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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー地球岬 23

2010年01月08日 | 投稿連載
地球岬 作者大隅 充
     23
そしてすべての音と光が消えて目の前が真っ暗になっ
た。やがてそこに光が爆音と共にやってきた。

爆走する列車が夜の闇を切り裂いて突進してきた。
警笛も警告サイレンもなく鉄の塊が光の目を発光して
迫って乗り越えた。
一人の女がその光を見つめていた。
その女は、母さんだった。

「いつかこうなると思っていた。一番恐れていたこと
が起きた。このままではいられないと思っていたけど、
本当に世の中って一度傾いたらその傾いた方へ行って
しまうのね」
母さんは、自分の毛糸の靴下で包まれた腿の付け根の
短い断端を見つめながら静かに言った。
オレも母さんも黙りこんだ。
赤マフラーの女は、どうしていいか分からずコートの
一番上のボタンを留めたり外したりした。
外で道を横切る車のクラクションが冬空に響いた。
「ごめんなさい。母さん、許して。」
母さんは、静かな池に石を投げるみたいに言った。
その言葉は、部屋中の壁や天井に吸い込まれて意味も
力もなくシャボン玉のようにポンと消えた。
ゴメンナサイ・・・・誰もがその響きを聞いたが誰も
がその言葉を手に取ることができなかった。空気は、
白く広く沈黙した。
オレは、喉がカラカラに渇いてようやく口を大きく開
いた。
「やっぱりわたしを見つけたのね。兄さんから何年か
前あなたが訪ねて来たと聞いて胸が押しつぶされるよ
うな重みを感じた。それが現実になった。わたしは、
あなたに何もしてやれなかった・・・」
きれいな発音の「あなた」という言葉がオレの腫れた
頬を殴った。
「あなたって誰だ。オレは純平って名前なんだ。母さ
ん、名前も忘れたのか。」
オレは、ゴクリと唾を呑みこんだ。そして涙が真夏の
太陽に乾く洗濯物みたいにパリパリと音をたてて懐か
しさから怒りに変わっていくのがわかった。
「純平くん、ごめんなさい。」
「ジュンペイくん?なんだよ。幼稚園の先生が生徒を
呼んでるんじゃないよ。あのくだらなかったオヤジで
もジュンって呼んだんだ。オレはジュンペイって呼び
捨てされて、今まで一度も君づけもちゃんづけもされ
たことがないんだ。」
白髪頭の母さんは、首を大きく振って玄関スロープを
ゆっくりと車椅子の車輪を回して近づいて来た。
赤マフラーが手伝おうと玄関の中へ一歩足を入れると
母さんは、手で制して自分でできると合図した。その
とき見上げた母さんの顔は涙と鼻水でびしょびしょだ
った。
「ジュンちゃん、ごめんなさいね。」
オレは、ギブスの腕を突き出してこれ以上来ないでく
れと無言で押しとどめた。
「謝るなって。やめてくれ。ジュン。おまえはろくで
もない大人になったなって言ってくれよ。ジュンペイ
は、恥をさらして人殺しになったんだとののっしって
くれよ。」
母さんは、洟をすすってさらにオレに近づいて車輪を
回した。
オレは、反射的にギブスの中に入れた鉄の串を取り
出した。
「何?ジュンペイくん。」
「これで母さんの喉を刺すっさ。」
絶叫したのにオレの声は擦れて威嚇にも脅しにもなら
なかった。
「オレは、誰だ。オレは何だ。」
「母さん、すいません。すいませんでした。」と芝居
の台詞のように言い切った。
「オレは、誰だ。誰なんだ。」
「わたしの生んだ子。赤ちゃんです。」
「ふざけるな。オレは、一人でオヤジに痛めつけられ
ながら冬の海で昆布獲りしたんだ。一人で押入れに押
し込められて泣いたんだ。それなのに、なんだよ。な
んで生きてたんだ。死んでやさしい面影でいてくれた
らよかったのに・・・」
自分でも目の色が変わったのがわかった。その色がサ
ロベツの海の冷たく渦巻く鈍色になっていた。
「ごめん・・・なさい。すいません。」
白髪の髪を振り乱して車椅子から母さんは落ちた。オ
レは、鉄串の尖った先を母さんの喉めざして突き立て
た。
「鹿内。シカウチ・ジュンペイだな。」
男の声が後ろからオレを呼んだ。
そして赤マフラーの女がオレを横から玄関の土間に押
し倒していた。振り返ると外の廊下にコートを着た刑
事が二人立っていた。
「鹿内純平。父親殺害の容疑で室蘭警察署まで同行願う」

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