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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー森の王者12

2010年11月12日 | 投稿連載
森の王者 作者大隅 充
     12
見事にチャータは滝の外へ落下した。滝は大半が凍っ
ていて、巨大なクリスマス・ツリーのようにこれまた
凍った川から生えていた。チャータは運よくタルカか
ら弾き飛ばされてツリーの途中の枝にあたる雪だまり
に引っ掛かった。大きな滝の内側の真ん中の一部だけ
に水が流れていて外側の表面はタコの足のように凍て
ついて広がり、降ったばかりの雪が綿帽子のように積
もっていた。だからチャータの引っ掛かった枝から横
に横に斜面を滑り下りて行けば下の氷と雪に包まれた
滝壺まで降りることが容易にできた。
白い氷の川の雪の上に赤い血がポトポトと垂れてチ
ャータが動いた軌跡が五十メートル上の滝の裏道から
でもすぐにわかった。滝のツララを突き破って十メー
トル下の雪だまりに落ちたチャータは背中に複数の裂
傷とタルカの牙に突かれた時できた胸の深い傷がその
赤い血の道の出元だった。
 チャータは、しばらく雪原を歩いてバタンと倒れた。
 この様子を一部始終見ていたのは、チャータの子、
黒毛のレオンだった。父親は森の悪魔タルカに殺され
たと覚悟した。この世は死臭に満ちている。そして平
和などなく休息があるだけだ。それもとても短い小休
止。すぐに試練はやってくる。それが嫌だったらさっ
さとこの世におさらばするだけだ。泣くのはその試練
を和らげてくれるが長くは効き目がない。とにかく他
人を頼ることはできない。すべては一人で決めて一人
で生きて行くしかない。小さなレオンは滝の裏道の入
口の雪の斜面に突っ立って真下の雪の川の上に血だら
けで倒れている父親をみつめながらそう思った。
 レオンはこの味もなく色もない山に向かってかなし
い声をあげた。それは谷を木霊して雪の尾根尾根へ反
射して行った。きっと森の奥で母親のシロはこの声を
聞きつけてここまでやってくるだろう。エサのない冬
の山で冬眠しないヤマイヌたちは、エサの奪い合いと
魔王タルカの怒りにあって消滅していく。
 でもこの目で山を見る。この耳で山に降る雪の音を
聞く。この小さな頭でそれらを感じている間は、どん
なに試練がきびしいだろうが生きて行かなければなら
ないとレオンは思う。その死の手前までも生きて行か
なければならない。ふたりの姉が死んだときにそう肝
に銘じた覚悟がこの場に及んでも変らないことにレオ
ンは気づいた。世界は単純で清潔な球でできている。
それは一周すれば必ず元の場所に戻ってくる。見事な
くらい確実に死から生まれて死へと辿り付く。だから
死を恐れてはならない。死は永遠の生なのだから。
 そんなことを思い巡らしていると、鼻が曲がりそう
な嫌な臭いが漂って来たのをレオンは感じた。ハッと
気づいて目を上げると滝の裏道をタルカが歩いて来た
のだった。ゆっくりとした足取りで荒い息を吐き、レ
オンのいる崖道までやって来た。
 小さなレオンは、逃げるどころか瞬き一つすること
ができなかった。
 タルカは、巨大な影となってレオンの上にのしかか
って来た。そしてその影は赤い色に染まっていてレオ
ンの鼻先で落下した。激しく地が揺れて向かいの山で
雪崩が起きた。倒れたタルカの喉から血が溢れ出して
洪水となってレオンの足元に流れ来た。タルカは少し
頭をもたげたがすぐに動かなくなった。レオンは赤い
血で濡れた自分の足をおそるおそる後退しながらタル
カを見た。タルカの喉が深く噛み切られていた。チャ
ータがタルカの牙に弾かれる前にその喉を日本刀で切
り取ったように噛み千切っていたのだと悟った。
 やがて母シロがやって来た。立ちすくんでいるレオ
ンにシロは言った。
「チャータは生きている。あの人は死ぬことはない。
それだけ父親チャータの生は死よりも重いのよ。」
 その通りになった。氷の川で倒れたチャータの傷は
深かったが致命傷ではなく、森に帰って数日もしたら
しっかりとした足取りで歩くまでに日頃の生を取り戻
して行った。
 そして山に春がめぐって来た頃に嫌な噂が流れた。
滝の裏道で死んだタルカの肉を食ったキツネヤマイヌ
たちが原因不明の病で次々に死んで行った。はじめに
口の中が爛れ歯が落ち、次に体の毛が抜ける。それか
ら高熱が出て狂ったように叫び苦しんで血を吐いて死
ぬ。タルカの体から出た悪い病が山を蔓延した。せっ
かく傷が癒えて回復したチャータはこの流行病からど
う逃れるかが大きな課題になった。この山のほとんど
のものがこの狂い病で倒れた。チャータの群れも全滅
に近かった。チャータとシロとグレー弟だけになった。
 そう。悲しいことにこのタルカの狂い病でレオンが
あっという間に息を引き取ってしまった。幼いきれい
な顔のままシロに抱かれて亡くなった。



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