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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー地球岬 3

2009年08月14日 | 投稿連載
地球岬 作者大隅 充
      3
 夜の闇は、安平川のせせらぎを呑み込んで、昼間なら
見える筈の、白い雪の曲がりくねった土手と平原へ連な
る雪帽子を被った林の木々の群れとを吹きすさぶ真っ暗
な風の中に隠してしまっている。まるで押入れの中に閉
じ込められた時みたいな心細さだ。
 見えるものは、星のない厚い冬雲に覆われた夜空の黒
とハヤキタ牧場と書かれたサイロを照らす一本の街灯の
赤い色だけだ。
そして聞こえるものは、厩舎の外れに案山子のように立
っている風力発電の風車の羽が湿原からの風にカラカラ
と回る音ばかりだ。
 オレは、早来駅の広場で盗んだ自転車で走れるだけ走
って、夕暮れにこの牧場の農具倉庫の屋根裏へもぐり込
んで馬鈴薯を入れたダンボールの間にシートを敷いて暗
くなるまで隠れた。
川端橋まで乗せて貰ったKUMAGAYA OILと書かれたト
ラックのジジイからおにぎりを貰った後、追分駅の近く
のコンビニでチキン弁当を盗んで鞄に入っていた子犬と
分けて食べた。
あれ以来何も食べていない。追分の駅に警官がいたの
で列車を断念して野宿して早来駅まで歩いた。そうか。
丸二日食べてない。
しかしお腹が減らない。どうしたことか。チキンの油
のついたオレの唇をペロペロなめた、あの子犬はどう
したか・・・駅に捨ててきた。そうだった・・・
そんなことを思い出しているうちにウトウトして泥の
ように眠った。気がついたら深夜2時だった。
雪を被った屋根の天窓の外で黒い風が唸っていた。窓
を無理にこじ開けて真っ暗な夜を見つけた。
閉じ込められて出てきたのに、まだ暗い。
雪を押しのけて屋根の上に立っても幾つかの室蘭本線
に並んで走っている234号線の街灯が霞んで見える
だけで後は何も見えない。苫小牧の街がこの屋根の反
対側でこちら側が沼とコロイ山の平原だとしてもこん
なに暗いということは深い霧が出ているからか。
霧が顔に当たって濡れている。
いや、濡れているのは、オレが泣いているからだった。
何に泣いているのか。
ただ少しも悲しくなんかない。
涙も空腹も侮蔑も慣れっこだから何も感じない。辛い
とか、苦しいとかそんな上等なものは、早来駅に捨て
てきたあのマディソンバッグの仔犬みたいにとっくに
おさらばした。
オレは小さい時から閉じ込められた。犬のように浴衣
の帯で腰に結ばれてよく押入れの中へ入れられた。オ
ヤジが夜酒を呑みに行くときは必ず紐付き押し入れだ
った。
今思い出しても笑ってしまうのは、幼稚園に上がって
も紐付き押入れの夜はつづいていてオヤジが紐を見せ
るだけで自分から押入れに入ったものだった。
確かにオレは逃げても逃げても箱の中だった。
オレは、こんなチビだった暗闇なんかもう捨てよう。
大人のくせに泣き虫で自分のことしか考えてないオヤ
ジがもういないんだ。
夜が明けたら、オレは鹿内純平じゃない。
オレはやっと人間になるんだ。どこへ行ってもいい。
何をしてもいい。自由なんだ。
それから又ダンボールの間に入ってしばらく眠った。
時間は、人間ってやつを強くも弱くもする。
朝陽が霧の上からキラキラ照っている中、次に起き
たときオレは、農道を苫小牧へと自転車を漕いでいた。
夜あれだけオレは、新しく生まれ変わるんだと希望に
燃えていたのに霧に濡れながらペダルを漕いでいると
急に不安になった。
オレは、罪を犯した。オレは、極悪人だ。
こんなつまらん奴は早く死ねばいい。生きててもしょ
うがない。又霧ではなく感情のない涙が頬を濡らして
いる。小さなナメクジみたいになっていたオレの頭の
上から誰かが爆弾を落とした。
バン!ものすごい音ととも自転車ごと雪道に倒れた。
爆竹か花火を投げ込まれたようなしゅるるしゅるると
火薬が飛び回っている音が後ろタイヤからしている。
倒れて空回りをしている後ろタイヤを止めて裂けた箇
所を覗き込むと青いガラスの割れたコーラ壜の欠片が
刺さっていた。
自転車はガラスの破片を踏んでパンクしたのだった。
自転車を蹴っ飛ばして路肩の積雪にひっくり返した。
急にお腹がグウと鳴いた。

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