歳を重ねると楽しいとか賢くなるとか・・・・みんな戯言なんだよ。

感じるままに、赴くままに、流れて雲のごとし

雑木林には死体が埋まっている。

2018-11-28 | 旅行
前菜を食べるフォークが使いにくかった。
握ぎったところが悪かったのか真っ平らではなく盛り上がっていたからだ。このフォークを作った職人の心意気があらぬ視点を見つめていたのだろうか?多分、頑張りすぎたんだ。このフォークナイフを購入した店のセンスに問題があるだけなんだ。しかし、地元の野菜なのか美味しいと思った。
しかし、気になったのは料理ではなく視線。脊髄麻酔を打たれた時のような重い痛みだった。振り返って微笑む勇気はなかった。話しをする相手がいない食事ほど退屈な事はない。でも、そんな退屈さが必要な時だってあるわけで流されっぱなしの自分を憐れみ、その姿を天井板の節穴から覗くもうひとりの自分。そんな存在を感じていた。
そして、そんなふたりの自分を俯瞰的に眺める女の存在を感じて僕は少し狼狽えていた。

窓の外に目をやると四つの光が見えた。
つがいの狸だった。こちらをジッと見つめている。何か言いたげに光りを放っている。
ぼくは、よく聞こえないなぁ。
そう答え、その光りを遮断してしまった。

二口めのワイン飲み給仕を呼んだ。

「悪いけれど、このワインの贈り主に食事をご一緒したいと伝えてくれませんか?」
「承知致しました。」
給仕係は少し間を置きに厨房へと姿を消した。

僕は待つことにして、もう一度つがいの狸の方に目やった。そこにはいなかった。



外は暗闇。ホントの闇だったんだ。

2018-11-19 | 旅行
部屋のある建物を出たら月が出ていた。
優しげで、妖しげな光りを放っていて、僕は暫くその月を見ていた。
なんだか身体が浮いている様な気がして
足下を見た。僅か数センチだけれど、確かに浮いている。
ホテルのロビーへの道を身体が浮いたまま歩いた。とても気分が軽かった。
食堂はロビーを横切った奥にあった。
六角形をしている食堂だった。中央にはサーブする為のスペースがあって給仕が六方向にテキパキ動いていた。案内された席は窓際。窓の外はあの妖しげな雑木林。随所にライトが置かれている。
なんだか京都の寺のライトアップショーを見てるみたいで、急に落ち着かなくなった。
チーフらしき初老の男が近づいてきてテーブルの蝋燭に火を灯しながら夕食のメニューを説明して始めいくつかの選択メニューの確認をした。
僕は相変わらず適当に返答をしただけで不機嫌そうに見えたのだろう。そそくさと給仕係は退散してしまった。
よくあるパターンで宿泊と夕食がセットされているホテルだったから面倒がない。そしてできれば出された料理の説明もいらない。そう考えていたのだけれど、そんな訳には行かないらしい。
ワインを出されたのは、諦めの表情をした途端だった。
頼んだ覚えはなかった。
給仕係が「彼方のお客様が…。」と答えた。
僕は振り返ってしまった。
そこには、さっき部屋に文句を、言いにきた髪をブラウンに染めた女性が微笑んでいた。
僕は軽く会釈して元の姿勢に戻った。
きつく断りを言おうかと思った。しかしやめた。

雑木林の闇が「やめておけ!」と言ったからだ。

では、次に何をすればいいのかを考えた。


夏になる前、そうもう二年もまえの事が…

2018-11-15 | 旅行
僕がここにやってきたのには理由があるようでない。二年前に患い、医者が気がつかない後遺症を抱えていたからだった。
どうもヤル気が起こらないのだ。
まあ、誰にでもある。しかし、病気だと気がついてしまった。それは全てのことに興味がなくなってしまったこと。欲望がなくなってしまったかのようだ。食欲、性欲、金銭欲、名誉欲、物欲…。
食べるにも何を食べるかなど考えるのがイヤだし、お腹が空かなくても食べるし空いても食べる。女に至ってはまるで抱きしめたい欲求はなくなってしまった。ましてやどんな人間なのかと知りたいと思わない。全てに煩わしさが先行してしまう。無気力に近い状態が数週間続いた。自ら死を選ぶことですら面倒くさい。生きる価値が見当たらないし、そんな自分からも逃げ出さなくなってしまった。とは言って何かを見つけたいがために旅に出た訳でもないのだ。
意志がなくなってしまったようだ。
家にいればいい。そう考えた。でも、旅に出れば何処かへ行かなくてはならない。そう思って家を出ただけなんだ。
放浪なんだろう。誰かに出会えることを期待してるわけでもないのに何をしているのか?どうしようもない人間だと思いたいような気がしているだけなのかもしれない。

そんな事思い巡らしていると部屋の電話が、鳴った。
「お客様。夕食の準備ができましたので、食堂までいらして下さい。」
「ありがとう。すぐに行きます。」
僕は簡単に身支度を整え、部屋を出た。
長袖のティシャツでは少しだけ寒い。
そう感じたけれど上着を着るのが面倒だったし食堂に向かった。

秋はいつ始まったのかわからないようにしているに違いない。

2018-11-12 | 旅行
少し微睡んだようだ。
ピンポン!
この部屋のドアベルが鳴ったような気がした。
僕は重い体を引きずりベッドから身を起こしてドアの覗き見から外を見た。
髪をブラウンに染めた女の顔が見えた。このホテルの従業員には見えなかった。
ドア越しに僕は声を掛けた。
「どなたな?」
「隣の部屋の者です。」
「何かありましたか?」
「いえ、あの、音が…」
そう答えて無言になった。
ドアチェーンを掛けたままドアを少し開けた。

「特に音楽もかけていないし壁を叩いたりはしてませんが…煩いのですか?」
「いえ、その…人の話し声が、この部屋から聞こえたような気がしまして。少し静かにならないでしょうか。」
「いや、この部屋には僕、ひとりで泊っておりますが。確認されます?」
「いえそれには及びません。失礼しました。」
外し掛けたドアチェーンを元に戻し、ドアのロックを下ろした。
上の階や隣の部屋が煩くて腹が立ったことは限りなくある。でも、直接その部屋に出向き文句を言うことなどほとんどない。普通ならフロントに電話をして注意してもらうだろ。
変な女だ。そんな風に思いながらベッドサイドの時計を見た。午後の6時を少し過ぎていた。夕食まで40分。バスルームには湯が溢れていた。停めるのを忘れて眠ってしまったのだ。浴室の窓を開け放って湯気を追い出し湯船に入った。
頭の芯が少し痛んだけれど、気分は悪くはなかった。身体を洗う気にはなれずズルズルと頭まで湯船に沈んだ。湯から顔をあげ空いた窓の外を眺めていたら人の声が聞こえた。女と男が会話をしていた。でも、何を話しているのかは聞きとれなかった。さっきの隣の女の声のようでもあった。ちょっと違う声でもあった。
夫婦で泊ってるのか?
湯船から出てバスローブを羽織り、浴室から外に出た。浴室の外はバルコニーのようになっていテーブルと椅子が置かれている。寒かったが湯上りの火照った身体にはちょうど良かった。雑木林があってバルコニーの先端に照明器具がおいてあった。その光りが暗闇に溶け込むように美しい風景を作り出していた。

何か背筋を、ぞくっつ!とさせる空気がこの部屋とこの雑木林に漂っていた。
僕は気にも止めなかった。

まるでこの世の果てに来たような気分だけれど…。

2018-11-08 | 旅行
予約の部屋はホテルのロビーから一旦外に出た建物の中にあった。雨がパラつきはじめたので傘をさし掛けてくれた。母屋の裏にあたる位置にその建物はあった。コンクリートの打ちっ放しの様な味も足下もなかった。部屋はその建物に入って右側。ドアがやたらと重かった。右側にクローゼットがあり正面が浴室で湯船は円形。ジャグジー孔があってゆったりと風呂に漬かれそうだった。浴室の右側が寝室で二十畳ほどのスペースがあった。窓の外では雨音が激しくなってきた。夕食の時間を7時と伝えて案内係を追い出し風呂に浸かる準備を始めた僕はお湯がバスタブに溜まるまでの時間ベッドに横になってしまった。
それが間違いだった。
窓に雨があたる音が激しく女の啜り泣く声を聞き逃してしまった。