ベルク「ヴァイオリン協奏曲」、ブルックナー「交響曲第4番」

ベルク:ヴァイオリン協奏曲
ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」

ヴァイオリン:神尾真由子
指揮:ジョナサン・ノット
東京交響楽団
(2021.10.16 サントリーホール)

いい演奏会だった。特にブルックナーは、最後の方に向かって音楽が高揚していく指揮スタイルにまたも魅せられた。しかし、今回のお目当ては神尾真由子の演奏するベルクの協奏曲だったので、まずはそちらから書きたい。

ベルクの協奏曲は、20世紀に書かれたヴァイオリン協奏曲の中でも特に有名なものだ。そして12音技法で書かれた音楽の中で、おそらく最も有名な作品と言ってもよいのではないかと思う。
この曲は、歌劇「ルル」の作曲を一時中断して完成された。そのため未完成に終わった「ルル」の音楽が好きな人たちからは、恨みを買っている曲でもある。
この曲には、「ある天使の思い出に」という副題が付けられている。この曲の作曲中に、前マーラー夫人のアルマと建築家グロピウスとの娘マノンが18歳(19歳?17歳?)で死んだことから、その鎮魂の曲とも言われる。ただベルク自身がそう言っている訳ではないようだし、確かな証拠があるわけではないが、まあ納得する話ではある。
ただベルクは、マノンとルルを重ね合わせたフシがあるということだし、この日のプログラムにも、捧げられたのはマノンだけではないという解釈もあるとされている。私はこの曲が書かれ始めたのがマノンの死の前からであることから、この曲は、ルルないしルルが代表する切り裂きジャックの犠牲者たちにも捧げられたのではないかとの思いを強く持っている。歌劇の中では、最後に殺されたルルをはっきりと「天使」と呼んでいるからでもある。
ルルはもともと娼婦だったわけではなく、医事顧問官と結婚してドイツでそれなりの生活をしていた。それがシェーン博士に発砲したのちに、逃避行先ロンドンで切り裂きジャックに遭遇する。劇全体がこれに向かっていくのは、切り裂きジャックの悲劇こそがこの劇・オペラのテーマであり、それほどまでに犠牲となった罪のない娼婦らに対する同情が強かったとも言える。この時代、女性が自立して生きていくのは大変だった。そういうことも考えなくてはならない。
「ヴォツェック」で最も感動的なのは、主人公の死の後に演奏される葬送音楽だ。「ルル」では、その葬送音楽が物語の構成から入る余地がないので、それに代わるものとしてヴァイオリン協奏曲が作曲されたのではないかというのが、私の類推だ。

神尾真由子のヴァイオリンは、繊細できめの細やかさと美しさを感じさせるもので、全体の構成がよく練られた印象をもつものだった。ただそれが、メリハリを利かせたノットの指揮とマッチしたかと言えばやや疑問も残るものだった。最後はもっと神尾真由子の陶酔した演奏を期待した。ストラディバリウスの音も、もう少しホール全体に朗々と響かせてほしかった。

さて、演奏会としてより印象的だったのは「ロマンティック」だ。私はこの曲に対し、かなりはっきりとしたプログラムを意識して聴いている。第1楽章は、「中世の時代の朝霧の中、城の城門が開くと中から騎馬にのった多くの騎士たちが出てくる」とい言ったようなことをブルックナー自身が述べているので、それは大変に参考になる。とはいえ、演奏が3楽章あたりまで進行したところで、あまりにも明るい響きがやや気になりだした。しかし、それまでのエネルギーを一段高めて出し切ったような第4楽章を聴いて、これは本当に「民衆の祝祭」なのだということが実感できた。ワーグナーの「ローエングリン」のように、これは中世に対するオマージュなのだということをはっきりと感じた。
それは何をおいても、ジョナサン・ノットの構成力の巧みさによるものだろう。「グレの歌」でも感じたように、ノットの魔術に見事にはまったというほかない。それにしても、最後にさらに音楽を盛り上げる東響の主に金管楽器群の実力とスタミナに感心した。聴衆は盛り上がり、それに対して自分の芸術をきちんと評価してくれていることに大きな満足感を感じているであろうノットの笑顔も印象的だった。

 

 

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