むじな@金沢よろず批評ブログ

台湾、国際情勢、アニメなどについて批評

密かに反米化が進行している台湾の民意

2007-03-01 01:32:08 | 台湾政治
台湾人は、韓国人や北方中国人と正反対で、自分たちが考えていることを声高に主張したり、能書きを垂れたりはしない。いや能書きを垂れる場合のあるが、往々にしてロジックの一貫性がなく支離滅裂で、能書きを垂れるとむしろ意味がないことが多い。だから台湾人は一般的に、言葉で主張するよりも、実際の態度や行動で表現する。特に、本当に怒っているときには、それを口に出すのではなく、黙って怒りを内に秘めるものなのである。
これを「言霊のさきはふ」日本人や、口が先にたつ中国人や、ディベートこそがすべてだと思っている米国人は理解できない。だから台湾人が黙っていると、賛同したと勝手に解釈してしまうのだが、実は台湾人の沈黙は最も怖い、拒否反応であることが多いのだ。
ある日本人の台湾研究学者は「台湾が反米になることはない」と断言したそうである。しかし、それは台湾人の性格、最近の台湾の流れを理解せず、表面的に文字などで現れている「理屈」を鵜呑みにした結果であろう。

実際、私が最近感じるのは、台湾はこの2年くらいの間に、急速に反米化していることである。
反米といっても、韓国人や南米人が声高に叫ぶ類のものではないし、イデオロギー的な反米左翼というより台湾人としての尊厳を傷つけられ(つまり面子を傷つけられ)たことに対する純粋な反作用であるという部分が多い。だから反米というと、反米左翼ドグマやシュプレヒコールを叫ぶ類の形態しか想像できない日本人には、台湾人の心の奥底で進行しつつある反米化の心理が見えないだけである。

しかし親しい台湾人との会話の中では、最近の米国の態度について、いろいろと批判が出てくる。特に20代の若い世代の間では、米国に対する見方は批判的であるものが多い。それはイラク侵略に対する見解からはじまって、台湾の正名などの動きに圧力をかけてくる傲慢な態度に対する反感が強い。
だが、そうした反米感情はたまにしか台湾に来ない人が接することができない。また米国の出先のAITもおそらくあまり把握していないように思われる。台湾人は面子を重んじるから、当の米国人にはそういう素振りはあまり見せないからである。
ところが、一皮剥けた付き合いをしていると、かなり米国に対する反感を持っていることがわかる。
一部では、228事件で虐殺を行った国民党軍を大陸から運ぶのに米軍が一役買ってきたという事実も提起されるようになっている。

そして実際、最近は米国への留学者数、旅行者数も減る傾向にある。その分、旅行では日本が圧倒的人気で、留学では欧州が人気を集めるようになっている。これは、米国がビザ発給を厳しくしたことも原因になっているが、それ以上に米国の台湾に対する非友好的な姿勢に対する反感のほうが比重が大きいようである。
また、陳水扁政権の最近の外交姿勢を見れば、反米化の趨勢が見て取れる。
先ごろ、反米左翼サンディニスタが政権を獲得したニカラグアで、オルテガ大統領就任式に陳水扁以下大勢の代表団が出席し、他の反米政権の領袖たちとも歓談したり、晩餐会でも上位に紹介されたりと、かなり中南米の左翼反米政権と関係を深めている。
昨年暴露された話として、外交部長が昨年春ごろ密かにレバノンを訪問し、米国から毛嫌いされているシーア派対イスラエル抵抗勢力ヒズボラの幹部たちと懇談した。
ほかにも名前は明らかになっていないが、反米政権のいくつかとも接触を深めているという報道もあり、さらに、昨年のリビア、アブダビ訪問に見られるように、わりと比較的親米とはいえ、反米感情が根強いアラブ諸国とも交流を深めている。これらの行動を見れば、米国への抵抗の意図はわりと明確である。
もっとも、そうした反米政権との接触、外交の反米化に対する不快感の現れが、米国の台湾に対する非友好的姿勢に反映されているともいえるが、しかし米国がそんなことをすればもはや独自の外交的カードとパイプを築きつつある台湾としては、ますます米国に対する反感を深めるだけだろう。
韓国に続いて、台湾までも反米国家となったら、米国はアジアに友人などいないのも同然である。さらに、裏庭の中南米でも反米勢力が台頭していることも考えると、現実の国際関係では台湾は孤立してなどいないし、むしろ台湾や韓国やベネズエラを不当にいじめている米国のほうが孤立化に向かっているともいえるのである。

もちろん、数年前の台湾なら、中国との対立関係から、反米に流れることは考えられなかったであろう。しかし、ここ数年の中国の台頭と、それに対する米国資本の中国権力との癒着、それに突き上げられる形で中国寄りにシフトする米国政府の立場などを見れば、中国と対立しているからこそ、米国とも対立せざるを得ない構図になっているのである。しかも、数年前までは米国は中南米や欧州とも信頼関係があった。ところが、911以降、イラク侵略に至るネオコンの横暴な外交の結果、欧州や中南米との関係は悪化し、もとから米国に反感を持っていた中東ではますます反米化が進行している。こうした米中の歩み寄りと、反米勢力の劇的な増加もあって、台湾は「中国と対抗するためには、米国に従わざるを得ない」という呪縛から解き放たれて、外交的にフリーハンドを拡大しつつあるといえる。
もちろん、安全保障上はいまでも台湾は中国との対抗上、米国よりにならざるを得ないし、米国でも国防関係者は対中警戒感を尖らせており、台湾防衛の決意もある。しかし同じ米国政府でも、国防と外交・経済では対中姿勢がほとんど180度異なり、いわば精神分裂の状態である。
つまり、経済的には、資本主義の亡者・米国は、経済成長する中国が示している経済的エサに目が眩み、帝国主義大国同士が結託するという世界史上の前例(モロトフ・リッベントロップ協定でのナチスドイツとソ連など)通り、中国との事実上の経済同盟路線を志向している。その過程で、民主化して自らの意思で動きつつある台湾を邪魔者扱いするようになっているのだ。

私はかつて米国には何度か行ったことがあるが、90年代にまだしも自由民主主義に対する単純な理想も持ち合わせていた米国とその社会は、911事件を機に急速に変質し、いまや経済利潤のみを唯一の基準にする経済怪物に成り果てたと思える。
レーガンが種をまき、急速に拡大した新自由主義という怪物。観念論をすべて捨象し、人間をすべて物象化し、単純な利潤や利益ばかり追求する新自由主義。これが、特に米中両大国で自己肥大化を遂げ、それに完全に従おうとしない、民主主義やリベラルな理想を今から実践しようとしている台湾、人間や金というものの不完全さを認識して観念的な道徳や絶対神に帰依するイスラーム世界を敵対視し、排除しようと試みているのである。
私は最近イスラーム世界に妙に惹かれる。確かにイスラーム世界にも物をぼったり、やたらとバクシーシュを求める物神化の傾向は存在する。湾岸の金持ち国は醜悪だ。しかし、特にシリアに見られるようにそれほど豊かではないものの、人間としての基本的な矜持というか倫理というか優しさというか人懐っこさというか、そうしたものがイスラーム世界にはまだまだ根強く見られる。また、それゆえに中東では米国で肥大化している新自由主義への反発となって現れている。であればこそ、新自由主義によって失われた人間としての価値を再発見して共感を覚えるのである。
一方、台湾社会はといえば、商売人民族からなり、物神化が基本にあるように表面的には見える。しかしその奥にはやはり人間としての基本的な優しさ・暖かさのようなものが存在しているのは事実であるし(921震災での助け合いの姿を想起せよ)、自分たちの力で民主主義を建設しているという自負や矜持がある。
私がこれまで足を運んだことがあるのは20数カ国だが、その中では台湾社会は雰囲気の和やかさと矜持という点では、いずれも上位に位置することは間違いない。逆に下位に位置するのは中国社会、911以降の米国社会である。
人間は食えなければ話にならない。衣食足りて礼節を知るというのは蓋し至言である。しかし、だからといって、衣食足りれば自動的に礼節を知るわけではないし、衣食だけがすべてなのではない。社会を結びつける信頼感と倫理規範、あるいは人知を超えた存在に対する畏怖という崇高な観念があってこそ、人間ははじめてホモ・サピエンスとして生きていけるはずである。

そうしたものを911以降の米国と中国は完全に失っている。
それだけに、イスラーム倫理があるシリア、民主主義への矜持を持っている台湾には共感を覚えるし、米国がシリアと台湾を侮辱し、中国がシリアを食い物にして台湾の抹殺をたくらんでいるのを見ると無性に腹が立つのである。


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