プッチーニ:歌劇「ボエーム」(ド・ベリー指揮、ネトレプコ(S)、ビリァソン(T)他)



 「ボエーム」は、お針子ミミが、屋根裏部屋で芸術家たちと共同生活をする詩人ロドルフォと、出会い、恋をし、そして短い生涯を終えるまでを描いた永遠の青春オペラだ。プッチーニの出世作であり、代表作でもある。

「ボエーム」のオーケストレーションは近代的で、隅々に至るまでよく書き込まれていて雄弁であり、登場人物は今でも飲み屋街に駆り出せばそこにいるような市井の人たちばかりだ。「ボエーム」は私のお気に入りのオペラだから、ほとんどの音符が頭の中に入っている。それだけに今ではよほどなことがない限り聴こうという気にはならないのだが、つい試聴したのが運のつきで買った。

このCDは現在人気絶頂の、アンナ・ネトレプコとローランド・ビリァソンという最強のコンビをフィーチャーしたもので、演奏会形式の上演のライブ録音という。
ビリァソンは声がやや硬質だが、ハリがあって安定していて、パワーがある。ネトレプコは声質がそれほど透明でもなく、瑞々しくもないのだが、大スターだけあって、最後はネトレプコ自身の魅力と存在感で納得させてしまう。というかこの歌唱、歌手としてより、妙に生々しい。

ファンとしては、ビリァソンとネトレプコのプライベートな関係に関心が向かうだろう。ビリァソンはメキシコ人の精神科医と結婚していて、子供もいる。が、二人の関係は劇場だけのもの、という言葉を信じるものはいない。ネトレプコは昨年7月からウルグアイのバリトン歌手アーウィン・シュロットと恋人関係にあり、すでに妊娠している。ビリァソンはその頃から5ヶ月間、仕事を全部キャンセルして、スペインの島に引きこもったそうだ。それ以来、二人は競演していないという。この録音は2007年4月だから、いわば最良の時の記録なのかもしれない。

指揮のベルトラン・ド・ベリーは1965年生まれのフランス人というが、イン・テンポでメリハリをもっててきぱきと進めるので、全ての音符に若々しさが漲っている。ただ情感とか円熟とかとは方向が違う。だから第4幕でミミが死に場所を求めて突然現れるところの一撃音は、イン・テンポの中であっさりと過ぎてしまう(私はかつてロンドンのコベント・ガーデンでガルデルリの指揮で観たことがあるが、ここはすごい音がした。この人は音の職人なのだ)。

全体に、さわやかな一篇の青春映画を観ているようなCDだ。こういう活気は確かに「ボエーム」の一面だから、いい演奏といえるだろうし、実際、かなり楽しめるし、ほろっともくる。(もっと思いっきり泣きたい人は帝王カラヤンの名盤をどうぞ。私は持ってないけど)

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