ヘンデル: 歌劇「セルセ」

セルセ: 澤原行正
アルサメーネ: 本多都
アマストレ: 長田惟子
ロミルダ: 塚本正美
アタランタ: 新宅かなで、他

指揮: 鈴木秀美 
演出: 中村蓉
二期会合唱団
ニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ
(2021.5.23 目黒パーシモン・ホール)

1738年、ヘンデル53歳の円熟期の作品。「セルセ」の音楽は非常に充実しているが、ストーリーの平坦さのためか人気はいま一つだ。今回の公演は、地味なバロック・オペラを少しでも楽しく見せようと様々な工夫をしたものだったが、結果は作品自体の限界か、特に印象に残る点に欠ける、良くも悪くもない普通のものだった。

「セルセ」は、ペルシャの王セルセを主人公とする、愛のかみ合わない男女の組み合わせを描いた、いくらかコミカルさを持ったオペラだ。
セルセはロミルダを愛しているが、ロミルダはセルセの弟アルサメーネと相愛の関係にある。ところが、ロミルダの妹アタランタもアルサメーネを愛しており、もしロミルダがセルセと結ばれれば、自分もアルサメーネの愛が得られると思案して策を弄する。アルサメーネがロミルダにあてた恋文を、アルサメーネがアタランタにあてたものだと信じさせ、悲観したロミルダはセルセの愛を受け入れようとなるので、この策は成功しそうになる。一方、セルセには許婚者アマストレがおり、セルセを追いかけている。最後は、セルセとアマストレが結ばれることにより、全てが収まるべきところに収まってうまくいく。

この単純な恋のさや当て以外には何も起こらない「セルセ」は、当時のイギリスの政治状況を反映した風刺劇という。つまり、当時の名誉革命以後のイギリスでは、ハノーヴァー朝がスチュアート朝を追放して、カトリックからプロテスタントへとなっていた。「セルセ」の筋書きはこれと二重写しになっており、セルセ(ハノーヴァー朝)、アルサメーネ(スチュアート朝)、ロミルダ(イギリス)、アタランタ(フランス)、アマストレ(オランダ=ハノーヴァー朝)となっているという。つまりは、オランダから来たハノーヴァー朝はオランダに帰れ、ということらしい。
このオペラは全く成功せず、5日で公演は打ち切られたという。

このように「セルセ」は、表面的には愛の劇であり、オペラは様々な愛の歌で埋め尽くされている。そして音楽的には、そのそれぞれがかなり充実しており、聴きごたえがあるが、どうもそれが真実の人間感情を表わしたものとは言えないところに、このオペラの限界がある。プロテスタントの家に生まれたヘンデルが、なぜカトリックを擁護するのかなど、すこしかじった程度では理解できない点もあり、現代に何か通じるところがあるとも思えない。
そんな訳でこのヘンデルのほとんど最後のオペラ(これ以後はオラトリオの作曲にシフトしていく)である「セルセ」上演の最大の眼目は、その音楽の質的な高さにあるのだろうと思う。

今回の上演の特徴は、演出全体を舞踊家中村蓉が担当していることだ。試みとしては面白いが、どの歌唱にもダンサーが絡んできて、ややくどい感じがしたのは私だけだろうか。
指揮の鈴木秀美も、鈴木雅明の素晴らしい「ジュリオ・チェーザレ」を見た経験から大いに期待したが、やや大衆向けに寄ってきたとの印象を持った。「オンブラマイフ」を終幕にも繰り返した意図も、不勉強のせいかよく分からなかった。歌手陣もオケも普通(ということは欠点もなくよくやっているのだが。手元にあるBDの、フランクフルト歌劇場での公演は、歌手も指揮も非凡なものでかなりの感銘を受ける)。初めてのパーシモン・ホールは、空間が広く、いいホールだと思った。

コロナ下での貴重な公演。できるかどうか分からない不安の中での公演で、よくぞここまで、ということは思った。

 

 

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