日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

晩秋の大地を行く 2018 - 晩酌

2018-09-30 21:24:42 | 晩酌
一通りの用を済ませて萱野に戻ると、程なく雨が降り出しました。とはいえ風はありません。庇の下で雨音を聞きながらの晩酌となります。気温は17度、短時間なら半袖でも余裕で過ごせる暖かさです。薄手の雨合羽を羽織れば乗り切れるでしょう。
岩見沢のコープでは、刺身が全くないという状況をしばしば経験してきましたが、今回は七時過ぎという絶妙な時間帯に訪ねたため、過去最高と言い切れる充実ぶりでした。鮮魚の刺身だけでも鰈、鰹、鰯、秋刀魚の四種あり、そのいずれもが半額だったのです。半額の刺身が選べるだけでも上出来のところ、どれも地物か旬の物ということになると、即決しがたいものがあります。しばし逡巡の末、道産のサメガレイと三陸の戻り鰹の二点を選択。さらには鰯が寿司になっていたためこちらも選びました。
これにより、最初に選んだ石狩漬は不要にも思われたものの、「迷ったら買え」の経験則に従い、そのまま買うという結果です。まあ晩酌の肴に関する限り、迷ったら見送る方が無難ともいえるのですが、道内で散財するという本活動の趣旨にも鑑み、あえて選んだという事情があります。寿司は明日の朝食に回るかもしれません。

サッポロクラシック
琥珀ヱビス
さめがれい刺身
三陸南部産生かつお刺身
いわし寿司
昔ながらの石狩漬
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晩秋の大地を行く 2018 - 五月湯

2018-09-30 20:21:44 | 温泉
毎度おなじみ岩見沢のコープで買い出しを済ませ、続いて一風呂浴びていきます。選択は必然的に「五月湯」となりました。
五月に当地を訪ねたときは、無駄足がたたってここに寄り損ない、道の駅に併設された温泉に入りました。味気ない郊外型の施設かと思いきや、上質な天然木を随所に奢った、何とも贅沢な温泉でした。しかし、決して大きくはない街であっても、銭湯が今なお健在なのが北海道特有の文化でもあります。その文化が末永く受け継がれるよう、ささやかながらも貢献したいというのが第一でした。今年もここに立ち寄れたのを幸いに思います。

★五月湯
岩見沢市2条東3丁目
0126-22-3740
1300PM-2100PM
水曜定休
入浴料440円
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晩秋の大地を行く 2018 - 余震

2018-09-30 18:37:35 | 北海道
一通りの準備を整え、買い出しへ出ようとしたところで地震が。これが噂に聞きし余震でしょう。今回の渡道にあたり、道内在住の活動仲間二人に、見舞いを兼ねて状況を訪ねたところ、異口同音にほぼ元通りとの返答を受けましたが、完全に平穏を取り戻したわけでもなさそうです。
同じく異口同音に帰ってきたのが、道内での散財を乞う一言でした。日常生活にさしたる支障はないものの、農業と観光が打撃を受け、経済が回っていないのが最たる被害ということのようです。豪遊とまでは行かないものの、多少なりとも気前よく金を落としていくつもりです。
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晩秋の大地を行く 2018 - ライダーハウス旧萱野駅

2018-09-30 18:30:27 | 北海道
地図どころかカーナビさえ見ることもなく、苫小牧から80kmほど走って今夜の宿に着きました。毎度おなじみライダーハウス旧萱野駅の世話になります。管理人のお宅に挨拶し、寝具と機材を運び込んだところです。

上陸初日に泊まるという、去年と同様の結果になりました。直後に嵐がやってくるという状況まで同じです。ただし今回は久々に同宿者がいます。それもおばちゃん、もといお姉さんです。
このところ貸切が続いてはいたものの、通算すれば同宿者がいたときの方が多いような気がします。とはいえお姉さんは初めてです。一昨年世話になった「みどり湯」のように、そもそも部屋が分かれていれば、何の気兼ねも要りません。しかし、広くはない駅舎の中で同宿ということになると、お互い気まずかろうと最初は思いました。とはいえそこまで気を遣う必要はなさそうです。
相当慣れた旅人なのは、バイクを見れば一目瞭然でした。聞けば八月から長期滞在中とのことであり、今夜は台風の襲来を受け、急遽こちらへ逃れてきたとのことでした。しかも、連泊覚悟で買い出しを済ませてくるという周到さです。夜更かしは控えるなど、最低限の配慮をすれば問題ないでしょう。
それに加えて好材料なのは空模様です。今のところ、雨は時折一粒二粒落ちてくるに過ぎず、風も全くありません。懸念していた寒さについても、今夜は終始15度以上の見込みであり、駅舎の庇の下を拝借しての晩酌もできそうです。ただし、先客がいる関係上、ほどほどのところで切り上げ休むことになるかと思います。
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晩秋の大地を行く 2018 - 上志文駅

2018-09-30 17:18:31 | 北海道
再び道道をたどります。続いて立ち寄るのはかつての駅舎が残る上志文駅です。
熱心な読者の方はお気付きの通り、本日は萱野駅のライダーハウスを目指しています。当然ながら何度も走った道であり、この駅もその都度通り過ぎてはいるのです。ところが、通るというと日没後がほとんどで、五月に訪ねたときも雨に降られて素通りしました。今回も日照はなく、なおかつ暗くなりかけというあいにくの条件ではありますが、この程度ならどうにか撮れてしまうのがデジタルカメラの威力でもあります。機材をデジタル化して以降、一度も寄れていなかったため、今回久々に再訪した次第です。

自家用車を持ってから訪ねた記憶は一切なく、レンタカー時代に訪ねたかも定かではありません。もしかすると廃線をバスと徒歩で巡っていた頃以来かもしれず、そうだとすると十数年ぶりの再訪となります。
この通り、おぼろげな記憶となりつつあるものの、当時の記憶と明らかに整合しない部分があります。かつては正面から十分な引きをとって駅舎を撮影できたはずが、駅前の民家の脇にある菜園に阻まれて、ほどよい距離まで近付くことができないのです。建物の現代的な外観からしても、おそらくその後に建てられたものでしょう。保存を目的として整備されるわけでもなく、かつての駅舎が当時のままの姿で残る、貴重な場所の一つだっただけに、雰囲気がやや変わってしまったのは惜しまれます。
もっとも、駅舎の正面に建てられてしまえば、それこそ元も子もなかったわけです。ささやかな菜園を造り、沿道からも駅舎に一目で気付くようにしたのは、ここに駅があったことを語り継ごうとする計らいがあってのことでしょうか。そうだとすればありがたい話です。
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晩秋の大地を行く 2018 - 高徳寺

2018-09-30 16:32:58 | 北海道
道道をさらに進むと現れるのが、花見の旅の途中に訪ねた高徳寺です。そのとき満開だった観音像の脇に立つエゾヤマザクラは、既にあらかた落葉していました。その一方で、すぐ近くでは紫陽花が咲いています。折からの雨に濡れた姿だけを切り取れば、どう見ても梅雨から初夏にかけての眺めです。その一方で桜の葉はすっかり散っているという、内地の人間の感覚では考えられない光景が広がっています。これもまた北海道の旅ならではの一幕です。
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晩秋の大地を行く 2018 - 大地のテラス

2018-09-30 16:02:07 | B級グルメ
せめて曇であってくれれば、夕張を再訪したいところでした。しかし、断続的に雨が降り、止んでも空が暗すぎます。これでは仕方ありません。終盤に時間が余れば再挑戦する前提で見送りました。代わりに訪ねたのが「大地のテラス」です。
名前自体は初出ながら、既に二度ほど訪ねています。711系がある場所といえば、鉄道好きにはおなじみでしょう。敷地の一角にある飲食店の屋号がこれです。喫茶店の類を彷彿させる小ぎれいな店に、特段興味があったわけではなく、むしろ安平にあったやけに繁盛しているラーメン屋の方が気になりました。それを振り切り走ってきたのは、ここで出されるランチブッフェが気になっていたというよりも、711系に安住の地を提供してくれたことに対する、せめてもの感謝を示したかったという理由によります。仮に晴れれば、悠長にブッフェなどいただいている場合ではありません。一度訪ねてみるなら今日しかないと思い立った次第です。

平天井を斜めに下ろして吹き抜けの空間を作り、それを白木の木組みで支えるところは、MOSの店舗を彷彿させます。遠目にはやや安普請に見えるところについても。ただし、天然木が奢られた店内は小洒落ており、明らかに野郎が一人で来るような店ではなく、実際お客のほとんどが二人連れまたは家族連れです。電車が見えるという付加価値がなければ、おそらく訪ねはしなかったでしょう。
しかしランチブッフェは上々でした。まず思ったのは、かつて愛用していた「ロウリーズザプライムリブ」のサラダブッフェによく似ているということです。彩豊かな野菜が茹でたり、煮たり、和えたり、揚げたり、さらにはマリネ、ナムルにされるなど、一手間加えられている上に、肉と魚も適度に織り交ぜられているため、それだけでも十分満足できてしまうのがロウリーズのサラダブッフェでした。こちらでは、あのサラダブッフェにも遜色ない品々が十種以上取り揃えられ、さらにパスタ、リゾット、カレーなど腹にたまるものも加わります。デザートバーの充実ぶりも互角です。1620円のランチブッフェに千円少々追加すれば、見るからにうまそうなローストビーフ、ローストポークなどを目の前で切り分けてもらうことができ、なおかつそれらも食べ放題になるようですが、その必要性を感じさせない満足感があります。
ロウリーズの場合、店の造りも接客も高級店そのものでありながら、サラダブッフェは当時の値段で1500円でした。それを思うと、北海道の片田舎で1620円はどうなのかと、素朴な疑問が頭をもたげてくるところではあります。しかし、夜に万単位で稼げる高級店だからこそ、あのブッフェを1500円で提供できていたともいえます。1296円する「メーヤウ」のカリーバイキングと、骨付きチキンを欠く状態で比べれば、これで1620円なら十分値打ちはあるといえるでしょう。

一人ということもあり、最初に通されたのは片隅にある二人用のテーブル席でした。しかし、間仕切りが死角になって先頭車が見えません。空いてきたのを確認の上、一つ右隣の四人席に移りたいと申し出ました。その時点で窓際の席も空いていたため、あちらでもとお姉さんには勧められたものの、あえて断り右隣にしました。というのも、むしろ適度な間を置いた方がよさそうに思われたからです。そしてこの見立ては的中しました。背中合わせになった二両の電車が、二枚並んだ正方形の窓の幅に収まって、あたかも額装された絵のようになっていたのです。
さらに隣へ移っていれば、電車の左側にあるビニールハウスが目障りだったでしょう。電車に近い窓際なら、それに加えて右側にある電柱と、手前にある砂利道までが視界に入ってしまいます。しかし、この位置からは電車と芝生と空だけが見え、絵柄としては最高です。特等席からの眺めを楽しみつつ、一時間強滞在して席を立ちました。

大地のテラス
岩見沢市栗沢町上幌2203
0126-33-2020
平日昼 1100AM-1400PM(最終入店)
土日祝日昼 1100AM-1530PM(最終入店)
夜 予約営業
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晩秋の大地を行く 2018 - 当面の目標

2018-09-30 12:04:35 | 北海道
ひとしきり名残を惜しんだところで出発します。結論から申しますと、本日は道央にとどまり、明日は釧路へ向かって移動します。
台風の通過は今夜から明日にかけてであり、雨は昼頃までに上がると予想されています。つまり、今から走りに走って釧路の宿に逃げ込めば、一日先行できるのです。ただし明日の段階では、雨が上がるというだけで、本格的な回復は翌日以降と見込まれています。そうなると、明日は釧路より先へ行っても仕方なく、足止めになる可能性が高そうです。その結果、あえて先を急がずとどまろうという判断に至りました。
釧路を先に回るのは、オホーツクより天候の回復が早いという、出発前の予報がそのまま維持されているためです。道東を半時計回りに周回していき、連休前に旭川へ戻るのを当面の目標とします。
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晩秋の大地を行く 2018 - 着岸

2018-09-30 11:36:43 | 北海道
15時間あまりの航海を終え苫小牧港に着岸しました。最後に乗船したにもかかわらず、いち早く下船できるという幸運に恵まれ、とりあえず岸壁に下りてから車を止めると、程なくして雨粒が落ちてきました。本格的に降り出すのは夜からというのが最新の予報ではありますが、日中も多くを期待するのは難しそうです。

初日は不毛な移動に終始して、一両日も嵐をやり過ごすための時間に費やされようとしています。しかし船旅だけは収穫でした。三時過ぎに目覚めれば、さすがに眠くなるだろうと考え、朝風呂を浴びてから一寝入りしようなどとも思っていたのです。しかし、その後も退屈したり眠くなったりすることはなく、展望通路で入港の直前までを眺めました。着岸の様子も見届け、最後まで退屈する瞬間は全くありませんでした。
古きよき時代の造りを残した「きたかみ」も、年が明ければ引退を迎えます。名前を引き継ぐ新造船の概要も次第に判明してきました。しかし個人的にはどうかと思う部分もあります。一人用の個室ができるという時点で、嫌な予感はしていました。果たせるかな、定員は四分の三ほどに削減されるようです。ただし船体の大きさは変わりません。このことから推し量れるのは、新日本海フェリーの新造船と同様に、雑魚寝をなくして個室を増やし、代わりに共用の区画を大幅に縮小するという設計方針です。あの新造船と同じ造船所が製作した船だけに、今の船とは似て非なる代物に変わり果ててしまわないかが懸念されます。
名前を引き継ぐ新造船にも、展望通路は残されるようであり、完成予想図にはソファとテーブルらしきものもあります。事実とすれば、新日本海フェリーのような代物にはならないでしょう。とはいえ、安く造って使い捨てるという思想があらゆる分野に蔓延している今日、ビロードのソファまでは再現されないかもしれません。これほど贅沢に造り込まれた客船は、少なくとも長距離フェリーの新造船としてはもう現れないのではないでしょうか。最後に乗船できたことを幸いに思います。
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晩秋の大地を行く 2018 - バイキング

2018-09-30 10:09:14 | B級グルメ
レストランの充実ぶりも太平洋フェリーの楽しみの一つです。可もなく不可もないカフェテリア式を採る新日本海フェリーのレストランと違い、こちらのレストランは品数豊富なバイキングを特徴とします。ひとしきり甲板に立ってから朝食をいただき、九時の閉店とともに切り上げました。
前回乗船したときは、豪勢なバイキングもさることながら、完璧に注がれたサッポロクラシックの生ビールもいただける充実ぶりにいたく感激したものですが、その後簡素化して値段も下げたと聞いていました。実際のところ、品数が減ったばかりか、かつての二枚看板だったステーキと寿司がいずれもなくなっており、ビジネスホテルの朝食バイキングと大差ないものに成り下がっていました。それ以上に残念だったのは生ビールです。サーバを使って自ら注ぐのはまだよいとしても、サッポロクラシックがスーパードライに変わってしまっては元も子もありません。結局昨夜は休肝しました。
夕食がその内容ということは、朝はなおさら簡素ということでもあります。自身なじみのあるところでいうなら、夕食が法華クラブのバイキングには及ばないものの、かつてのホテルラッソに迫るもので、朝食は仮に無料だったとすればそこそこ満足できるもの、とでもいえばよいでしょうか。たしか正規の料金で、それぞれ2000円、1000円だった夕食と朝食が、1500円と800円に値下がりはしたものの、以前の方が価格以上の満足感はあったというのが率直なところです。
それでも意外に物足りなさを感じなかったのは、味まで落ちてはいなかったのに加え、コック姿の料理人が給仕してくれるところなどに、この航路ならではの贅沢さが感じられたからに他なりません。船上のレストランで優雅にいただくひとときを含めて考えれば、実質二千円弱の出費に見合う価値はあったというのが実感です。
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晩秋の大地を行く 2018 - オープンスカイホール

2018-09-30 08:26:12 | 北海道
八時を回ったところで最上部の甲板に上がると、雨はいつの間にやら止んでいました。日本海航路と違っててひたすら渺茫としており、ともすれば平板にも映りがちな眺めの中、折しも南下してきたシルバーフェリーが恰好の目印となってくれました。
全体としては大同小異であっても、一つ一つの造りが贅沢だと先ほど申しました。最上階の甲板についても例外ではありません。オープンスカイホールと名前まで付けられた甲板には、特に何があるというわけではないものの、何もないのがむしろ贅沢とも言えます。そう思うのは、昨年乗船した新日本海フェリーの新造船に、甲板からの眺望がよくないという欠点が見受けられたからでもあります。それに対してこちらの船では、船橋から船尾までを一直線に見渡すことができ、左舷、右舷、船尾のどちら側にも眺望が開けています。曇り空ではその眺望も今一つ絵にならないのが残念ではありますが、雨が止んだだけでも十分ということにしておきましょう。

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晩秋の大地を行く 2018 - きたかみ

2018-09-30 05:16:07 | 北海道
五時を回って外が明るくなってきました。相変わらずの雨模様ながらも、船酔いしかねなかった昨夜に比べ、揺れをほとんど感じません。窓越しではありますが、波もそれほど高くはなさそうに見えます。北上してくる台風を、船の航行速度がわずかとはいえ上回っているようです。

さて、太平洋フェリーに乗るべき理由があったと先ほど申しました。続いてはそちらについてお話ししましょう。結論から申しますと、目当ては今回乗船した「きたかみ」にあります。というのも、四年前にも世話になったこの船が、近々引退すると決まったのです。
これは引退が決まってから知った話なのですが、平成元年就航の老朽船なのだそうです。もちろん国内の長距離航路では最古参であり、太平洋フェリーの中でも歴代最長です。しかし寄る年波には勝てず、来年の一月に同名の新造船へ置き換えられることが決まりました。それだけに、事実上最後の機会をむざむざ見過ごせなかったというのが真相です。

太平洋フェリーといえば、「フェリー・オブ・ザイヤー」の連続受賞を標榜する、長距離フェリーの中でも屈指の接客水準を誇る航路です。その端緒となった船の一つが、バブル絶頂期に就航した「きたかみ」だと知りました。今でこそ後から建造された二隻の陰に隠れ、仙台と苫小牧の間を細々と往復してはいるものの、我が国の長距離フェリーの歴史に残る傑作だったということになります。鉄道にたとえていうなら、山陽新幹線に残った500系のようなものと思えばよいでしょうか。
歴史的な船の引退という事情もあり、船主の力の入れようも半端ではありません。特設サイトには、平成を生き抜いたこの船の来歴が紹介され、船内にも手製による年表と惜別のポスターが掲げられています。最終運航についての案内もあり、最後の一週間は名古屋発の航路にも入るようです。まず名古屋から苫小牧まで行き、次に仙台まで往復し、最後に母港の名古屋へ戻って終航というもので、去り行く名優に花道を飾らせようとする並々ならぬ意気込みが窺われました。

そこまでして送られる船だけに、さすがと思わせるものがあります。全体の造りは典型的な長距離フェリーのそれでも、それぞれの造りが非常に贅沢なのです。中でも白眉といえるのが、ロビーからレストランの脇を通って船尾へ向かう展望通路です。広々した通路には幾何学模様の絨毯が敷き詰められ、窓際の円卓を囲む形で、ワインレッドと形容したい上品なビロード地のソファが直角に並んでいます。今時のフェリーなら人工皮革がせいぜいであり、樹脂製の椅子であってもおかしくはありません。去年乗船した新日本海フェリーの新造船にいたっては、この通路が辛うじてすれ違える程度にまで狭められ、ソファの代わりにクッションの出来損ないのような代物が二、三置かれただけになっているのに呆れました。この船があれと同じ造船所で造られたとは思えません。
ソファのワインレッドに合わせたか、壁面には赤茶を帯びた木目の化粧板が使われ、柱状になった部分は焦茶の腰壁を組み合わせてツートンカラーにするなど、統一された色使いも好ましいものがあります。この通路を借り切って眺めた夜明けの一部始終は、何物にも代え難いひとときでした。

加えてよかったのが昨夜の出港です。今回気付いたのは、離岸の際にタグボートが使われることでした。左舷の後方に曳索を掛け、船首を始点に時計回りで回頭しながら離岸していくという仕掛けです。タグボートの前照灯が水面を照らす中、背後の明かりは徐々に移り変わり、やがて商業施設の観覧車と重なって、いよいよ180度回頭しようとするところで曳索が切り離されました。
これで仕舞いかと思いきや、その後にさらなる見せ場がありました。役目を終えたタグボートが、港外へ向かうこちらを見送るように並航を始めたのです。いよいよ港外へ出ようとするところで、防波堤の内側にある波止場に泊まるという顛末でした。掘り込み港をまっすぐ進み、港外に出ればたちまち暗闇と思っていた仙台の出航に、このような名場面があるのを初めて知りました。それを含め、今回乗船してよかったというのが偽らざる心境です。
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晩秋の大地を行く 2018 - 二日目

2018-09-30 03:29:25 | 北海道
おはようございます。二日目は草木も眠る丑三つ時から始まります。四時半に小樽へ入港する新日本海フェリーはともかく、太平洋フェリーの苫小牧入港は11時です。しかるに早く目が覚めたのは、前夜たちまち眠りに落ちてしまったからに他なりません。
というのも、余裕を持って出たはずが、終わってみれば慌ただしかったのです。一般道を悠長に下り、まさかの燃料切れにも見舞われて、矢板から東北道に乗ったときには既に三時を回っていました。しかも、その東北道を矢吹で下り、4号線を再び下って、郡山の酒屋にも寄ったため、さらに時間が押してきました。二本松で再び東北道に乗ったのが五時半に迫る頃です。今度は白石で下り、4号線を下って岩沼から仙台東部道路を飛ばし、出航の40分前にはどうにか仙台港へ到着。乗船手続きを済ませ、船室に荷物を置いて甲板に上がり、出航から港外へ出るまでの一部始終を見届けると八時を過ぎました。その時点でレストランの閉店時刻が迫っていたため、間髪入れずに夕食をとり、しかる後に一風呂浴び、一休みするつもりがそのまま眠りに落ちるという顛末です。汗が引いたところで疲れが噴き出したということでしょう。

この結果から思ったのは、やはり実を取るなら新日本海フェリーが一番だということです。正午に出航する新日本海フェリーに対し、太平洋フェリーが仙台を出航するのは19時40分です。ならば余裕綽々かと思いきや、上記の通り全くそうではありませんでした。何故こうなったかを考えてみるに、次のような解釈が成り立ちます。
仙台に着いた時点で、出発からの走行距離が398kmでした。去年新潟港まで走ったときが353kmだったため、決定的な違いまではありません。しかるに出発からは10時間半を要してしまいました。実に去年の五割増です。燃料切れで一時間強、昼食で小一時間、郡山で寄り道したのと走行距離が延びたことでそれぞれ30分ほどが加わり、それらを合わせて三時間といったところでしょうか。残りは一般道の割合が高かったことによる違いで説明できます。出発も去年に比べ四時間遅れてしまったため、全体では七時間半余計に消費したことになり、これにより出航時刻の差をほぼ使い果たしてしまいました。
このことからいえるのは、数字の上では余裕でも、東北で一日活動するほどの時間は捻出できないということです。早朝に出ていれば、それだけで四時間違ったわけなのですが、それでも行きがけの駄賃程度の寄り道がせいぜいだったと思われます。全体を通じて見れば、出航時刻の違いで生じる半日分を、仙台まで行く途中の寄り道に使うか、道内の滞在時間に組み込むかの違いです。ならば道内に半日でも長くいられた方がよいというものでしょう。早朝に出て、脇目も振らずに新潟へ直行し、翌日夜明けと同時に動き出すのが、やはり最も得策だと再認識した次第です。

そのようなわけで、ある意味無駄ともいえる選択をしたわけなのですが、新潟から行けばよかったと嘆いているわけではありません。今回に関する限り、是非とも太平洋フェリーで行きたいという明確な理由があったからです。ただし、それについて語り出すと長くなってしまいます。詳しくは後ほど…
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