森の王者 作者大隅 充
8
すかさずチャータは、身を返して黒カミソリの喉
に牙をたてて肉を切り裂いて、飛び退き川の水の
溜りの中へ逃げた。黒カミソリの傷は浅く、血を垂
らしながら水辺へ追って来た。水溜りは、らせんを
描いてすり鉢状に丸くなっていて水のトグロのよう
になっていた。チャータはちょうどその水のトグロ
の真ん中で蛇に巻かれたように逃げ場を失って
吠えたてた。
その声を聞きつけてヤマイヌの群れがミズノトグ
ロに集まって来た。チャータの背後にはボスのミカ
ズキが牙を剥いて、両サイドには精悍なオオカミの
ような体格をしたグレーのヤマイヌの兄弟が噛み
つきそうに吠える。そして正面には黒カミソリが今
度はトドメをさしてやると近寄って来る。 しかしチ
ャータは体の奥底から反逆の怒号を漲らせ決して
しっぽを下さず対峙した。右からグレーの兄がチャ
ータに牙を剥いたがチャータの怒りの咆哮の方が
勝ってすぐにグレー兄はたじろいだ。一歩前へ出よ
うとした黒カミソリも足をとめた。睨みを利かせなが
らミカヅキはゆっくりと正面の黒カミソリの横へ移動
した。チャータの背後が空いたところには巨大な茶
色の熊のようなデブイヌが隙間を埋めた。
しばらく沈黙の時間が流れた。
川面をカワセミが滑空して横切った。キキキキと
鳴声を残して森はミズノトグロを静寂の世界へ引き
戻した。
そのとき黒カミソリは、沈黙を破って戦闘開始の
低くおぞまし地獄の叫びをあげてチャータに向かっ
て飛びかかった。チャータは全身の毛が総毛立って
身構えた。周りのヤマイヌがその数を増して一斉に
吠え始めた。その喧騒は森の鼓膜が破れるか思う
ほど空気を真空にした。
次の瞬間。チャータの目の前の水溜りに黒カミソリ
が落ちた。唖然として顔をあげたチャータは、大きな
ボスのミカヅキが跳びあがった黒カミソリを前脚で叩
き落としたのを目の当たりにした。
「小僧。度胸がいいな。見直した。」
ミカヅキが言った。
チャータは気を弛めずに水溜りに四肢を踏ん張っ
た。
「どこから来た?身体は人間に可愛がられた犬の毛
並みだが、おまえのその目は飼い犬の目じゃないよ
うだ。」
「北から・・海を渡って・・来た。おれ。」
チャータは、緊張して声が震えた。
ミカヅキは、うすブルーに変色したチャータの野生の
目を見つめて言った。
「おまえの目はどこかで見たことがあるが思い出せ
ない。」
チャータは怒りと恐怖で自分の目の色が変化してし
まっているのを感じた。
「獲物の追い手でもやれるか。」
ミカヅキのその押し殺した声の申し出にチャータは
ただ頷いた。
「なんでこんなガキに・・・」
黒カミソリが水溜りから這い上がって言った。
「まあ。ガキはガキで使い道はある。」
そういうとミズノトグロから森へミカヅキはグレーの
兄弟を従えて歩き出した。
チャータは、水から出てぶるっと体の水を切ってそ
の後について行った。
「どけ!邪魔だ。ガキめ。」
黒カミソリは、チャータの尻に噛みついてチャータの
前へ割り込んでヤマイヌの一団に加わった。
ガキはガキなりにか・・
確かにおれはまだ子供だ。山の生き方も自分流に
しか体得してない。もっと大きな危険には一人で対
処したことがない。雪崩や干ばつ、獰猛な熊やタル
カ。まずこの奥山での生活に慣れ一人前になるこ
とだ。
チャータは、そう心に言い聞かせて、ここはこのヤ
マイヌの群れに従って大人しくしていた方が得だと
決めて黒カミソリに反撃せずに群れの一番後ろを
しっぽを倒してついて歩いた。
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すかさずチャータは、身を返して黒カミソリの喉
に牙をたてて肉を切り裂いて、飛び退き川の水の
溜りの中へ逃げた。黒カミソリの傷は浅く、血を垂
らしながら水辺へ追って来た。水溜りは、らせんを
描いてすり鉢状に丸くなっていて水のトグロのよう
になっていた。チャータはちょうどその水のトグロ
の真ん中で蛇に巻かれたように逃げ場を失って
吠えたてた。
その声を聞きつけてヤマイヌの群れがミズノトグ
ロに集まって来た。チャータの背後にはボスのミカ
ズキが牙を剥いて、両サイドには精悍なオオカミの
ような体格をしたグレーのヤマイヌの兄弟が噛み
つきそうに吠える。そして正面には黒カミソリが今
度はトドメをさしてやると近寄って来る。 しかしチ
ャータは体の奥底から反逆の怒号を漲らせ決して
しっぽを下さず対峙した。右からグレーの兄がチャ
ータに牙を剥いたがチャータの怒りの咆哮の方が
勝ってすぐにグレー兄はたじろいだ。一歩前へ出よ
うとした黒カミソリも足をとめた。睨みを利かせなが
らミカヅキはゆっくりと正面の黒カミソリの横へ移動
した。チャータの背後が空いたところには巨大な茶
色の熊のようなデブイヌが隙間を埋めた。
しばらく沈黙の時間が流れた。
川面をカワセミが滑空して横切った。キキキキと
鳴声を残して森はミズノトグロを静寂の世界へ引き
戻した。
そのとき黒カミソリは、沈黙を破って戦闘開始の
低くおぞまし地獄の叫びをあげてチャータに向かっ
て飛びかかった。チャータは全身の毛が総毛立って
身構えた。周りのヤマイヌがその数を増して一斉に
吠え始めた。その喧騒は森の鼓膜が破れるか思う
ほど空気を真空にした。
次の瞬間。チャータの目の前の水溜りに黒カミソリ
が落ちた。唖然として顔をあげたチャータは、大きな
ボスのミカヅキが跳びあがった黒カミソリを前脚で叩
き落としたのを目の当たりにした。
「小僧。度胸がいいな。見直した。」
ミカヅキが言った。
チャータは気を弛めずに水溜りに四肢を踏ん張っ
た。
「どこから来た?身体は人間に可愛がられた犬の毛
並みだが、おまえのその目は飼い犬の目じゃないよ
うだ。」
「北から・・海を渡って・・来た。おれ。」
チャータは、緊張して声が震えた。
ミカヅキは、うすブルーに変色したチャータの野生の
目を見つめて言った。
「おまえの目はどこかで見たことがあるが思い出せ
ない。」
チャータは怒りと恐怖で自分の目の色が変化してし
まっているのを感じた。
「獲物の追い手でもやれるか。」
ミカヅキのその押し殺した声の申し出にチャータは
ただ頷いた。
「なんでこんなガキに・・・」
黒カミソリが水溜りから這い上がって言った。
「まあ。ガキはガキで使い道はある。」
そういうとミズノトグロから森へミカヅキはグレーの
兄弟を従えて歩き出した。
チャータは、水から出てぶるっと体の水を切ってそ
の後について行った。
「どけ!邪魔だ。ガキめ。」
黒カミソリは、チャータの尻に噛みついてチャータの
前へ割り込んでヤマイヌの一団に加わった。
ガキはガキなりにか・・
確かにおれはまだ子供だ。山の生き方も自分流に
しか体得してない。もっと大きな危険には一人で対
処したことがない。雪崩や干ばつ、獰猛な熊やタル
カ。まずこの奥山での生活に慣れ一人前になるこ
とだ。
チャータは、そう心に言い聞かせて、ここはこのヤ
マイヌの群れに従って大人しくしていた方が得だと
決めて黒カミソリに反撃せずに群れの一番後ろを
しっぽを倒してついて歩いた。
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