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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー若葉のころ7

2010年03月12日 | 投稿連載
若葉のころ 作者大隅 充
     7
 ガスレンジの火を止めてフライパンのガラス蓋の中で
ベーコンエッグを蒸らしている間にキャベツの千切りと
トマトを刻んでサラダを二人分つくる。ダイニングカウ
ンターのサイフォンから自分用にだけコーヒーを淹れて
ハムと玉子を挟んだホットトーストをひとりで食べる。
ベーコンエッグはハルカ用。案の定今日は学校も塾もな
く朝は起きてこない。
 広い客間用のラウンジリビングでテレビが天気予報を
伝えている。地方局なのによしもとのお笑いコンビが東
京のスタジオから訳もなく岩手放送の女子アナに「うち
の姉ちゃんに似とる。そっくりや。婚期予報当たらんか
った。」などと冗談言って天気予報を茶化して騒ぎ出す。
私はテレビのスウィッチを切ってひとりの朝食に専念
する。
 すると今度はシベリアンハスキーのマローズが私の足
に纏わりついて来て、何か頂戴とペロペロ裸足のくるぶ
しを舐める。
仕方ないのでパンの耳を与えて大人しくなっている間に
サラダを食べ終えて簡単に皿を洗って身支度に洗面台へ
移動する。
 本当は今日は八戸へ働きに行きたくない。
働く場所にあの人がいないと思うことの重さ。一日経っ
てその比重がより増したようで体の疲れより心の空っぽ
の重さの方がつらい。できるなら、ハルカみたいにベッ
ドの中で寝ていたい。でも行かなくちゃならない。今ま
で使っていた安い口紅に戻して塗る。
鏡の中の私は目に明らかにクマが出来ている。つよく目
を閉じて大きく開く。何回か繰り返すがまだすっきりし
ない。体の芯に重い眠気が残っているのはどうすること
もできない。
リビングの柱時計が8時を報せた。
「マローズの散歩、朝のうちに行くのよ。」
玄関を出て私はすぐ2階のハルカの部屋の窓に声をかける。
いつものように眠ったまましばらく応答がない。マロー
ズは散歩に行けるものと思って門の前まで走り出てライ
オンのように胸を反らしてキチンと座ってこちらを見て
待っている。
私は、指笛で鋭く高い音階を吹いてマローズを呼び寄せ、
首を撫でてやり「ハウスっ」と命令して玄関の中に入れ
る。
いやいや頭を垂れてスゴスゴと入ると、マローズは靴脱
ぎ場のウッドタイルの上につまらなさそうに伏せる。
この犬は、何回教えても出勤の私と散歩の私との区別が
つかない。覚えが悪いというよりも私と朝の山道散歩が
したい一心で言うことを聞かずに毎回走り出るんだと思
う。
仕方ないので「マテ!」と指令を出してドアを閉めても
う一度2階のハルカに「お願いよ」と声をかける。する
と2階の窓からカーテン越しに細い手だけが「いってら
っしゃい」と答えて振られた。
 いつものフィットで猿越峠から八戸街道へ出る。
キラキラと春の陽射しが真正面から降り注いで、沿道に
残る汚れた雪を漂白剤に浸かったシーツのようにその白
さを甦らせてくれる。
真夜中眠れずメソメソしていた自分が眩しい太陽に照ら
されて少し元気が出てくる。
朝と夜と。何回繰り返せば人は人生を全うし、地球も宇
宙もどこまで進化していくのだろう。一日を繰り返すこ
とが人を決していい方向に前進させているとは限らない。
もしかしたら純粋だった少女の私が悪い女に変態して行
っているのかもしれない。
何より厄介なことは、その運命を人は自覚できないとい
うことだ。
 明日自分がどうなるかわからない。今この山道のカー
ブでハンドルを切って突然トラックと正面衝突して私の
一生が終わってしまうかもしれない。あるいはこのまま
夫を裏切って自分自身が抑えられずに今ある立場を壊し
てトミーのように別れてしまうかもしれない。私には本
当の人生が見えない。
 それはたぶん神様がいてもわからないし教えてくれな
いと思う。おそらくカーブで事故ってはじめて「これが
未来の結果だよ」と神様は伝えるだけではないだろうか。
 いくらクヨクヨしても先のことは、誰でも無自覚だし
予期するどころかそんなこと考えもしないで暮らしてい
るのだ。一つだけこのことで気が楽になるのは、それが
すべての生き物に平等に被さっているものだということ
だ。予期できない生をみんながおくっている。
世界はそれだけははっきりしている。
 八戸市街を右折して岬の道に出たとき、海が飛び込ん
できた。行く手にマリエントが見えて来る。青くひろが
る海を目にして眠気も奇妙な興奮も消えて、少しのさみ
しさといっぱいの日常が甦ってきた。
 マリエントにての午前中はほとんど客がなく、ランチ
のときだけ今日は水産関連の視察団で賑わった。
午後3時以降はレストランの業務は喫茶が主で休憩のあ
と、ナプキンや調味スタンドの整理とメニューの更新を
する。そして5時をもうすぐ迎えようとしているとき、
ケイタイが鳴った。オマツからだった。

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