人・八木の力投に尽きる。6回を4安打2失点(ソロホームラン2本)と完璧な投球だった。
一方の山本昌もベテランらしく堂々たるピッチングだった。しかし、7回、2死二、三塁のピンチでの金子との勝負が悔やまれる。日ハムの右の代打陣を考えれば満塁策でもよかったのかもしれない。
前日は同じようなピンチに川上は勝負して切り抜けた。山本昌は金子に中前に逆転の2点適時打を許した。
どちらも落合監督がマウンドまで足を運んでの勝負だから悔いはないだろう。
第2戦は第1戦の裏返しのような試合だった。「勝負の神様」の粋な計らいだ。

中日ドラゴンズ、日本一へ白星スタート

2006-10-21 | プロ野球
プロ野球の日本シリーズが21日、ナゴヤドーム(名古屋市東区)で開幕し、セ・リーグの中日ドラゴンズがパ・リーグの北海道日本ハムファイターズを4-2で降して白星スタートを切った。中日はエース川上が先発。2-2の同点に追いつかれた直後の三回、井上が日本ハムの先発ダルビッシュから左前適時打を放ち勝ち越した。

2年ぶり7度目の日本シリーズ出場となる中日が第1戦に勝ったのは32年ぶり。中日は1954年以来52年ぶり2度目の日本一を目指す。第2戦は22日、ナゴヤドームで行われる。(毎日新聞)

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先発投手の経験の差が出た一戦だった。中日先発の川上は立ち上がりこそ不安定であったが落ち着いた投球で日ハムを2点に抑えた。
一方初回完璧な立ち上がりだったダルビッシュは2回の先頭打者ウッズに対し逃げの投球で四球を出してしまった。この一つの四球が勝敗を分けてしまったような気がする。