むらぎものロココ

見たもの、聴いたもの、読んだものの記録

フーゴー・ヴォルフ

2007-01-16 02:25:04 | 音楽史
WolfHUGO WOLF
Morike Lieder
Joan Rodgers(s)
Stephan Genz(b)
Roger Vignoles(p)

フーゴー・ヴォルフ(1860-1903)は、ヴィンディッシグラーツに生まれた。4歳のときにピアノやヴァイオリンを音楽好きの父から学んだ。子どもの頃から音楽以外のことにはあまり関心が持てずに、学校では教師と対立することもあったという。こうした反抗心はウィーン音楽院時代にも発揮され、厳格な保守主義者、伝統主義者の院長ヨーゼフ・ヘルメスベルガーを追いかけまわすなどして、退学させられてしまった。音楽院退学後、ヴォルフは音楽を教えるようになったが、人にものを教えることは彼には向いていなかった。また、ザルツブルグで副カペルマイスターになったが、指揮にも飽きてすぐにやめてしまった。そのうち、批評家として活動を始め、伝統的なスタイルの音楽を辛辣に批判し、リストやヴァーグナー、シューベルトやショパンなど革新的な音楽を称揚するとともに、ヴァグネリアンとしてブラームスを酷評し、多くの敵を作った。このことによって自作の上演の際に、演奏家の協力が得られないこともあり、ヴォルフは1887年に批評活動をやめ、作曲に専念することにした。
作曲家としてのヴォルフの活動期間は短いものであったが、とりわけ1888年から1889年にかけて、ヴォルフは集中的に作曲に没頭し、メーリケ、アイヒェンドルフ、ゲーテといった詩人の詩に曲をつけ、ガイベルやパウゼがドイツ語に翻訳したイタリア、スペインの詩にも次々と曲をつけていき、彼の代表的な歌曲集のほとんどを作ってしまった。1888年には最初のリサイタルを開き、ヴォルフの歌曲は好評を得た。
ヴォルフは、十代の頃から梅毒にかかり、周期的に情緒不安定になることがあったが、1890年頃から次第に症状が悪化し、何もできない状態が長く続くようになった。ヴォルフはリストからの助言で、大規模な作品を完成させることを望んでおり、交響詩やオペラを手がけたものの、満足のいくかたちにはできず、唯一完成したオペラ「コレヒドール」は初演が失敗に終わってしまった。1897年最後のリサイタルを開き、以降、未完のオペラを残したまま、精神に異常をきたして病院に収容される。一度は退院し、自殺を試みるも未遂に終わり、再び病院に戻り、5年間ほど過ごして死去した。

ヴォルフはヴァーグナーの方法をドイツ・リートにアダプトしたことで知られる。彼はピアノ曲や弦楽四重奏曲、交響詩や合唱作品、オペラなども作曲したが、歌曲のようには成功しなかった。ヴォルフの作曲家としての活動期間はおよそ10年ほどであったが、その間に250曲ほどの歌曲を生み出した。ヴォルフは民謡的な旋律はほとんど用いず、またシューベルトやブラームスに特徴的な有節形式も用いなかった。フレーズの規則的な反復を避け、自由に構成されたかにみえる旋律は、詩の持っている抑揚を完全に反映し、感情を適切に伝える。

リートはロマン派の時代に、作曲家にとって重要なジャンルとなっていったが、古典派の時代、ハイドンやモーツァルトにとってはリートは余技でしかなかった。最初にリートの作曲に形式的な整合性を与え、統一的な連作歌曲集を作り、そこに理念的なものを導入したのはベートーヴェンであった。彼の「はるかな恋人に」は愛の理想が讃えられている。続いてシューベルトが「美しき水車小屋の娘」や「冬の旅」で連作歌曲集を作るが、ここでは、「旅」をモチーフに外的で地理的なアプローチが試みられ、ピアノ伴奏は歩行のリズムや情景描写で詩の世界に広がりを与える。そしてシューベルトは当時の時代状況と自らが置かれた状況を重ね合わせ、理想が現実に敗れるさまを見据えた。そしてシューマンになると、今度は内面的な心理の探究になっていく。そこでは物語の流れや情景よりも、人間の心の中にたちあらわれる感情や心理の表現が問題になっていく。そこでシューマンは声が建て前、ピアノが本音をそれぞれ担うという方法で、意識と無意識をからみあわせていく音楽を作り出した。そしてヴォルフはヴァーグナーの方法を用いて、リートを主観的な感情表現の限界を超え、外的世界を包含した総合的なものとした。ヴァーグナーの総合芸術の試みのように、ヴォルフも詩(声)と音楽(ピアノ)の融合を図り、どちらがどちらに従属するということがない対等な関係を維持する。大規模な作品を完成させることを夢見て果たせなかったヴォルフが到達したのは、リートのひとつひとつを緊密に構成することで有機的な統一体を作るということであった。

→Burkholder/Grout/Palisca  A HISTORY OF WESTERN MUSIC
 (W.W.Norton & Company)
→喜多尾道冬「ドイツ連作歌曲形式の系譜」
 (ONTOMO MOOK「クラシック・ディスク・ファイル」音楽之友社)