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水の丘交通公園

鉄道メインの乗り物図鑑です。
※禁無断転載!使用に際してはコメント欄にて
用途を申告してください。

つくばエクスプレス TX-1000系電車

2009-08-20 22:31:45 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
つくばエクスプレス線を運営する首都圏新都市鉄道が同線の開業用に用意した
秋葉原~守谷間の区間列車用の車両である。
平成15年~17年にかけて6両編成×14本=84両が製造された。
同型の車体を有し、交直両用タイプのTX-2000系電車が存在するが、
これはまた別の機会に紹介する。

車体はアルミ製で日立製作所の「A-train」シリーズに準拠している。
正面は縦、横とも「く」の字型の流線型で地下区間を走行するため、非常用貫通扉を
正面向かって左側に設置している。
正面下部のスカートも「く」の字型に折れており、障害物の除去に優れた構造と
なっている。
行き先表示は正面・側面ともLED式である。
基本的に無塗装であるが、窓上に赤帯が入り、一部の戸袋部分に紺地に
白抜き文字の社章が入る。

車内は全車両ロングシートで、袖仕切りに大型の板状のものを採用している。
座席の色は一般席がエメラルドグリーン、優先席がブルーである。
車椅子スペースは2・5号車にある。
ドアは片側4箇所で全て両引き戸となっている。
旅客案内装置は各ドア上にあり、LEDスクロール式のものとマップ式のものが
交互に配置されている。また、開閉チャイムが設置されている。
窓はドア間固定、車端部は一段下降式である。

主制御装置はVVVFインバータ制御でブレーキは停止寸前まで回生ブレーキが
使用可能な全電気ブレーキ併用電気指令式ブレーキを採用している。
電源方式は直流1500V専用でパンタグラフはシングルアーム式である。
運転台は左手操作式ワンハンドルマスコンでATOによるワンマン運転に
対応したものとなっている。
台車はボルスタレス台車で高速運転時の横揺れ防止の為、ヨーダンパーを
取り付けている。
なお、本形式の営業最高速度は130km/hである。

電源方式の関係で直流区間しか走れないため、営業運転で守谷~つくば間に
乗り入れることは無く(守谷~みらい平間にあるデッドセクションの手前にある
守谷工場には入れる)、秋葉原~守谷間の普通列車を中心に使用される。
同じ車体を有し、守谷~つくば間の交流区間にも乗り入れるTX-2000系との
外見的な差は車番が黒地に白抜き文字であることである。

伊予鉄道 700系電車

2009-06-19 22:29:13 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
老朽化した旧型車両の置き換えと路線の冷房化のため、京王帝都電鉄より
5000系電車(※)を譲り受けたものである。

昭和62年~平成6年までに先頭車ばかり28両を譲り受けた。
平成20年現在、3両編成×8本、2両編成2本で運用に就いている。
編成の組み方は3両編成が高浜側からモハ720+モハ710+クハ760である。
2両編成のものはモハ720を省いた構成となる。

入線にあたり、塗装の変更(市内電車と同じもの→平成7年ごろ現在のものに変更)、
貫通扉にあった方向幕の撤去、側面の種別表示幕の撤去、レール幅が異なるため
台車、及びモーターの交換、一部制御車の制御電動車化、冷房化などの改造を
受けている。
譲り受けた車両の大半は、慶応5000系の中でも車体の幅が狭い初期型で
駆動方式も吊り掛け駆動であったが、台車の交換に伴って全車カルダン駆動
となっている。

車内は「K.T.R.」の装飾がなされたスピーカーにカバーが付けられたぐらいで
大きな変更はなく、ロングシートのままとなっている。
先頭側と連結側のドアの片方1箇所ずつにLED式旅客案内装置を設置している。

制御方式は抵抗制御でブレーキは電磁直通式空気ブレーキである。一部の車両では
機構上、発電ブレーキが可能なものもあるが、大半がそれを持たないので
これを使うことは無い。
交換された台車は東武鉄道の日比谷線直通用電車2000系の廃車発生品である。
一部は小田急電鉄からの廃車発生品を利用しているものもある。
なお、モーターを持たないクハ760形では車軸の改造のみで種車の台車を
そのまま流用している。

現在の伊予鉄の郊外電車で最多の勢力で昼夜を問わずに運行されている。
基本的にラッシュ時に3連、または4連、日中は2連で使用される。
高浜側のモハ720形は編成から切り離しても単行運転が可能な構造なので
ラッシュが終わると、松山市駅などで切り離されて単身古町車庫に戻っていく光景を
目にすることが出来る。
しかし、平成21年秋頃より京王電鉄より井の頭線で使用していた3000系電車を
譲り受けることになっているため、今後の動向が注目されている。


単行で古町車庫への回送を待つモハ720形。


高浜駅にて連結面側から撮影。連結部はこのように封印される。
なお、この連結部分の扉は両引き戸で貫通路の扉の連結する時は両脇のくぼみに
仕舞われる。


初期車から改造された狭幅車。ドア下部のステップの張り出しが特徴。

※・・・京王帝都電鉄5000系電車
京王線の架線電圧600V→1500V化、及び新宿駅の地下化に伴い、登場した車両である。
昭和38年~44年にかけて4両編成×23本=92両、3両編成×13本=39両、2両編成×12本の
合計155両が製造された。
正面窓に採用されたパノラミックウインドウやアイボリーにエンジの細帯を巻いた
シンプルかつ優雅なスタイルで現在でもファンが多い車両である。
また、8000系電車や新鋭の9000系電車にもデザイン的影響を及ぼした。

18m級の3ドア車で車内はロングシートである。製造時期で車体の幅が異なり、
後期型は幅広となっている。狭幅の初期車はドアにステップを取り付けた。
本形式登場後の高尾線開業で設定された分割・併合を行う特急に充当するため、
増結用の3連、2連の吊革を社員のアイデアで緑色に変更している。
これは後の8000系までの新車に引き継がれた。

主制御装置は抵抗制御でブレーキは電磁直通式空気ブレーキで一部の車両は
発電ブレーキの使用が可能である。
これらのうち、2両で作られた車両の一部は旧型車から機器を流用したため、
吊り掛け駆動であった。4両編成のものは最初からカルダン駆動である。
当初、非冷房だったが、昭和43年より冷房を搭載し、関東の私鉄で初めての
通勤用冷房車になった。冷房については試作を繰り返した結果、8種類もあった。

登場以来、優等列車を中心に使用されたが6000系電車の登場により、各駅停車を
中心に活躍していくようになる。昭和54年には踏み切り事故で1両が大破し、
廃車となっている。しかし、昭和50年代末期までは臨時の特急などに
返り咲くこともあった。
昭和62年より本格的な廃車が始まり平成8年までに全車が営業運転から撤退した。
営業撤退前の平成7年に1編成が事業用に改造された。
車内に貨車用のバッテリーや保線道具が運び込まれたほかは、外見を保ったたままで
注目された。
これも平成16年を最後に引退し、これをもって京王電鉄での全運用を終えた。
なお、引退した車両の一部は、本項の伊予鉄道のほか、富士急行、高松琴平電鉄、
一畑電車、わたらせ渓谷鉄道に譲渡されている。

熊本電気鉄道 6000系電車

2009-05-04 11:57:06 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
老朽化した旧型車両の置き換えのため、都営地下鉄三田線で運用されていた
6000形電車を譲り受けたものである。
平成7年~13年にかけて先頭車のみの2両編成×5本=10両が登場した。

全車熊本電鉄に入る前に西鉄筑紫工場で改造を実施している。
主な改造点は架線電圧600Vに対応するための機器の取り替え、ワンマン運転対応化(車内への整理券発券機、運賃表、運賃箱設置。ドア付近への入口案内用LED設置など)、
冷房装置の取り付け(最初の2本のみ)などである。
なお、ワンマン機器取り付けによって外観上は残されている正面貫通扉は
事実上、封印されている。

車番の変更はなく、末尾1の車両が御代志側、8の車両が藤崎宮前側である。
平成11年より編成によって塗装を一部変更したほか、正面下部に排障器を設置した。
また、平成13年にATSを設置したため、車番にAが追加されている。

各編成ごとの違いは以下の通りである。

第1編成(6101A+6108A)
最初に投入された編成。昭和43年製。都営時代は冷房が無かったため、入線に際し、
冷房化が行われた。
当初は外観に変更は無かったが、現在は正面と側面の帯が赤帯になっている。
ちなみに、偶然ではあるが6000系が三田線でデビューした際も赤帯であった。

第2編成(6111A+6118A)
昭和43年製で平成8年入線。第1編成と同じグループで冷房化改造を受けている。
スカートを設置した以外、外観に変化の無い唯一の編成。

第3編成(6211A+6218A)
昭和47年製で平成11年に入線。都営時代に冷房化済み(以降の編成も同じ)。
帯色は青のままだが、運転席周りを黄色く塗って警戒色としている。

第4編成(6221A+6228A)
同じく昭和47年製で平成12年入線。6211A編成と同じ塗装だが、運転席周りの
黄帯の幅が広い。

第5編成(6231A+6238A)
同じく昭和47年製で平成13年入線。第4編成に準じた塗装だが、青帯が
正面貫通扉にも巻かれている。タイトル写真参照。

現在は御代志~藤崎宮前間で、熊本電気鉄道の主力車両として運用されている。


赤帯の第1編成。冷房装置の形状が第3編成以降と異なる。


都営時代のままの姿を残す第2編成。この時は点検中であった。


窓周りに黄帯の入った第3編成。第4編成はタイトルの第5編成と
これの中間の塗り分け。


運転台。右端の貫通扉前にも機器が置かれているのがわかる。


車内。都営時代そのままの車内。

北越急行 HK100形電車

2009-05-03 21:13:23 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
北越急行ほくほく線(六日町-犀潟)の開業用に際し、同線の地域輸送向けに
登場した車両である。
平成9年に9両、平成10年に1両、平成15年に2両の計12両が製造された。
このうち、HK-100-8と-9の2両(以下、イベント車)と平成15年に増備された
HK100-101+-102(以下100番台)はイベント対応車である。

車体は鋼鉄製で新潟鉄工所、新潟トランシスが第三セクターやローカル路線向けに
製造している車両と共通のデザインを採用している。
正面は貫通型でヘッドライトを貫通扉上部に、LED式標識灯(テールランプ併用)を
左右窓下に配している。
100番台は標識灯の形状が変更され高輝度ランプも取り付けている。
正面の運転室ガラス、及び貫通扉ガラスには破損防止の為、外付けのツララ切りを
設置している。
塗装はホワイトにブルーとレッドの帯が入り、正面貫通扉は上部がブルー、下部が
レッドの塗り分けとなっている。
イベント車はグラデーションカラーで片方がレッド、片方がブルーの帯、
100番台は同社の特急車「スノーラビット」に準じたエンジとシルバーの帯と
なっている。
なお、現在はイベント車も100番台に準じた塗装に変更されている。

側面窓は路線の環境上、窓を開けることが出来ないため、全て固定式である。
ドアは前後2箇所で、ボタン操作による半自動ドア対応が可能となっている。
運転室が前後にある両運転台で単行運転も可能だが、100番台は片運転台の
2両固定編成となっている。

車内は一般車がセミクロスシートで、イベント車、100番台はオール転換
クロスシートでドア付近にはガラス仕切りがある。
運転席後方にLED式旅客案内装置と運賃表、運賃箱が設置されている。

イベント車のうちHK100-8は平成14年にトンネルの多い沿線の条件を利用して
走行中の車内天井に星空を浮かび上がらせるプラネタリウム列車「ほしぞら」へ
改造された。
この車内上映はひじょうに好評であったため、本格的なプラネタリウム列車として
100番台が増備された。

100番台は「ゆめぞら」と命名され、全車にプラネタリウムを設置したほか、
連結側にロングシートが設置され、この部分だけ常時照明が点灯され、
読書をする乗客への配慮が為されている。
トイレは設置されていない。

主制御装置はVVVFインバータ制御で、起動加速度3.0km/h/s、最高速度110km/hの
ローカル路線用の車両としては高い加減速性能と高速性能を有している。
これは最高速度160km/hで運行されている特急「はくたか」に先行しつつ、
同列車を支障することなく退避駅に逃げ込む必要があるためである。
ブレーキは回生・発電ブレーキ併用電気指令ブレーキで、
台車はボルスタレス台車である。
運転台は左手操作型ワンハンドルマスコンで運転士支援モニターが設置されている。

一般車と「ゆめぞら」、「ほしぞら」以外のイベント車は、通常の快速列車や
普通列車に2連、若しくは単行で運用される。
「ゆめぞら」と「ほしぞら」は休日を中心に運用されている。
同車が入る列車についてはほくほく線のホームページを参考にされたい。


一般車の車内。

運転台。円筒形の物体は運転士の帽子。

HK100-100番台「ゆめぞら」。車内を見たかったが、この時は待機中で
入れなかった。

福井鉄道 880形電車

2009-04-29 21:00:00 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
福武線の路線活性化のため、平成17年に廃止になった名鉄美濃町線で
運用されていた同社の880形電車を譲り受けたものである。

名鉄880形電車は美濃町線で運行されていた田神線・各務原線で新岐阜に直通する
列車の増発のために登場したものである。
昭和55年に2体連接5本=10両が製造された。
車番は美濃・新関側が奇数、徹明町・新岐阜(現・名鉄岐阜)側が偶数車となる。

車体は鋼鉄製で、塗装は名鉄標準色のスカーレットであった。
正面には黒色のバンパーとステンレス製の飾り帯が付き、外観上のアクセントと
なっている。
本形式のデザインは後に登場する770形や780形のベースとなった。

車内はロングシートであるが、座布団と背もたれ布団が一人分ずつ独立した
独自のものを採用している。
ドアは2体で片側4箇所で連接側が両開き、運転台側が3枚折り戸である。
各ドアには開閉と連動するドアステップが装備されている。

主制御装置は抵抗制御で架線電圧600Vと1500V双方に対応できる複電圧機能がある。
性能面では速度領域の低い美濃町線での運行だったので、低速向けとなっている。
台車はインダイレクトマウント式空気バネ台車である。

当初、冷房を持たず、ラインデリアによる送風のみであったが、後に改造で取り付けた。
しかし、この冷房は電源の関係上、1500V区間での運用が出来なかった。
このため、1500V区間にあり、折り返しのため長時間停車する新岐阜駅では
冷房を運転できず、夏場は「サウナ電車」と呼ばれた。
平成12年にワンマン化対応改造を受けている。
冷房装置の問題はあったものの路線廃止まで美濃町線電車の主力車として運用された。

平成17年の路線廃止後、福井鉄道への譲渡のため、名鉄岐阜工場で改造が行われた。
主な改造点は塗装の変更(ホワイトに窓周りがブルー床より下がグリーン)、
ワンマン機器の一部交換、パンタグラフのシングルアーム化、制御装置への
弱め界磁取り付け、ギア比の変更による高速対応化、複電圧機能の廃止など
である。

770形、800形と異なり、足回りの改造が必要であったため、搬出が営業開始
直前の平成18年3月となった。
また、この改造に起因する故障も発生したため、引退した高床車を一時的に
走らせることもあったが、名鉄の出張工事により、平成18年5月中旬以降、
運用に復帰している。

なお、本形式の改造が、名鉄岐阜工場の最後の仕事となり、95年に亘る歴史に
終止符を打った。


車内。

コカコーラ社の広告電車。

名鉄時代の姿。

上信電鉄 デキ1形電気機関車

2009-04-19 20:16:46 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
大正13年に軌道の幅を762㎜から1067mmに改軌した際に導入した電気機関車である。
デキ1~3の3機が、ドイツ・シーメンス社より輸入された。

車体は凸形の鋼鉄製で、全体を黒く塗装している。
正面部にラジエーターグリルを設けているのが外観上の特徴となっている。

主制御装置は電磁接触式抵抗制御で、重連総括制御が可能となっている。
駆動方式は吊り掛け式、台車は板台枠式である。
ブレーキは空気ブレーキとハンドブレーキである。

登場以来、貨物輸送を中心に運行されたが、平成6年に貨物輸送が廃止となり、
デキ2が廃車になった。
以降、残った2両はイベントや保線に使用されるようになったが、平成19年に
南蛇井~下仁田間で脱線事故(線路の沈下に拠るもの)を起こして損傷し、
現在は修復待ちの状態となっている。
しかし、80年余年前の電気機関車の補修部品は既になく、また費用的な面からも
修復の目処は立っておらず、デキ1・3共に高崎駅構内の車庫に留置された状態である。

なお、先に廃車となったデキ2は群馬県富岡市のもみじ平公園に展示されている。

秩父鉄道 3000系電車

2009-04-10 20:00:00 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
有料急行「秩父路」で運行されていた300系電車の老朽化のため、導入された車両である。
平成4年にJR東日本の165系電車(※)3両編成3本を譲り受け、改造を施した。
秩父鉄道では初めての冷房車となった。

主な改造内容は、モーターの低出力化、マスコンの交換と抑速ブレーキの廃止、
保安設備の交換、デッキ仕切り戸の自動化、内装の全面張り替え、トイレの使用停止、
パンタグラフ増設などである。
正面については大改造され、非貫通化、愛称板設置窓の取り付け、ヘッドライトの
角型化及びテールランプとのユニット化、通過標識灯の取り付けを行っている。
塗装はホワイトを基調に窓周りをブラック、帯色をライトブルーとし、
これまでの車両のイメージを一新した。

主に急行「秩父路」で運用されたほか、沿線の催事に合わせて、「開運」号、
「ロウバイ」号、「芝桜」号、「秩父夜祭」号などでも運行された。
また秩父夜祭では車両が不足するため、普通列車でも用いられている。

平成15年に緊急の車両検査を行ったところ、配線系統の老朽化が大幅に
進行していることが判明し、本形式の車両としての寿命、これらの配線の
引き直しにかかるコスト、補修部品の確保などを考慮した結果、廃車にすることが
決定した。
翌年より、西武鉄道より譲り受けた新101系電車を改造した6000系が登場し、
平成17年の秩父夜祭輸送をもって全車廃車となった。
廃車後、第3編成の先頭車の車体の一部が払い下げられ、竹沢駅近くの国道で
店舗として利用された以外は全て解体された。

(※)JR165系電車
昭和38年に寒冷地及び勾配線区向けの急行用電車として登場したものである。
派生形として修学旅行用の167系、碓氷峠での電気機関車との協調運転が可能な
169系がある。
2ドアデッキ付きで普通車の車内はオール固定クロスシート(ボックスシート)である。
主制御装置は抵抗制御で「自動戻しノッチ機構」搭載のマスコンを採用。抵抗器も
抑速ブレーキの使用を考えて、容量の大きなものを採用している。
台車はダイレクトマウント式の空気バネ台車を国鉄電車で初めて採用し、
乗り心地や走行安定性が増した。
昭和43年より、冷房装置の搭載が行われている。なお、秩父鉄道で使用していたのは
この冷房装置の搭載試験車である。
本形式は汎用性が高く、急行「アルプス」などの本来の用途のほか、間合いで
普通列車にも投入された。
また夜行列車にも投入され、今年(平成21年)のダイヤ改正で臨時列車化された
「ムーンライトながら」の前身の大垣夜行や「ムーンライトえちご」などでも活躍した。
しかし、混雑時間帯の普通列車に本形式が入ると、2ドアデッキ付きの構造が
災いし、乗り降りに時間がかかり、列車遅れの原因にもなった。
高崎線ではこれに加え、国労の順法闘争(わざと信号ごとに列車を停車させて
「安全確認」をしながら走るストライキみたいなもの)による乗客の不満が爆発し、
暴動に発展している(上尾事件。今でも人身事故などで高崎線が止まると上尾駅に
埼玉県警機動隊が配されるのはそのため)。
昭和50年代以降は新幹線の延伸や急行の特急化などで、徐々に活躍の場を狭められ
地方ローカル線へと散っていった。
また、老朽化による廃車も同年代に開始されている。
JR移管後、残ったものは内装の改造などを受けて臨時列車などで運行を続けたほか、
イベント用車両に改造されたものもある。
しかし、これらも新型の特急用電車の登場で追われた183・189系などの特急用電車に
置き換えられて、平成15年をもって、全車が引退した。

泉北高速鉄道 7000系電車

2009-04-05 23:00:00 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
昭和46年の開業時より運用していた100系電車の老朽化に伴い、その置き換えのため
導入された車両である。
平成8年~10年にかけて、6両編成×2本、4両編成×3本、2両編成×1本が製造された。

車体はアルミ製で、裾絞りのある全体に丸みを帯びたデザインが特徴である。
塗装はアイボリーにブルーの濃淡の帯で先頭車側面にある濃い青色の
ストライプには大きく白抜きで「SENBOKU」と書かれたロゴを貼り付けている。
正面は貫通式で両開きプラグドアの外扉を有する自動併結装置を設置しており、
6連、8連、10連の柔軟な編成の組み換えが出来るようになっている。

車内はロングシートで、座席仕切りにスタンションポールを設置している。

主制御装置はVVVFインバータ制御でIGBT方式のものを関西の私鉄でいち早く
採用した。
ブレーキは回生ブレーキ付き電気指令式空気ブレーキである。
台車はボルスタレス式のものでパンタグラフはシングルアーム式のものを採用している。

平成17年に、より運用を柔軟にするため、4両編成1本から、先頭車2両を改造して
2連の増結車とした。
この増結車は50番台として分類される。
余った中間車は同じく4連だった編成に組み込まれて、その編成を6連にしている。

平成19年ごろより、座席の張り替えや優先席の明確化、吊革の増設などの
車内更新改造を実施している。


水間鉄道 1000形電車

2009-04-01 19:05:41 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
車両と設備の老朽化が進んだため、東急より7000系電車を譲り受けたものである。
平成2年に2両編成×5本=10両が入線した。
内訳は、元から先頭車だった貫通型のものが3本、中間車に非貫通の運転室を
取り付けたものが2本である。

譲り受けた当初は7000系と称され、前者を0番台、後者を50番台として分類した。
また、貝塚側先頭車を7000形(非貫通車は7050形)、水間側先頭車を7100形(同じく
7150形)とした。

上記以外の主な改造点は、ワンマン機器の設置、冷房化(先頭化改造車と貫通型の
第1編成のみ)、社紋とロゴ、保安装置などの取り替えである。
行き先表示は字幕式であるが、「貝塚←→水間」の固定表示であった。
このほかは車内、機器類とも基本的に東急時代のままである。
ただし、回生ブレーキについては使用していない。

平成18年より、4編成8両を対象に車体更新が行われ、形式を1000形に改めた。
車番は形態と向きで分けていたものを、貝塚側を奇数番号とした通し番号としている。
このうち、7000系0番台からの改造車が1001~1004、残りの1005~1008が
先頭化改造車の50番台からの改造である。

主な変更点は帯色を各編成で変更(1001+1002=赤、1003+1004=青、1005+1006=緑、
1007+1008=オレンジ。先頭部分には更に白帯が入る)、社紋デザインを
各編成ごとに沿線の名所や季節の花を描いたものに変更、行き先表示のLED化、
正面下部へのスカート設置、非冷房車の冷房化、車椅子スペース設置、
ドアチャイム・ドア開閉予告ランプ取り付け、運転席後部及び連結部への
LED式旅客案内装置設置、内装・座席などの全面張替えなどである。

この改造の際、非冷房車の7003+7103は対象とならずに、営業運転から一時撤退した。

それ以外の編成は、平成19年までに改造を終えて、終日運用されている。
なお、ワンマン化改造を受けているが、乗客の要望から早朝と夜間以外は
車掌が乗務している。

なお、7003編成は、平成20年の鉄道の日のイベントで一時復活後、貝塚駅に
留置され、同年年末頃より待合室として7103号車の車内を開放している。


中間車の先頭化改造車の1007+1008。オレンジ帯。

車庫で休む残り2本。駅と車庫の間に隣接する駐車場より撮影。

車内。下の7000系の車内と比べていただきたい。

貝塚駅にて待合室として使われる7003+7103。

車内。私が寒~い1月に訪問した際には嬉しいことに暖房が入れられていた。

本形式・・・というより、東急7000系の特徴ともいえるパイオニアP-Ⅲ台車。
露出したディスクブレーキが目立つ。水間車庫に置かれていた予備品。

えちぜん鉄道 Mc2201形電車

2009-03-19 11:00:00 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
京福電鉄福井支社時代の昭和61年に、阪神電鉄の3301形電車を譲り受けたもの
である。

阪神電鉄3301形電車は昭和33年~34年にかけて、3501形急行用ジェットカーの
増結用として登場した車両で4両が製造されたものである。
1両で走れるように車体の前後に運転台のある両運転台となっている。
正面は左右上部にふられたシールドビーム灯と一段引っ込んだ貫通扉が特徴の
貫通型で、後の阪神スタイルを築き上げた。
塗装も上半分がクリーム、下半分が赤の後に「赤胴車」と呼ばれる急行用
ジェットカーを示すものを初めて採用している。
ドアは片引き戸3ドアで、車内はロングシートである。
昭和42年に1500V昇圧に伴い電気系統の改造、昭和50年に冷房化、昭和56年に
方向幕や車外スピーカーの設置、アンテナの交換などを実施している。
本形式の冷房装置は床下スペースの都合で自前の電源を確保できず、
他の車両から電源を供給する方式をとった。
このため、当時は本形式の単行で運行されていた武庫川線では不評であった。
一方、本線系統ではラッシュ時の増結用に重宝された。
しかし、寄る年波には勝てず、新車の導入と共に昭和61年に引退している。

京福電鉄福井支社では、4両全車を譲り受けている。
塗装変更(クリームにエンジのストライプ)やワンマン化のほか、
台車やモーターを国鉄の中古品に交換し、更に床下の機器を
やりくりして大容量の電動発電機を搭載した。
これにより、自前で冷房を動かせるようになり、同社で初めての冷房車となった。
形式はモハ2201形に改めている。
冷房付きで単行で走れ、小回りが利くなどから、乗務員や乗客からは好評を
もって迎えられた。
しかし、平成13年にモハ2201号が正面衝突事故で大破して廃車になり、
使える部品を残して解体されている。
この事故以降、京福電鉄は福井での鉄道事業から撤退し、えちぜん鉄道に
引き継がれ、本形式はMC2201形へと形式を変更している。
再開前に塗装を現行の白にブルーの帯、ドア部分を黄帯というものに変更した。
また、ATSを搭載したが、手狭な床下を整理して、どうにか車上子を取り付け、
関連機器は運転席後ろの座席を撤去して取り付けられている。
再開後も3ドア・ロングシート車ならではの輸送力を発揮していたが、
愛知環状鉄道から譲渡された6000・6100形電車の増備や機器の不調のため、
2202と2203が平成18年に廃車となっている。