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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

こちら、自由が丘ペット探偵局-18-

2008年07月11日 | 投稿連載
  こちら、自由が丘ペット探偵局 作者 古海めぐみ 
         18
祐二もサチも黙ってモクモク食べ出した。
「あのー、すいません。」とハルはキッチンへ声をかけて、
「ワイン、もう一杯くださいな」と店の主人に注文した。
『マジ?大丈夫?』
健太と春は、声に出さず、奇しくも同じフレーズを発するとお互いに顔を見合わせた。
「どうぞ。この煮物の小鉢。手をつけてませんから。お兄さん。」
ハルは、健太に小鉢をすすめた。
「ああ。どうもー。」
健太は躊躇せずあっさりと小鉢を手にとり、箸でパクパクつまみ出した。
春は、お茶を啜りながら呆れて健太の食べっぷりを見つめた。
「ここに来る道このお兄さんに聞いたんですけどね。暴漢に襲われたんですって」
「はい。カスリ傷程度で助かったんです。」
「あなたは、運があるのね。」
「ウン?」
「ええ。外に出て車にはねられる人もいるし、電車を待っていて後ろから突き落と
される人もいるし、世の中何があってもおかしくないの。突然地震でペチャンコに
なっちゃうことだってあるのよ。それをあなた、カスリ傷で終ったというのはその
オオカミのおかげかもしれないけど、あなたの運が強かったのよ。」
春は、口をぽかんと開けてパチパチ瞬きした。
「あなたは、いい運がついてるのね。」
「はあー。」
「自分の好きなこと、やれることも知っている。」
祐二が春を見て、確かに、と頷いた。
「本当は、わたし、全然ー。そんなー。迷ってばかりでー。」
と慌ててゴクリとお茶を飲んだ春の長い首が白く光った。
まるですべての窓から差し込む光がみんな春の柔らかい肌に向かって存在するか
のようにキラキラと集まっていて、サチ、祐二、健太と箸をとめて眩しそうにハル
おばちゃまから春ちゃんへ視線を移して目を細めていた。店のロマンスグレーの
主人がマドンナのボトルを持ってきてハルのグラスにつぎ
足した。
トクトクトクと注がれるワイン。その澄んだ液体が渦を巻いて対流したがすぐに
静かな凪の海になって沈んだ。またまた、喉を鳴らしてみんなが見つめた。
健太がお新香をバリっと噛んだ。音が大きく店内に響いた。
春も小さくお新香をカリッと齧った。
BGMがシューベルトからボレロに変わったので春の齧ったタクワンの音は目立
たなかった。
「あれ?あれ、確かセンパイのカラス!」
祐二が窓外を指差した。
「どうした。セイコちゃん!」健太が立ち上がると、セイコちゃんが電線から店の
窓の桟に乗り移って近づいてきた。サチが思わず驚いて椅子を引いて飛びのいた。
「大丈夫。イイ奴だから・・・」
「なんで?イイもワルイもカラスでしょ!」
「普通のカラスじゃないんだ。センパイの助手なんだよ。キケンはないよ。」
と鳥肌が立っているサチを祐二がなだめた。
「きれいなブルーの首輪だこと。」
ハルが歌うようにセイコちゃんにガラス越しに挨拶した。
「あれは、マイクでね・・・」
と健太が説明しようとすると、春が窓下を覗き込んで曇った声を出した。
「誰か下でセイコちゃんの後をついて来てる。ほら、あそこ。」
健太が身を乗り出してガラスに鼻をこすりつけて叫んだ。
「なーんだ。田村さん!迷子犬ナナの依頼主じゃん。」
店の入口でキョロキョロしている田村良弘が真っ青な顔で亡霊のように立っていた。
「ちょっと行って来る。」
健太は、飼い主に走り寄る猟犬のように素早い動きで店の外へ出て行った。
 健太が外に出ると、セイコちゃんと田村が同時に近づいて、セイコちゃんは健太の
肩に乗って耳をツンツンと突くと空に舞い上がった。そして田村は健太の前で深刻な
表情になった。
店の中では、運ばれてきたランチの飲み物を健太とハル以外のみんなが口をつけた。
するとガラスの向こうの健太と田村の様子を祐二が見て、アテレコを始めた。

『ぼく、間違ってドッグフード食べたんです』
『そりゃ、まずかったね』
『あのカラスのセイコちゃんも食べてたのでついイイかと思ってコーンフレークと
間違って牛乳でバリバリクシャクシャ・・・」
『顔が青いよ。なんともないの?』
『それが、トイレに入ったらおしっこするのに片足があがるようになっちゃったんです』
『そりゃ、大変だ。ジフテリアの注射打たなきゃ!』
『そんなー・・・』

サチも春もクスクス笑いを漏らした。
「それはいけないわ。早くお医者に行かないといけません。あの若い人。」
ハルだけが祐二のいたずらをまじめに受け取っていたのだった。
「おばあちゃま。大丈夫。ユーちゃん、ウソついてるの。お遊びよ。」
「そううう・・・」
確かにハルさんが真に受けるだけあって、健太と話す田村青年の表情は深刻だった。
しかし実際の会話はこうだった。

「ぼく、犬飼さんに連絡しようとしてケイタイがつながらなくて。」
健太は、ああっと声出してズボンのベルトホルダーのケイタイを取り出すが電池切
れのインジケーターが点灯していた。
「そう、でもよくわかったね。」
「あのカラスのセイコちゃんが飛んで行くのでついて来たら、こっちこっちって
案内してくれてズンズン歩いて・・・」
「顔が青いよ。なんかあったの?」
「それが・・彼女と話合ったら、ナナちゃん捜索を止めようとなったんです。」
「そりゃ、大変だ。各動物病院の捜査公開を打ち切らないと・・・」
「今日までのお金をお支払いします。」
「そうう。残念です。もう少しだったのに。」
「いいんです。諦めます。全部ぼくが悪いんです。」
深いため息を吐いた。
健太は、田村の弾まなくなったゴム鞠のようなしぼんだ姿を見つめて訊いた。
「田村さん、あなた。もしかして結婚もやめたんじゃないでしょうね・・・」
田村は、すうっと顔をあげて健太を見た。
「はい・・・もう終りました。」


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