変調がおさまってくると、アシメックは深いため息をついた。そしてまた沼を一望すると、くるりと背を向け、村へ向かって歩き出した。シュコックに会わねばならない。
シュコックは自分の家で、アシメックを待っていた。まだ誰にも教えていないが、アシメックは少しずつ、族長の仕事をシュコックに引き継いでいたのだ。体の調子がおかしいことは、シュコックだけには教えていた。
「おれは、いつアルカラに行くかわからない」
アシメックが言った言葉を、シュコックは寒い気持ちで聴いていた。いつかこんな時が来るだろうことは知っていた。だが、来ないで欲しい、来るはずがないとさえ、思っていた。彼がこの世からいなくなると思うだけで、シュコックは世界にたった一人で残されるかのような寂しささえ感じるのだ。
だが、人間は永遠に生きられるものではない。カシワナカは、寿命というものをこしらえている。そのほうがいいのだ。新しいものが次々とこの世界に生まれてくるのを、古いものがさまたげてはいけないのだ。
アシメックはシュコックの家に入っていくと、挨拶もそこそこに、いつもの話に入った。族長としてやっていることを、細かくシュコックに教えているのだ。
「ケセンの漁師には、ヤルスベとのケンカは絶対にするなと、会うたびに言うんだ。うるさいと思われるが、言う方がいい。オラブのことがあってから、いろいろ難しいことになっている」
「それはそうだ。物分かりのわるい奴はいるからな。口をすっぱくして言ったほうがいいことは、言ったほうがいい」
「何でも、族長は言うことが大事だ。正しいことを、はっきりと言う。そうすれば、みんなが信じてついてくる」
「おお、そうだな」
シュコックは時に感動しながら、アシメックの話を聞いていた。そういう引継ぎをしていることは、セムドやほかの役男たちには、それとなく話しておいた。アシメックの変調のことだけは言わなかったが。