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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

こちら、自由が丘ペット探偵局-23-

2008年08月15日 | 投稿連載
こちら、自由が丘ペット探偵局 作者 古海めぐみ
        23
 ハルさんは、神社の社の階段に腰掛けていた。
松やクヌギに囲まれた出島のような小山の上に神社があり
背後に湖が広がっていたが夜の闇のせいでその湖の大きさ
も木立と空の境界もはっきりとせずにつくづく闇とひとり
ぽっちは心細いものだと彼女は痛感した。
見えない闇というのは、逆に人間の中に研ぎ澄まされた
新しい目を宿すものである。車も通らず虫の音しか聞こえ
ないこの神社の境内でたった一人でいる彼女の中では潮騒
のようにおそれとおののきがひしひしと迫ってはひいて
を繰り返していた。
ハルさんは、辺りの、茂みの夜の暗さに目を凝らしながら、
さっきから誰かに見つめられているのを感じていたのだった。
縞の着物の背中の中を汗が一筋たらりと帯で締められた
腰まで流れていった。
首と腕の産毛が逆立って手の甲まで鳥肌が立っているの
がわかった。 茂みに隠れた目は、一つではなかった。
年をとって目が悪くなったり、足腰が弱くなったりし
ても恐怖の感覚だけは鋭敏だった。
葉陰から覗いている目がいくつもあり、それが正面だけ
でなく、ぐるりと周りを取り囲んでじりじりと近づいて
くるのを感じた。
ハルさんは、鬼ごっこの鬼のように目を閉じてこんな
山の中までどうして来てしまったのか、自分がなぜ
こんな恐怖に慄いているのか了承できないで、ここから
帰してえ!と口走った。
もういいかい、もういいよ、と子供の遊びのように
再び目を開けると、ハルさんの目の前で黒い大きな
犬が参道の石畳をゆっくり歩いて来て立ち止まった。
ハルさんは、息が止まりそうになり両手で顔を被って
目を閉じて又開いた。
すると今度は、五六匹の茶ゃグレーの雑種の大型犬が
右にも左にも集まっていた。
どの犬も毛並みが汚れていて、涎を垂らしたり、足を
引きずったりする犬もいた。
そして正面の最も精悍な黒い犬が吠えると一斉にどの
犬も吠え立てた。
小さな叫びを上げてハルささんは、身をよじりながら
社の中へ逃げ込もうとしたが鍵がかかっていて扉が
開かなかった。来ないで!お願いよ!
ハルさんは自分でも驚くような大きな声を出して縞の着物
とお揃いの縞柄の手提げバッグを犬に向けて投げつけた。
この一瞬に犬たちは、ハルさんの西陣織のバッグを噛み
裂き、中に入れていたせんべいをバリバリと奪い合い
ながら食べ出した。しかしこのせんべいのおかげでハル
さんは参道を裸足で駆け出すことが出来た。
鳥居を越して山を駆け下りるように走った。
犬たちは、ちょうど狛犬の石塔に留まって烈しく吠えていた。
それは、ちょうど狛犬が何匹も石塔から出てきて闇夜に
向かって雄たけびを上げているようだった。

 犬吠えは、夜の湖畔のさざ波を滑りながら峰谷橋の
手前のトンネルの中まで轟いてきた。
ちようど祐二の運転するサーブがトンネルに差し掛か
ったときだった。
その長いトンネルを通り抜けようとする犬吠えを立ち
はだかって遮るように軽トラックの前でひとりの筋肉質
の中年男が立っていた。
行く手を塞がれた形で祐二は、ブレーキをかけた。助手席
の春と後部席の健太が前のめりになってシートベルトを掴んだ。
「何だ?あのおっさん。」
健太が顔を乗り出して声を荒げた。
「わからん。地元の消防団か。」
祐二はサイドブレーキをひいて答えるとウィンドーを下ろした。
「あんたたち、どこ行くね?」
奥多摩消防団の帽子を被った眉毛の濃い男は、顔を出した
運転席の祐二に歩み寄ると、イライラとした口調で尋ねた。
「ちょ、ちょ、ちょっと知り合いを探しに。」
「こんな夜中にか。」
「・・・おばあちゃんなんです。」
消防団の男は、冷たい色のない瞳でサーブの中の春や健太
を見回して、さらにシートや荷物にも視線を這わせた。
「あんたら、本当は何しに来たんだ。キャンプ場はずっと
ダムの方だ。」
「だから・・キャンプじゃなく・・」
と祐二が説明しようとするのを健太が遮った。
「お前こそ。何だ!どこ行こうとこっちの勝手じゃねえか」
健太が怒りを顕わにしてドアを開けて出てくるのを消防団
の男はじっと更なる怒りで見返して待ち構えた。
春が窓から健太の腕をぎゅっと掴んだ。
狭いトンネルの中で凍るような風が流れていた。
そして男の軽トラの荷台につながれた痩せ細ったラブラ
ドールが悲しそうに鳴いた。
「あんたたち、犬を捨てに来たんじゃないだろうな。」
「犬?」
健太は、急に拍子抜けしたように聞き返した。
「ああ。最近夜になると湖や山に犬を捨てていく野郎が
多くてなあ・・」
「捨てるんです、か・・」
春も祐二も健太もぽかんと口を開けて繰り返した。
「ふざけやがって!先週なんか病気で死んだ犬をドラム
缶橋から湖へ投げ捨てて行ったんだ。それも六匹もよ。」
健太は、男に向けていた怒りが明らかに別の怒りに
変わって行くのを感じた。
「夏になったら子供たちがキャンプや行楽で遊びに来る。
山に捨てられた犬が野犬化してゴミ捨て場を漁る。凶暴
化して噛み付かないとも限らない。現に襲われた村の
お年寄りもいるんだ。」
「それは、ひどい。」
健太は、軽トラの荷台に近づいて紐でつながれたラブ
ラドールとシバ犬をそっと触った。
「骨と皮じゃないかよ・・お前たちよ。」
濡れて汚れたシバとラブラドールは、飼い犬だったらし
く犬好きの健太の手の指をなつかしそうにペロリと舐めた。
「これは、今日深山橋で捕獲した犬たちだ。」
消防団の男は、健太たちが怪しい者ではないと理解
したのか、初めて笑った。



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