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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー地球岬 9

2009年09月25日 | 投稿連載
地球岬 作者大隅 充
      9
 走ってみてわかった。オレの帰る場所はないのだとい
うことが。確かに地球岬へ行くと母の実家があって、親
戚の伯父さんがいるかもしれない。あるいはもういない
かもしれない。その伯父さんを刺してどうするのか。何
かが変わるのか。僅かばかりの金と包丁で世界を手に入
れたなんて甘いことをオレは、思っている。もしそんな
ことが実行できて何がしかの高揚があったとしてもそれ
で何が変わるのか。この世をオサラバするのに一人又道
連れができただけじゃないか。そんなことをしても顔も
知らずに死んでしまった母さんに会えるわけでもない。
よくよく考えてもしも地球岬にその家自体がなければ、
オレはどうする。こんな甘ちょろい計画なんか見事に打
ち砕かれて線路の雪みたいに姿形もなく溶けて冷たい風
に吹きさらされるだけだ。
 オレは、ついに走るのをやめた。
すっかり太陽は、頭上にのぼり出して明るい光を投げか
けていた。その光に顔を向けると細胞の一つ一つがブド
ウの皮がむけるみたいにプチプチとはじけて無防備のオ
レ自身が無数にはい出してくるような奇妙な感覚になっ
た。オレは、帰る場所も眠る場所もない。
初めから死んでいる存在。夏の夜。小さな子供のときか
らときどき無償に悲しくなってひとりで泣いてしまうこ
とがあった。
 泣き癖がついたのは、赤ん坊のころから。いつも枕に
涙のシミがあった。オレはついにその癖が治らずオヤジ
や漁師のオイちゃんにも悟られないように誰もいない時
にそっと泣いた。止めどなく流れる涙を唇を食いしばっ
て声を出さずに夜具の中でガマンして疲れるまで泣いた。
そしてぐっすりと眠るのが月に何回かあった。
いつも理由はない。
何もない真っ暗な宇宙にひとりぽっちで放り出されたよ
うなさみしさが突然襲ってくる。
それをオレは止めることはできなかったし、それをやる
のは、オナニーと同じくらい敗北の甘みがあった。

お兄ちゃん、なんで泣いてるの?

金網の向こうから幼稚園児の女の子がオレを見上げていた。
オレは、歩道の行き止まりに来ていた。

変だよ。みんな変な人がいる。

金網の中で雪だるまを作っていた幼稚園児がゾロゾロと
集まって来た。
ここは、幼稚園の庭だった。
オレは、何も言えず慌てて涙を拭いて立ちつくした。
どっと園児たちが笑った。
「みんな、何してるの。教室に入りなさい。早く手を洗
って上がりなさい。絵本の時間よ。」
若いピンクの前掛けをした顔の細い先生がサッシの窓を
開けて叫んだ。
もしかしたらオレと同じ年かもしれないそのピンクの前
掛けの可愛らしい先生は、優しそうに微笑んでオレにひ
とつ会釈すると園児たちを手招きで呼び集めた。
体の大きな男の子たちがわざとその先生のお腹へ頭から
ぶつかって駆けあがった。
先生は、馴れた仕草で男の子たちを受け止めて、顎や鼻
を摘んで教室の中へ振り分けた。
すると今度は、女の子の集団が後ろからピンクの前掛け
の紐や先生のスカートを握って、ぶら下がるように甘え
た。
先生は、一人ひとり名前を呼んで生みたての卵を選り分
けるように席へと子供たちを誘導した。
オレは、歩き出しながらあの、輝く笑顔の先生がオレの
かあさんとダブって何回も振り返った。
二十歳でオレを生んだかあさん。誰も何も教えてくれな
かった分オレの中でイメージがどんどん膨らんで優しい
若い母親になっていた。
 オレは、タオルこ包んだ包丁を道端の集積ゴミの山に
投げ込んで襟を立てて線路沿いに又歩き出した。
さみしさは、大きな塊となってオレの背中に依然として
乗っかっていた。
やっぱり地球岬に行こう。
一度あの海を見ればいい。それだけでいい。
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二條若狭屋・不老泉~シーちゃんのおやつ手帖109

2009年09月25日 | 味わい探訪
箱も素敵な不老泉。シンプルな版画で雪月花が表現されています。
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