goo blog サービス終了のお知らせ 

世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

春⑦

2017-12-11 04:12:45 | 風紋


矢は簡単に当たった。そこはみんな、狩りの仕方は身に染みついているのだ。鹿は驚いて三、四歩走って逃げようとしたが、すぐに毒に当たって倒れた。悲し気な声が響き、周りの鹿たちが一斉に逃げた。鹿は足を天に向け、しばし痙攣していた。

「ホー! ホー!」
歓声があがった。早速の獲物だ。今年の初物だ。狩人たちはいっせいにとびかかるように、倒れた雌鹿の周りに集まった。鹿はまだ生きていたが、シュコックが腰にさした鉄のナイフをとって喉を切り、とどめを刺した。

「いい形の雌だ。でかい。若いし、毛並みも上々だ。骨も太そうだ」
「幸先がいいぞ」
狩人たちはみんなで喜んだ。

その日はそれを皮切りに、三頭の鹿が狩れた。狩が終わると、狩人たちは自分が放った矢を拾い、腰の葦籠の中にもどした。矢は何度も使わねばもったいないからだ。

仕留めた三頭の鹿を、みんなで分担して背負いつつ、狩人たちは意気揚々と村に帰った。サリクは三頭目の鹿の足をかつぎながら、最後尾からついてくるトカムを振り返った。彼は、トカムがみんなの中でうろうろしているだけで、結局一本も矢を放たなかったことを知っていた。

村に帰ると、みんなの歓迎が待っていた。仕留めた鹿は早速広場に寝かされ、そこで解体された。鉄のナイフと石包丁で、鹿は見る間にばらばらにされていく。雄は角をとられ、それはしばらく干されていろいろな飾りに使われた。皮は器用にはがされていく。肉と内臓は分けられた。内臓も食べる。子供たちが目を輝かせて見つめていた。今日の晩の食べ物が、うまい鹿の肉であろうことは、誰にもわかった。

足も切り分けられた。これは皮ごと煮て食うのだ。獲物はみんなの宝物だ。カシワナカがくれる宝だ。だからだれも独り占めしてはならない。それが村のおきてだった。

初物の鹿からとれた心臓は、皿の上に置かれ、ミコルに渡された。ミコルはそれを受け取ると、香草を添え、至聖所に祭って、神に感謝の祈りをささげた。

その晩は、みなで鹿を料理して楽しんだ。この分では明日もいい狩りができるだろう。みんなそう思った。そのみんなの夕餉の最中に、アシメックが帰って来た。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

春⑥

2017-12-10 04:13:14 | 風紋


ハイイロ鹿の群れの第一陣がイタカに下りてきたのは、それから三日後のことだった。狩人組は色めき立った。シュコックは早速狩人組を招集し、狩りに出かけた。サリクは、狩人組の最後尾に、ひとり目立って体の小さいトカムが、とぼとぼついてきているのを、後ろを見て確かめた。

心が先走るのを抑えられず、先陣を切って走っていったモカドが最初にイタカにつき、遠目を効かせて鹿の数を数えた。なんて嬉しい景色だ。晴れた春の空の下、たくさんの鹿が野に群れている。ハイイロ鹿は美しい。銀色がかった毛皮をまとい、大岩のように大きく、若草色の堂々とした角を持っている。雌は若干小さく、角はない。

「おお、三十頭はいるぞ。宝の山だ」
モカドが興奮を抑えながら言った。
「去年に生まれた子供がたくさんいるな。ねらい目だ。若いやつはまだ何にも知らない」
「キルアンは見えるか?」
だれかが聞くと、モカドがひとしきり群れを眺めて言った。
「いや、いないようだ。あいつは一際デカいから、一目でわかる。きっとまだ山にいるんだろう」

鹿は日を浴びながら、しきりにアマ草を食っていた。時々首をあげて、敵がいないかどうか周りを見回している奴がいるが、それもすぐに首を下げた。今は鹿も、アマ草が食べられるのがうれしいのだ。アマ草は、ハイイロ鹿の大好物だった。だから人間に狩られる危険性を知っていても、山からイタカに下りてくるのだ。

サリクたちは、身を低くして移動し、鹿の群れから少し離れた岩陰に隠れた。そして腰に下げた器をとり、それを開けて、中の毒を確かめた。器の中には黒々とした毒の塊があった。サリクはその毒に、何本かの矢の先をつけた。そして自分の指を傷つけないように注意しながら、矢を弓につがえつつ、鹿を狙ってかまえた。

シュコックが合図をした。何人かの狩人が、草むらに身を隠しつつ、前進した。狙っているのは、群れの淵っこで夢中で草を食べている若い雌だ。狩人たちは十分に矢が届く距離に近づくと、一斉に矢を放った。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

春⑤

2017-12-09 04:13:12 | 風紋


サリクは同じ狩人組の仲間のナエドと一緒に自分の家に帰り、弓の手入れをしながら、話をした。

「今年の狩人組には、トカムが入ってくるんだってさ」
ナエドが、弓の弦をなぞりながら言った。サリクは驚いた。
「トカムが? ヤルスベでの仕事はどうなったんだ?」
トカムは確か、ヤルスベ族に舟を白く塗る方法を習いに行ったはずだった。ナエドはふっと笑って、続けた。
「すぐにだめになったんだと。他の二人はまだ続いてるんだが、トカムはヤルスベに習うのが嫌で、すぐに帰って来たらしい」

サリクは何とも言えない顔をした。舟を白く塗る仕事さえ満足にやろうとしない男が、狩人ができるとは思えない。そのサリクの考えを察知したのか、ナエドがまた言った。
「何やらしてもだめなやつだ。だけどセムドは仕事をせわしないわけにはいかないからね。何かをさせないと、オラブみたいになるって言って、シュコックに頼んだらしいんだ」

「へえ。でも、弓は持ってるのか?」
「弓も毒も、シュコックが貸すらしいよ。みんなに迷惑をかけないといいんだが」

ナエドはため息交じりに言った。その横顔を見ながら、サリクは不安になる自分を抑えることができなかった。なんだか悪いことが起こりそうな気がする。

「トカムは狩人に向いてないよ。どうにかしてやめさせたほうがいいんじゃないか?」
サリクが言うと、ナエドもうなずいた。だが何も言わなかった。役男が決めたことには逆らえないからだ。

「まあとにかく、何とかしてやろうぜ。オラブみたいなのが増えたら困るからさ」

その日はそれで終わった。しかしこのときのサリクの不安が的中するとは、このときだれも思っていなかった。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

春④

2017-12-08 04:12:50 | 風紋


「狩人組の準備が出来たら、俺にも声をかけてくれ。一緒に行くよ」とアシメックは言った。するとレンドはうれしそうに顔をほころばせた。

「今年もキルアンは降りてくるだろう。やつをどうにかしないといけないな」
「キルアンか。毒が効かなかったそうだな」
「そうなんだ。一度毒矢が刺さったことがあるんだが、やつは死ななかった」
「まあなんとかなるだろう。今年も二十頭は狩らねばならない」

レンドと別れると、アシメックは摘んだミンダの花を持って、エマナを家に送ってやった。エマナはしきりに礼をいい、家の奥から小さい干しキノコを三つ持って来て、持っていけと言った。断ることもできないので、アシメックは喜んで受け取った。帰ってソミナにやろう。ソミナはキノコが好きだ。

それから何日か経つと、また風の匂いが変わった。ミンダの花が終わったのだ。アマ草が茂り始めたところを見計らって、役男のシュコックが狩人組を招集した。弓矢を持った体の大きい男が、十四人ほど役男の家に集まった。その中にはサリクもいた。腰には矢につける毒を入れた、骨の皿を下げている。

集まった男たちを前に、シュコックは鹿狩り用の矢を振りながら、言った。

「今年ももうすぐ鹿が来る。アマ草の茂り具合からすると、もう明日にも降りてきそうだ。弓矢の手入れをしておけ。毒はみんな持ってるか」

蛙の毒やキノコの毒を混ぜて、鹿狩り用の毒を作っておくのは、狩人それぞれの義務だった。みなそれぞれに、思い思いの入れ物に、自分用の毒を持っていた。シュコックはそれを確かめて、満足げにうなずいた。いい塩梅だ。皆やる気満々のいい目をしている。今年もいい狩りができるだろう。アシメックも誘わなければ。

シュコックは笑いながら、明日また集まってくれと言って、狩人組を解散させた。





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

春③

2017-12-07 04:13:11 | 風紋


エマナは仕事に身が入り、背中の子供の重さも忘れて、花を摘んだ。袋がいっぱいになり、まだ余ったものは、手に抱えもった。アシメックもいくらかもってくれた。そして家までちゃんと運んでくれると言った。エマナはうれしくてたまらなかった。

春のイタカはすばらしい
カシワナカは何でもくれる

エマナはアシメックと並んで歩きながら、思わず歌を歌っていた。帰る途中、レンドという男と出会った。イタカの隅に立ち、野を見渡している。アシメックはレンドに声をかけた。

「様子を見に来たか」
するとレンドは答えた。
「アマ草が生えてないかどうか見に来たんだ」
「まだミンダが盛りだ。アマ草は生えていないことはないが、まだ小さい」
アシメックが答えると、レンドは、そうか、と小さく言った。

ミンダの花が終わると、イタカの春は真っ盛りになり、アマ草という柔らかい草が一面に生えてくる。そうすると、山からアマ草を食べに、ハイイロ鹿の群れが降りてくるのだ。それが、春の鹿狩りの季節の始まりだった。

カシワナ族は、春になって鹿がイタカに下りてくると、普段は他の仕事をしている狩人のチームを組み、毎日イタカに行って鹿を狩る。レンドはその狩人組の中の一人だった。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

春②

2017-12-06 04:12:57 | 風紋


精を出して色を塗って、子供のためにいいものをもらって来よう。色を塗った魚骨ビーズは、いろいろなものと交換できるのだ。エマナは子供を深く愛していた。トレクとのトラブルはあったが、もうそんなことはきれいに忘れるほどだった。

エマナは持って来た茅袋の口を開け、摘んだミンダの花をどんどんその中に入れていった。山の方から誰かが歩いてくるのに気付いたのは、その袋が半分くらい膨らんできたときのことだ。

「アシメック!!」

エマナはその人影を見て思わず叫んだ。人影がそれに答えて手を振った。アシメックがイタカの野を歩いている。何をしていたのかは、人づてに聞いて知っていた。彼はオラブのことが心配で、このところ毎日のように山に行っては、オラブに呼び掛けているのだ。

ちなみに、このころには尊称というものはない。族長や役男という身分はあったが、きつい身分制などはなかった。原始的平等というものだ。だから人々はえらいことをした族長であろうが役男であろうが、みんな呼び捨てにしていた。

「おお、エマナ、花を摘んでいるのか」

近づいてきて、自分を呼んだのがエマナだとわかったとき、アシメックは言った。あたたかい声だ。エマナはこの声が好きだった。

「子供を産んだところだ、まだ不自由だろう。手伝ってやるよ」

そういうと、アシメックは、野にしゃがみこみ、ミンダの花を摘み始めた。エマナは、有頂天になるほどうれしかった。アシメックはこういう男だ。相手が女だからと言って、偉そうになどしない。いつも自然に、いいことをしてくれる。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

春①

2017-12-05 04:13:07 | 風紋


春はいつも突然やってくる。

昨日まで冷たい風が吹き、寒さにしばられてものをいうのも億劫だったのに、突然春の風が吹くと、骨が軽くなったかのように、人はみなおしゃべりになる。

ケセン川の水もぬるみ、魚の味が変わる。

そうなると、イタカの野に花が咲き始める。風に花の香りが混じり始めると、エマナはイタカの野に、花を摘みに出かけた。

冬に生まれた子供は、鹿皮の子負い袋に入れて、背中に背負った。出かける前に十分に乳を飲ませておいたので、気持ちよく眠っている。

イタカにつくと、もう花は野を一面に彩っていた。花の季節は短い。今日咲いている花はもう次の日にはない。このときに、いっぱい摘んでおかねばならない。

赤いのはミンダの花、青いのはクスタリの花、緑に近い黄色い花は、キレオの花だった。エマナの目的はミンダの花だ。小蟹が群れたような赤い花穂をつけるこの花を摘み、しばらく天日に干したものを、イダの木の皮のかけらと一緒に湯で煮ると、とてもきれいな赤い塗料ができるのだ。エマナの仕事は、それで魚骨ビーズを塗ることだった。塗った色はなかなか落ちず、花のような色で、族長や役男の胸を飾った。春の歌垣の時の、若い男や女たちの胸も飾った。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イメージ・ギャラリー⑨

2017-12-04 04:12:49 | 風紋


Ralph Albert Blakelock

山の中をさまよっているオラブのイメージで絵を探しました。
これは別に泥棒をしている人ではなさそうだが。
太古のアメリカ原住民にも、部族を縛る秩序はありました。
そしていつの世も、それに反抗する者はいました。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オラブ⑧

2017-12-03 04:13:01 | 風紋


アロンダ、と彼はもう一度言った。あの女を、もう一度見てみたい。そんな気持ちになったのは初めてだった。村の女たちは、彼をトカゲのように嫌っていた。彼もまた、村の女たちを、ネズミのようなぶすだと日ごろからののしっていた。しかしアロンダはちがう。あれはなんだ。なんであんなに美しいのか。オラブの頭の中で、あの時に見たアロンダの美しい横顔がよみがえった。オラブはうめいた。

だがあれはヤルスベの女だ。ケセンを渡らねば見ることはできない。彼はそう思って一度ケセンを泳いでみた。そしてそのよく見える目で向こう岸を探った。

川岸で洗濯をしていたヤルスベの女たちの一群を見たが、その中にアロンダの姿はなかった。

ヤルスベ側に上陸しようかとも思ったが、そのときに村の漁師に見つかったので、彼はあわてて逃げた。

だが、もう一度会ってみたい。会って、あの美しさをよく見てみたい。オラブはそう思っていた。

日が暮れてきた。オラブは寒さに身を縮めた。また夜がやってくる。寂しい夜が。彼は、自分がすすり泣くのをとめることができなかった。

眠ればいい。眠ればなにもかもを忘れられるのだ。そうして彼はうとうととし始めた。夢の中で、かすかに、ほほ笑んだアロンダの顔を見たような気がした。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オラブ⑦

2017-12-02 04:12:42 | 風紋


村の人間など、俺が盗むために働いてくれている、馬鹿なのさ。オラブはいつものように、そう思うことにした。そして膝を抱きながら、次の盗みのことを考えた。

栗がなくなる前に、また村に言って、盗んで来なくてはなるまい。今度は魚が欲しいな。シメラの家にいけば、いつもうまそうな干し魚が干してあるんだ。あれを狙おう。

シメラの家は、川の近くにあった。そこで彼は、川にいったときのことを思い出した。

アロンダ。

その名を知ったのは、最近のことだ。

盗みをしに村に忍び込んだとき、若い男たちの噂話を盗み聞いたのだ。

あのとき、秋の交渉の日に、遠めから見たあの美しいヤルスベの女が、アロンダという名であることを、彼はそのとき知った。

オラブは目がよかった。遠くのものを、実によく見ることができた。ものかげに隠れながらも、よほど遠くに小さく見えていたその女が、目も覚めるような美しい女であることを、彼は正確に見抜けるのだ。

長い髪がつややかにたれていた。目は黒くてまるくて、花のように光っていた。あれはなんだ、と思ってひきこまれたとき、村人に見つかったのだ。





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする