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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー地球岬 5

2009年08月28日 | 投稿連載
地球岬 作者大隅充
   5
 今思い返して旭川にいた二年間が唯一自由を感じることが
できたのかもしれない。ラーメン店ヒグマの二階のアパート
に住み込みで朝九時から玉ねぎの皮剥きとキャベツのみじん
切りと厨房掃除。夜は、汚れ物の洗い・片付けも含めて十一
時まで働いた。週二回の非番と週三回のナイトだけの四時か
ら勤務。そして一日通しは週2日のシフト。油で汚れた丼や
皿を熱湯で洗うからはじめは火傷して指の皮が真っ赤に腫れ
上がって一冬でぺロリと剥けてしまった。おまけに税金とア
パート代を引かれたら七万残るかどうかの安月給だった。
 でも苦になんかならなかった。オレにとって天塩港の番屋
にオヤジと暮らした小学生時代からすれば天国みたいなもの
だった。毎日海岸に流れてくる昆布を拾いに行かされてアカ
ギレで手を洗うたびに血がタオルについた。
テレビがなく小学校に行ってもクラスで仲間はずれにされて、
学校に行かなくなるとオヤジに殴られて永久歯がせっかく生
えた前歯を折ってしまった。その前歯を入れる金がなく中学
校でも歯なしだと笑われるのが嫌でできるだけ口を開けない
で無口で陰気な奴で通した。
それが旭川で一人暮らしして最初に貰ったラーメン屋の金で
歯を入れた。オレより十歳(コ)上のラーメン店の先輩の近
藤さんは、めん茹で担当でいい加減な人だったけどオレには
やさしかった。シモネタ好きの店長は近藤は仕事が雑で何よ
りパチンコ狂いで消費者金融にハマッているのが嫌いで、近
藤さんが休みの時によく悪口を言っていた。ただオレは、一
番若くて顔が幼かったからか何かにつけて近藤さんから洋服
を貰ったり、ビールを奢ってもらったりして居心地がよか
った。
22年生きてきて笑った回数は、このラーメン店ヒグマが圧
倒的に多かったと言えるな。
 女を知ったのも旭川だった。近藤さんに連れて行っても
らったスナックでホステスをしていたミドリさんという人
だった。
どうしてそうなったのか今でもわからないけど札幌の雪祭り
にミドリさんと近藤さんと三人でヒグマの定休日の昼行くこ
とになったんだ。
 近藤さんは、中古のアメ車で札幌に着くまでしゃべりっぱ
なしでパチンコで大当たりが出て一日で50万儲けた話とか
そのうち東京に出てラーメン店を青山に出すんだなんて調子
のいい話を助手席のミドリさんにしていた。オレはまたホラ
吹いてやがると聞かないことにして後の席でウトウトと眠っ
てしまった。起きたら札幌の大通りの駐車場だった。昼に三
人で古い炉端焼きレストランに入って、ステーキを食べて午
後雪像を見てまわった。観光客が多くて夕方近く近藤さんと
はぐれてしまった。
仕方なく駐車場へ向かおうとしたら、後から肩を叩かれた。
ミドリさんだった。
「ちょっと純平くん。休まない?」
そうミドリさんは赤い口紅を塗り直した口でオレに微笑んだ。
 日が暮れるまでのニ時間。オレは、ミドリさんと裏通りの
ビジネスホテルで過ごした。
 雪像がライトアップされて綺麗な光の化粧をお披露目した
頃、駐車場で先にオレが近藤さんと合流してミドリさんが後
から、ごめんさい札幌の知り合いに会って長話してと真実を
知っているオレでさえ本当にそうだったんだと思ってしまう
ぐらいの演技で近藤さんの腕にしがみ付いて再会した。
「ケイタイの電源ぐらい入れてよ。」
と近藤さんは、不機嫌に腕に巻きついたラメ入りネイルアー
トのミドリさんの指を解いて言った。
「ごめん。電池切れて・・・」
これまた無人島から奇跡の帰還をした人みたいに迫真の演技
で即答したミドリさんを見て、少し怖いなあと思った。
 旭川へ帰る車の中は、誰も無口だった。雪が横殴りに激し
くなりフロントガラスを斜めに打ち付けて飛んで行った。
助手席のミドリさんはときどき運転している近藤さんの肩へ
凭れ掛っては、コックリコックリと居眠りをしていた。近藤
さんも眠気に堪えながらハンドルを握っていた。長いミドリ
さんの髪が前に垂れて細くしっとりとした首がライトアップ
された雪像みたいにシートの背凭れの脇から浮かび上がった。
首筋に一筋の汗が流れていて、そのしずくにほつれ毛が絡み
とられていた。
 オレは、白くて柔らかいミドリさんの肌を思い出して、目
の前から離れなくなった。甘い匂いと包み込むような笑みだ。
「わたし、本当はおばさんなのよ。」
そうあの札幌のビジネスホテルのベッドの上で囁いたミドリ
さんは、店では27才で通していたけど、
本当は36歳だった。今日はじめて昼間の彼女を見てもそん
なに年だとは誰も思わないだろう。どうしてオレなんかの相
手をしてくれたのかわからないが、君だとつい正直になって
しまうのよね、と何回かしか店に行ったことがないガキのオ
レに友だちに話すみたいに告白してきた。
「実はね。夕張に小学生の男の子がいるの。純平くん見ると
その子のこと思い出すの。なーんもみんな面倒になって札幌
で働いたけど、お金とかシガラミがついてきて旭川まで逃げ
たの・・・」
オレだって逃げている。サロベツから東京から。オヤジから。
「純平くん。このこと内緒よ。」
ミドリさんは、母親が子供をしかるような顔でオレの鼻の頭
をシーツの中で摘んだ。
「わかってる。」
と汗ばんだ長い爪の指をふりはらったら急に淋しさが湧き上
がってきた。
かあさん!
 室蘭で一才にもならない時に死に別れたオレのかあちゃん
もこんな柔らかい胸だったのだろうか。オレはオレを産んだ
かあちゃんの顔を知らない。写真すら見たことないんだ。
オレは旭川のラーメン店ヒグマに着くまでに涙を急いで乾か
した。
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フルータスのフルーツサンド~シーちゃんのおやつ手帖106

2009年08月28日 | 味わい探訪
フルーツサンドが美味しいのは上記の通りですが、
アボガドとハムのサンドイッチも激旨☆スイーツ
というテーマからは外れてしまいますが、濃厚な
アボガドが効いたサンドイッチもお薦めですよ!
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