「愛のロマンス(ギター名曲集)」(シュー・フェイ・ヤン:ギター)



 シュー・フェイ・ヤン(Xue Fei YANG、楊雪霏)は北京に生まれ、ギター専攻としては初めて北京の中央音楽学院に入学し、その後ロンドンの王立音楽アカデミーで勉強を続けたギタリスト。このCDではギターの名曲を16曲演奏している。EMIは新人の登竜門として「Debut」シリーズを持っているが、これはいきなりフル・プライス。「ならば」と思って買った。使用楽器は2003年Smallmanで、一部2001年Dammann。

まず大きな特徴はSmallmanの輝かしく豪華な音色だ。Smallmanはジョン・ウィリアムズが使っていることで知られるオーストラリアの新しいギター工房で、ウィリアムズの助言により改良を続けたという。ウィリアムズはヤンの演奏を聴いて感銘を受け、自分自身が使っていたSmallmanをヤンに与えたそうだ。
そして奏法上の特徴だが、どんな長い音でもビブラートはかからない(ウィリアムズもそうだ)。その上で、感情の襞はほとんど個々の音符単位、指単位でコントロールされた音量・速度の微妙なゆれによって表現される。この正確さはほとんど驚異的といってもいい。「感興の趣くままに…」といった弾き方とは対極にある。音楽が心の入口まで来て内側に入ってこないもどかしさもあるが、ソフィスティケートされている。

最初の4曲はお決まりのスペインの名曲で、「アストゥーリアス」「愛のロマンス(禁じられた遊び)」「アルハンブラ宮殿の思い出」などゴージャスな音色でさすがに聴かせる。これらの曲の決定盤かも知れない。そしてイギリス、北米、中南米、そして韓国、日本(古謡「さくら」)、中国、フィリピンと、世界中のメロディーが網羅されるにつれクラッシック色は薄まる。私がよく聴くのは、もうギターのスタンダードになった感のあるスタンリー・マイヤーズ作曲の「カバティーナ」だ。この曲はロバート・デ・ニーロ主演で、凄惨なベトナム戦争の狂気を描いてアカデミー賞を受賞した映画「ディア・ハンター」の主題曲だった。平和な片田舎での生活を思わせる静かな佳品で、その点で同じく戦争を描いた映画のテーマ曲だったタイトル曲と共通するものがある。また「Spring Breeze」と題された曲は、いかにも中国的なメロディーが懐かしく心地よい。

北京の人と言うとどうしてもよそよそしい感じがつきまとう。しかしヤンは経歴上も曲目上も、十分に西欧にも日本にも歩み寄っている。北京出身のクラシック音楽家が世界中の人々に聴かれるというのは新しい動きだ。
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シューマン「ピアノ曲全集第1集」(フィンギン・コリンズ:ピアノ)



 現在、ヨーロッパ各国で絶賛されているCD。コリンズは1977年アイルランドの首都ダブリンに生まれた新進のピアニスト。1999年に、悲愴な音色でモーツァルトの特に短調作品に名録音を残した女流ピアニストの名を冠した「クララ・ハスキル国際ピアノコンクール」(スイス)に優勝した。シューマンの没後150周年を記念しての企画と思われ、第2集もアナウンスされているが、別なピアニストによる。「幻想小曲集」「アラベスク」「花の曲」「フモレスケ」「アレグロ」「子供の情景」「3つのロマンス」「森の情景」「3つの幻想曲集」がフル・プライス2枚に収められている(長いっ!そして高いっ!)。使用ピアノはスタインウェイ。

どの曲から聴き始めても全部を聴きたくなるような、優しさに満ちた透明な叙情に思わず引き込まれる。「森の情景」は最新録音が少ないが、コリンズのややくすんだ音色によって、ドイツの暗くて冒険がいっぱいのロマンティックな世界に入り込んだような気分を味わえる。私の好きな傑作「フモレスケ」はもっと録音が少ないが、変幻自在なロマンティズムが眼前に展開されるようでただただ圧倒される。そして「ロマンス第2番」は、シューマネスクな音の世界にため息が出るほどだ。

現代にシューマンを演奏することは難しい。ホロビッツの知的な鋭さとロマンティックな情熱を兼ね備えた演奏も、アシュケナージの考え抜かれた均整な構成感と音色の美しさも、乗り越えるのは容易ではない。シューマンに何か残されていることがあるだろうか? しかしここにはそれらの大家にはない若々しさと瑞々しさがある。

優しい心を持つ人はいるし、研ぎ澄まされたテクニックを持つ人もいる。現代に求められているのは、この2つを同時に持つことだ。その意味でこの演奏は、「これが僕らのシューマンだ」と言っているかのようだ。
(↓非常に貴重で有益なコメントがあります。是非見てください↓)
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プリムローズ「ビオラ編曲集」(ロバートゥ・ディアス:ビオラ)



 往年の大ビオラ奏者ウィリアム・プリムローズの編曲したビオラのための小品を、元フィラデルフィア管弦楽団の主席ビオラ奏者で、現カーティス音楽院学長のロバートゥ・ディアスが、プリムローズ自身の使った1600年アマティを用いて演奏している。

ボロディンの有名な弦楽四重奏曲からの「ノクターン」に始まるこれらの曲集は、しっとりとしたものから華麗な技巧を誇示するものまで、ビオラという楽器のさまざまな側面を楽しませてくれる。
特にビオラの音色とともに心に残るのは、シューベルトやワーグナー、チャイコフスキー、ブラームスによる歌曲の編曲ものだ。バイオリンよりは響きに厚みがあるが、チェロよりは胴鳴りの少ない中音域の音色は、まったくビオラ独自の世界だ。中世の香りを伝えるアマティの素朴でおおらかな音色は、聴き込むほどに味わいがある。ロバート・ケーニグのピアノ伴奏は音色がクリアーで、ビオラの甘美で滋味あふれる音色といい対照をなしていて好ましい。
エフレム・ジンバリストの「サラサーテアーナ」はサラサーテの華麗なバイオリン曲を元にしたファンタジーで、パガニーニの「カンパネラ」ともどもディアスの高度な技巧が堪能できる。

メジャーにはないビオラの小品集であるが、選曲、奏者、演奏、録音すべてがバランスして良く、非常に魅力的な企画と思う。NAXOSはいい仕事をしている。(社長は仕事中毒のようだが) [NAXOS 8.557391]
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