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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー地球岬 21

2009年12月18日 | 投稿連載
地球岬 作者大隅 充
   21
オレは,何も答えられなかった。
さっきまでズキンズキンしていた左の頬の痛みが砂
に水が吸い込まれるようになくなっていた。
 遥か遠く旅してきた裸足の少年が山を超え沼を渡り、
とうとうボロボロになって岬に到達してはじめの海
を見る。そんな夕方のこども番組の夢中になって見
たアニメの懐かしい物語を思い浮かべてみた。もち
ろんそんなアニメがあったわけじゃない。それは今
ふうっと頭の中に浮かんで出ただけの映像だった。
しかしそれは又鮮明な映像でもあった。
風になびく青い岬の草むら。岬の断崖を洗う白い波。
そして目の前の視界に広がる群青の水平線。
少年は背中に背負っていた竹カゴを地面に下ろす。
中にはたて笛が一本入っている。
海からの突風は少年の長い髪を吹きさらし、疲れを
洗い流した頬の涙の跡を消し飛ばして行く。夕陽に
まだ早い大空の傾いた青が静かなストリングスのメ
ロディに映える。アニメのラストソングがつづいて
歌われる。
オレは、唐突にもそんな見たこともない古いアニメ
の画面の中にいる感じに体全体から包まれている。
この場にいてこの場にいない不思議な感情に囲まれ
ている自分が幽体離脱のように真上からはっきりと
見える。しかしそのことを告発する力はオレにはな
い。目の前にいるのは団地の小母さんたちだし、盛
んに尻尾を振っているチャータだ。アニメの風景は
どこにもない。でも見たこともない懐かしい風景が
見えている。
オレは、許されるのか。
オレは、生きていていいのか。
オレは、どうすれば罪のつぐないができるのか。
テレビのアニメは必ず最終回がある。でも次週から
は又別のアニメが紹介される。オレは、このオレの
滅茶苦茶な物語を終わることができるのだろうか。
この母恋で最終回にしてくれるのだろうか。次の新
しい物語のために。
そこまで想い描くとそれから先の思考がストップし
てしまう。
現実のオレは、涙が嗄れて出ないのに泣きやまない。
小さな子供たちは、ポカンと口を開けて見ている。
オレは、誰とも眼が合っているのに眼に映っていな
い。とまらないシャックリのように肩を震わせて泣
いている。
「サロベツから来たのか。」
金歯の小母さんが力の抜けた声で確認した。
それは質問というよりもそうなんだろ、という念押
しの声だった。
「・・・・サロベツ・・」
繰り返すのがやっとだった。
「あんた、ここから引き返した方がいいべ。」
小母さんは、覗くようにオレのめん玉を見てきっぱ
りと言った。
なんで・・・とオレは、口の中で呟いた。
「悪いこと言わんー。」
とくるりと背中を向けて団地の中へ小母さんは入って
いった。
今まで立っていた足元の青い草の岬がメキメキと割
れて逆巻く海が真下に迫ってきた。
なぜ母さんの住んでいる家まで来て、親戚でもない
婆さんが帰った方がいいというのだろう。
オレは、そう言われてただ呆然と立っていた。する
と周りにいた主婦たちや子供も小母さんの後を追う
ように散って行った。
オレは激しい怒りを覚えてそのスタスタ歩いていく
小母さんの後を追った。そして肩を掴んでなんでそ
んな偉そうなことを言うんだと大きな声を出した。
「おまえ!」と小母さんは怖い顔で睨みつけた。
「勝手にしろ!」とオレの手を振り払って小母さん
は、赤いカーテンの二階の部屋を黙って指差した。
チャータが走って来てオレの腰にぴょんぴょんと飛
び掛ってオレのギブスの手に食いつこうと躍起にな
っている。
オレは、無意識にチャータを思い切り払い除けてそ
の団地の号棟へ走った。
 1階の集合ポストに郵便配達人が郵便をちょうど
入れているところだった。オレは、その2階の番号
の並んだポストのすべてに目をやって「鹿内」とい
う名前を見つけた。
202号。マジックで書かれていた。
郵便配達人がバイクに戻って立ち去るまでゴミ集積
場所でオレは待った。
 港から工場なのか港湾なのかサイレンが聞こえて
きた。そして202の部屋の玄関は階段の下からで
も見えた。オレがいよいよ階段を昇ろうとするとチ
ャータが踊り場へ駆け上がって、牙を剥いてオレに
向かって威嚇しだした。あのいままでいつでもオレ
には懐いていたチャータが初めて敵意を顕にしてい
る。オレは、オヤジを刺したときと同じ頭の中がカ
ッと真っ白になる激しい興奮に染まって、元に戻る
ことができなくなっていた。踊り場から2階へ駆け
上がると同時にオレはチャータをギブスの手で又払
いのけた。
今度はチャータは階下へ身を避けて体勢を整えると
ワンワンワンと濃い声で吠え立てた。
オレは、もうチャータに尻を噛みつかれてもいいと
言う覚悟で2階のフロアへ昇りきった。
そして202の玄関前に立った。

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