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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

こちら、自由が丘ペット探偵局-15-

2008年06月20日 | 投稿連載
  こちら、自由が丘ペット探偵局 作者古海めぐみ 
         15
 玄関のドアをドンドンドンと叩いた。
部屋の向こうには、人のいる気配が確かにした。玄関のすぐ
横の台所のすりガラスの窓の奥で人が動く影をはっきりと見たのだ。
「いるんでしょ。出てください。お願いします。」
もう一度ドアをノックした。
頭の上の門灯を遮って何かが動いた。
土クモだった。
玄関の庇にいた土クモが加熱したフライパンの油の中を間違
って落ちて慌てて弾かれる水滴のように気配だけ残して
あっという間に姿を消した。
足元を見ると玄関タタキのコンクリに干からびたミミズの
?マークが転がっていた。
すぐにスニーカーの先で前庭の雑草の方へ蹴ってのけた。
目の前が畑なのでクモもミミズもありかと妙に納得した。
夜の底から虫の音が響いていた。
ちょうど犬飼健太が安田夫婦の家に張り込んでるとき田村
良弘はある木造モルタルアパートに来ていた。
「犬のことでお伺いしたい事があるんです。」
ネクタイを緩めたスーツ姿の田村は、ノックするのをやめ
てドアに耳を当てた。
アパートの玄関の内側で明らかに人の息遣いがしている。
「お願いです。お宅で譲り受けた犬が逃げたんです。
見つからないんです。」
台所に明かりが点いた。
そして二階建て木造アパートのドアがカチっと開いた。
「何?」
若い背の高い男がガムを噛みながら顔を出した。
頬がぷっくらした割りに目が落ち窪んであまり栄養が
行き届いてないような顔だった。
「あのう。一ヶ月前犬を買った清水さくらの知り合いです。
5日前にその子犬を多摩川で逃がしてしまったんです。」
田村良弘は、開いたドアノブをしっかりと握って無人島で
何年も過ごしてやっと岬で船を見つけた人みたいにすがる
想いでその学生風の男を見上げた。
「で何?」
「はい。あのうー、こちらにもしかして戻ってないか、
と思いまして・・・」
「そんなん、知らん。」
「やっぱり戻ってないですか・・・」
「いない。そんなん。」
「すみません。急に訪ねてきて・・・」
田村の目から微かな望みという光が消えるのが見えた。
「あの、ここ、ワンニャン天国堂ですよね。」
若い男がドアを閉めようとするのを止めて田村が聞いた。
「違うよ。」
「でもここ、インターネットのホームページに載っていた
住所ナンですよ。東町2-3-8のメゾンエンジェル101!」
「住所はそうかもしんないけど間違いです。オレと関係え
ねえっから・・・」
若い男は、ムッとしてドアを思い切り閉めた。
閉まるとき若い男の手に白い包帯が巻かれているのが見えた。
田村は、呆然と立ち尽くした。
玄関には表札もなければ、ペットショップみたいに動物を
飼っている匂いも音もしない。ごく普通の木造モルタル
アパートである。
ナナの手がかりがぷっつりと切れた心細さが海に潜っていて
急に深いところの暗い海底の谷を見つけたときみたいにひん
やりと田村のへその裏側へ染み込んで来た感じがした。
 彼はどこにも行き場がなかった。ペット探偵にも頼ん
だが進展がない。すがる想いで恋人の清水さくらが買った
ペットショップのホームページの住所も来てみたが別人が
住んで間違っていた。
 田村良弘は、寂れた商店街を抜けて新小金井駅のホームに
登り電車を待つ間ひとりベンチに座って、昨日ブライダル
コンサルタントとのお台場のホテルでの打ち合わせの後食事
もしないで中央線に乗って荻窪までさくらと気まずい沈黙
のまま帰ったことを思い出していた。
お台場のレインボー・ブリッジを背景に結婚の誓いの
言葉を述べる広いデッキ。このテラスデッキからガラスを
隔てて一流のフレンチレストランのお店が披露宴会場。
お二人のお顔を見れば八月の式当日は、きっといい天気に
なる確信があります。こう見えても私の予感は当たるんです。
と化粧品のモデルのようにスラリとしたウェディング・
マネージャーの女の人が自信に満ちたしっかりとした目で
田村良弘と清水さくらに海風に吹かれながらデッキの
手すりを背にして言った。
コンサルタント・ルームでそのマネージャーの説明を聞い
ている間もさくらは、始終浮かない顔だった。
テレビ局のリサーチャーをしている清水さくらは、局プロ
デューサーと旅番組の企画で三日間沖縄に資料集めとロケ
ハンでマンションを空けていた。そして帰ってきたら、
買ったばかりの愛犬ナナがいなくなっていた。それも婚約
相手の同居人がわざわざ多摩川まで連れて行って逃がして
しまったのだった。
ゆりかもめに揺られながら田村は、どう声をかけていいか
判らないまま先頭の窓辺に二人して立っていた。
「頼んでいるペット探偵からさっきメールで連絡が入った
んだけど、二度目撃情報が寄せられて世田谷の等々力あた
りにいるらしいって・・・」
「もう今日で5日でしょ。ナナちゃん、何食べてるのかしら?」
「見た人の話だとすごく元気だったって・・」
「でもそれがナナって確信ないでしょ。」
「でも・・・・」
「捕まらなくちゃわかんないでしょ。」
さくらの頬が橋桁の鉄骨よりも硬くて重く窓外を見たまま
動かなくなった。
田村は、返す言葉が見つからず運河から新橋のビル群に目
をやった。レンボーブリッジを渡りきって電車が螺旋を
描いて倉庫とビルの間を抜けていった。


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