goo blog サービス終了のお知らせ 

世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

テコラ誕生⑥

2018-05-25 06:29:13 | 風紋


「サリク、おれ、子供ができたんだ!」
「ああ、生まれたのか」
サリクはいきなり飛び込んできたネオに、少し驚きながらも、快く迎えた。そして喜んでお祝いの言葉を言ってやった。自分に子供ができることは、男にとってもいいことなのだ。ちゃんとしたいい男であることの証明になる。

「男か、女か?」
「女! テコラっていうのさ、かわいいんだよ!」
「そりゃ、赤ん坊はかわいいさ。おれも妹ができたときは、よく抱いてあやしてたよ」

目を輝かせながらいうネオの顔を、笑って見返しながら、サリクは言った。よほど子供ができたことがうれしいらしい。

「ねえサリク、おれを狩人組に入れてよ」
「おいおい」
突然ネオが言うので、サリクは苦笑した。

「狩人やりたいんだ。おれ、いい仕事して、テコラにいいものやりたいんだ」
「まだ早いよ。十二になったばかりだろう。狩人組は十七くらいにならないと入れない。それも、体の大きなやつだけだ」
「おれ、でかくなる、必ず! だからシュコックになんとか言ってくれよ」
「わかった。なんとなく話しといてやるよ。でもすぐには無理だぞ。狩人組は厳しいんだ」

サリクは言ったが、ネオはまだ納得しかねるようだった。何かをしたくてうずうずしているらしい。子供が生まれて、親になったからには、もっとすごいことがしたい、なんてことを考えているのが、目を見たらわかる。男はこういう目をすることがある。サリクも男だからそれはわかる。でもネオはまだ十二だった。歌垣には出られるが、大人の男に入るにはまだ早い。

しかし悔しそうな顔をしているネオを、そのまま突き放すこともサリクにはできなかった。釣りだけでは満足できないのだろう。少し考えたあと、サリクは言った。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テコラ誕生⑤

2018-05-24 04:12:44 | 風紋


家ではソミナがコルの腰布を換えてやっていた。小便で汚したという。ソミナはこのところコルに夢中だ。世話をしたくてしょうがないのだ。小便で汚れた腰布でさえ、うれしげにつまんで、いそいそと洗いにいく。アシメックはそんなソミナの様子を満足そうに見た。妹が幸せになっていくのは、彼の悦びだった。

その幸せを阻むものは、なんとしてでも何とかせねばならない。アシメックは囲炉裏のそばに座りながら、また考え込んだ。漁場の交渉をした時の、ゴリンゴのいわくありげな目つきが思い浮かんだ。

常に不安なことはあったが、その冬は平穏に過ぎた。春の風が吹き始め、イタカにミンダが咲き始めるころ、モラは子供を生んだ。娘だった。

モラが一晩苦しんで産んでくれた娘を抱いた時、ネオは震えて涙を流した。神に出会った時でさえ、こんな目はしないだろうというほど、大きな驚きの目をした。

「これ、おれとモラのこども?」
「そうよ」

モラは寝床で疲れた目をしながら、満足そうに答えた。初めての出産は怖かったが、なんとか自分でやり終えたことが、自分でもうれしかったのだ。ネオが自分の産んだ娘を抱いて、泣いて喜んでいるのも、おもしろかった。そんな男など今まで見たことはなかったのだ。

「か、かわいいな。名前、なんてするの?」
「テコラってつけるの。わたしの好きな名前。いいでしょう」
「うん、いいよ、いいよ」

ネオは素直に喜んだ。それは「気持ちのいい香り」という意味だった。女の子らしくていい。花やおいしい食べ物の香りみたいに、きっといてくれるだけでうれしい娘になるだろう。ネオの手の中で、テコラは指を吸いながら眠っていた。小さいのに、もうまつげがある。爪も生えてる。そんなことが不思議でたまらなかった。なんていいものなんだ、これ。

ネオはテコラをモラに戻すと、飛び上がるように立ち上がり、そのまま何も言わずに家を出て行った。そして走って村を横切り、サリクの家に飛び込んだ。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テコラ誕生④

2018-05-23 04:12:42 | 風紋


おもしろいやつだな。一度話をしてみるか。セムドが帰った後、アシメックはそう思いながら、家を出た。冬の澄んだ空が広がっている。最近やたらと、空を見る。何か不穏な空気が、村を覆っているような気がするのだ。その中で、ネオの話は妙に明るいことのような気がした。これは何かのきざしだと感じる。何のきざしだろう。

アシメックはその足で、セムドに聞いていたモラの家の前に行ってみた。突然訪ねるわけにもいかないので、外から様子を見ようと思い、しばらく家を観察していた。粗末で小さな家だ。話によると、モラという女はまだ母親と一緒に暮らしているという。兄弟はひとりいるが、まだ小さい。親は干した木の実から腹の薬を作る仕事をしている。モラはそれを手伝っている。小さい家で、家族だけでも狭いのに、ネオが転がり込んできて困っているという。

「だがそう小さくもないな。ひとりくらいはなんとかなりそうじゃないか」
アシメックは家を見ながら思った。

しばらくすると、どこからともなく細い子供が現れ、いそいそと家に入っていった。近くでアシメックが見ていることにも気づかない。手には銀色の魚を持っていた。ほう、あれがネオか、とアシメックはうなずいた。

まだ子供だが、大人のように鋭い目をしていた。十二歳になったばかりだという。それくらいならまだ親の家を離れるのは早い。だがネオは女の家に入っていくのに、まるで我が家に入っていくかのように、挨拶も遠慮もしなかった。

普通、男が女の家に入る時は、かなりおびえるものだが。もう遠い昔になってしまったが、この自分も女の家に忍んでいくときは、周りで誰かが見ていないかときょろきょろしたものだった。だがネオにはなんの迷いもない。

家の中から、ネオと女が話す声が漏れ聞こえたが、何を言っているかはわからなかった。しかし女が魚をよろこんでいるらしいことはわかった。それなりになんとかなっているようだ。アシメックはひとつ息をつくと、自分の家に戻った。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テコラ誕生③

2018-05-22 04:12:53 | 風紋


冬は平穏に過ぎていくようで、何かが確実に変わっていた。アシメックは、ネオという子供が女の家におしかけて、一緒に住み始めたという話を聞いた。

「ほう? 女のほうは身ごもっているのか」
「歌垣で一度交渉してから、女になついちまったんだ。親が困ってるんだが、どうする?」
セムドが少し渋い顔をしながら、アシメックに相談した。男が女の家に押しかけるなどということは、これまでになかったからだ。

「女の方はどうなんだ?」
「別に痛いとは思ってないらしい。ネオは毎日魚を釣って、女にやってるんだ」
「ほう、魚が釣れるようになったのか」
「子供にしてはうまいそうだ」

アシメックはおもしろいと思いながらあごを撫でた。エルヅのことでもそうだが、彼は変わったやつというのが、けっこう好きなのだ。

「ネオの親は、戻って来いと言ってるそうだよ。女の方の親も戸惑っている。トラブルになると困るが」
「様子を見よう。誰かにそう迷惑がかかるわけでもないだろう」
その場はそれだけで終わった。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テコラ誕生②

2018-05-21 04:12:39 | 風紋


「アルカ山の奥で野垂れ死にか。誰も葬ってくれない。悲しんでもくれない。ひとりで馬鹿なことばかりした報いだ」

ダヴィルは吐き捨てるように言った。アシメックは、あの日山で見たアロンダの幻を思い浮かべていた。あれはあの女の霊だったのだろうか。ならばなぜあんなところに現れたのだろう。

アシメックはオラブの死とアロンダが無関係ではないような気がしていた。だがもちろん、そんなことは誰にもいうことはできない。アシメックはダヴィルの目を感じながら言った。

「とにかく、今ヤルスベ族には、おれたちへの恨みがくすぶっているんだ。これからも同じようなことは起こるだろう。嫌なことにならないよう、どうにかしなければならない」
「漁場のことはどうする」
「一度ゴリンゴと話をしてみる」

コルが歓声をあげた。板の上で、二つの独楽がぶつかったのだ。

その二日後、アシメックはヤルスベでゴリンゴと話し合った。漁場のことはなんとかなった。ゴリンゴは冷静だった。ケセン川の漁場の協定は守らなければならない。余計な争いは互いを疲れさせるだけだ。しかし話し合いをしながらも、アシメックは常に威圧的な何かを感じていた。ゴリンゴの目つきから、時々不穏な光が見える。アロンダの言葉が気になる。

要求してくる、か。何を要求してくるつもりだろう。

ヤルスベから帰る船の上で、アシメックは考えた。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テコラ誕生①

2018-05-20 04:12:52 | 風紋


冬が来て、最初の雪が舞いはじめたころ、その事件は起こった。

ケセン川で、漁場をめぐって、カシワナ族の漁師とヤルスベ族の漁師が争ったのだ。

協定で、カシワナ族の漁場と決まっているはずの漁場で、ヤルスベ族の漁師が漁をしたのである。それを見てカシワナ族の漁師が怒ったのだ。

殴り合いのケンカになる前に、冷静なやつがみんなをとめたが、険悪な雰囲気が流れた。ヤルスベの漁師は一旦は引き下がったが、また同じところで漁をしてやるというような目をしていた。

「オラブの件が響いている」
報告に来たダヴィルがアシメックに言った。アシメックはあごを撫でながら難しい顔をした。

そばではコルがソミナと一緒に、小さな木の実の独楽で遊んでいる。アシメックは自分の家の中にいた。ダヴィルは目を細めながらアシメックの渋い横顔を見つめていた。

「不穏だな。あれからお詫びには何度か行ったんだが」
「女はびっこをひいているそうだな」
「ああ、怪我が完全に治らなかったらしい」
「まずいな」

アシメックは深いため息をついた。コルは板の上で回る独楽を見てはしゃいでいる。ソミナはそんなコルを嬉し気に見ながらも、時々兄の難しそうな顔を心配してみていた。

「ミコルの占いによると、オラブはもう死んでるとさ」
アシメックが言うと、ダヴィルは、「そうだろうな」と言った。最近オラブの被害がとんと起きないからだ。村人の間にも、オラブが死んだのではないかといううわさが流れ始めていた。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イメージ・ギャラリー⑲

2018-05-19 04:12:38 | 風紋


M. L. Kirk

アロンダの霊のイメージです。
放蕩者のオラブのイメージを探したが、見つからなかったのでこちらを採用しました。
生きている間はかなわなかった思いを、アロンダはこういう形で果たそうとしたのでしょう。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

放蕩者の死⑩

2018-05-18 04:12:53 | 風紋


突然下腹がきりきりと痛み、便意を覚えた。オラブは立ち上がり、外に出ようとしたが、間に合わなかった。洞窟の中で水のような糞を漏らした。吐き気が出るほどいやなにおいが洞窟に満ちた。

今までこんな腹痛を覚えたことはない。腹が痛くなったことはあったが、じっとしているうちになんとかなった。だがこの腹痛はただ事ではない。あのネズミだ。死んだネズミを食ったからだ。だがそんなことに気付いてももう遅い。

オラブは洞窟の中で一晩中もだえ苦しんだ。何度も糞を漏らした。口の方から出てくるものもあった。

だれか、だれか助けてくれ。

オラブは消え入りそうな意識の中でそう思った。村にいる、知っている人間の顔が何人か思い浮かんだ。母親の顔も浮かんできた。だが、誰も助けてくれるはずがない。

アシメック……!

オラブは族長の名を呼んだ。あれなら助けてくれるような気がしたのだ。だがそのとき、耳元でまた女の声がした。

「彼はもう来ないわ」

オラブは思わず振り向いた。幻のように、そこに美しい女がいた。

オラブは驚いた。なぜだなどと思う気力もない。激しい体力の減退の中で、彼は無意識のうちに繰り返した。

なんでなんだ。なんでおまえはきれいなんだ。

すると女は、哀れみのこもった目で、オラブを見た。何もかも知っているという目だ。

「愛しているからよ」

女は言った。そして消えた。

翌朝、梢を透いた光が洞窟の入り口を照らす頃、オラブはもうこときれていた。






  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

放蕩者の死⑨

2018-05-17 04:12:45 | 風紋


オラブは目を疑いつつも、その女がいるところに向かって、ふらふらと歩いた。だが女はすぐに身を隠した。

なんでだろう。なんであの女は、あんなにきれいなんだ。女だっていうだけで、なんであんなにきれいなんだ。

オラブは何かにとりつかれたように歩きながら、思った。梢を透く光が、だんだん濃くなってくる。風が吹き始めた。森の木々が、何かを感じたように、ざわめいた。だがオラブには何もわからない。

さっき女が見えた木のところに来ると、オラブは何かやわらかいものを踏んだ。見ると足元に、チエねずみの死骸がある。オラブはすぐにそれを拾った。まだ少し暖かい。死んで間もないやつだろう。これなら食える。オラブはほくそ笑みながら、洞窟に戻った。女のことはもう忘れていた。

洞窟の奥に座り、オラブはネズミを食った。皮を裂き、血をすすった。血はもう冷えていたが、うまかった。ネズミの肉も筋も骨も、存分に噛んだ。その姿を誰かが見れば、なんと哀れなことだと思ったことだろう。だが暗闇の中にいるオラブには何もわからない。何も見えない。

洞窟の中に、腐ったネズミの匂いが漂っていることにも、彼は気付かないのだ。

食えないしっぽを捨てて、食事は終わった。頭蓋骨をしゃぶりながら、オラブはまだ満足しない腹を撫でていた。慢性的な空腹に、胃が痛むが、それを何とかする気にもならない。馬鹿になっていればいいのだ。忘れればいいのだ。何もかも。

時間はまるで巨大な黒い芋虫のようだ。

のろのろと進む。

ぼんやりとしているうちに、また夜になった。

風の音が静かになり、冷気がまた洞窟の中に入ってきた。

激しい腹痛を覚えたのは、眠りかけた時だ。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

放蕩者の死⑧

2018-05-16 04:56:24 | 風紋


オラブは何も考えず、のっそりと立ち上がった。そしてのろのろと洞窟を出た。外に出ると、梢を透く光が明るい。風はなく、ひやりとした空気はもう冬がそばにきていることを教えている。

オラブはぼんやりと風景を見ていた。何かが、昨日と違っているような気がした。

アシメックが何も言ってくれなかったということが、まだ心の隅にひっかかっていた。

かん高い鳥の声が聞こえた。あれはキジの声だ。捕まえればうまいだろうが、すばしこくてオラブにはできない。彼はチエねずみの巣がありそうな木を探した。

何本かの木の皮をはいでみたが、ネズミは見つからない。腹が鳴った。なんでもいいから食いたいが、体があまり動かない。

「こっちにきて」

ふと、声が聞こえた。女の声だ。まさかと思いつつ、オラブは顔をあげた。少し離れたところの木の陰に、きれいな女がいる。

アロンダ?




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする