歳を重ねると楽しいとか賢くなるとか・・・・みんな戯言なんだよ。

感じるままに、赴くままに、流れて雲のごとし

旅する気持ちは遠い昔へ向かっているようなものなんだ。

2019-01-30 | 旅行

彼女のうなじからから柑橘系の香水の香りしてきて思わずむせ返りそうになった。

明日は秋の香りを一杯に胸にため込みながら国道を走り切ろうと決めていたのにこのむせ返るような香りが僕の下半身を刺激し始めた。

身体が意のままにならない。後ろを振り返れば般若面がニャリ!

前を見つめれば腰をかがめた白髪の老婆が僕の右手を握りしめ、信じられない強さで僕を手繰り寄せようとしている。

 

急に喉が渇き始めて我に返った。

小枝さんは気づく素振りもなく僕に微笑みかけながら

「この雑木林には小動物が隠れているようですね。私はさっき、狸のつがいを見ましたのよ。」

16歳の少女のように話しかけてきた。

「そう、僕も見ました。仲がよさそうだった。」

僕の声は少し上ずっていたのかもしれない。

テーブルにデザートのココナッツアイスクリームが運ばれてきて

まるでそれは僕たちのこれからしでかすであろう事柄を則すかのように

そっけなくテーブルに放り出されていた。

「そんなに慌てることはない。まだ、死ぬには早すぎる時間だ。」

雑木林の奥で狸の雄が囁くのが聞こえてきた。

「今更、女など欲しくはないのだ。」

「彼女はそんなことはないようだ」

「バカなことを言うな。そんな気分じゃないだろう。彼女の素振りを見ればわかる。」

「随分と意気地がないんだ。今夜は・・・」

「そう、俺も歳なのだ・・・・」

 

あたふたと時は過ぎるものなのだ。数十年前も、一秒前もほぼ同じように過ぎていく。

まるで僕ひとりを置き去りにしたままに。

 

 


そして月の光はオレンジ色に変わっていった。

2019-01-09 | 旅行
少し緊張して僕は彼女に言った。
「もしよければこちらのテーブルでご一緒しませんか?」
「…。」
「迷惑だったかな?」
無言で彼女は立ち上がっり、僕を見もせずに僕の席へ歩き席についた。
彼女の手にはナプキンがしっかり握りしめられていた。その振る舞いがなぜか微笑ましかった。
そして僕を上目遣いで睨み付けながら言った。
「皆上小枝です。あなたは…?」
「沢木勉です。」
やけに大きな声だった。周りの客が揃ってこちらを向いた。僕は少しだけど動揺してしまった。
彼女な左に顔を向け窓の外の雑木林を見ていた。
「お一人様ですか?」
「そうです。」
「部屋は隣でしたよね」
「そうです。」
とりつく暇がなかった。
「どちらから?」
「神戸から来ました。」
関西弁ではなかった。
「そう、随分遠くからですね…。」
「そうでもないです。クルマの運転が好きなんです。」
給仕が慌てた素ぶりもなく彼女の食器を移動させ、ワインを彼女のグラスに注いだ。
血の色のワインは彼女の手に良く似合っているように思えた。
「明日はどちらへ行くのですか?」
「とくに…決めてはいません。」
「まだ、紅葉には早いみたいですね」
なんだか、誘ったことを少し後悔し始めていた。
そんな僕の心を見透かすように彼女は
「あまり無理しなくてもいいんですけど…」
キッパリと言ってのけた。
「そんなことはない。少し動揺してるだけです。迷惑だったかな?と。」
「いえ。嬉しいです。とても。」
「それなら良かった。こういった誘い方に慣れていないもので。」
また、嘘をついたと心の中で囁いた。
「嘘でしょ」
「嘘じゃないです。」
「そうかしら、あなたの部屋に文句を、言いに伺った時、誘っていらっしゃいましたよ。」
「そう見えたら済まない。」
「謝られると、困ります。なんだか立場がなくなってしまいます。」
「おっと、それは失礼。そんな気持ちじゃなくて、ご一緒できて僕も嬉しいです。」
「それじゃ。乾杯しましょう。」
「乾杯!」
雑木林の暗闇であの狸が笑っているのを感じた。
遠い記憶の彼方からこんなシーンが蘇ってきた。

振り返る事は時として人を励ますこともあるのだろう・・・・

2019-01-01 | 旅行

僕が彼女と会ったのは、そう、もう30年も前のことだ。

その頃僕は銀座一丁目にあるとても小さな広告代理店に勤めていた。

コピーライター養成講座で紹介された会社に3年務めた後、この会社へ移った。

制作部勤めをして3年過ぎても特にコピーライターとして力が蓄えられたわけでなくて、

ただの使いっ走りでしかなかった。

さて、どうやって生きてい行けばいいのか?

そんな大仰な考えもなく、ただただ一日が楽しかった。というより一人暮らしに慣れ、給与の使い方にも慣れ、

普通に生活するだけのテクニックをある程度習得してしまっていたのだろう。

既に結婚をしてしまっていた。だからというわけではないが生活はラクな方向に進んでいたんだ。

 

あの頃の事を思い返してみたところで今が変わる訳じゃない。

「そんな事は分かっている。」

そんな言葉が頭の中をグルグル回っていた。

僕の席の少し後ろのテーブルに座る彼女の仕草を感じ取る為に椅子を前に引いた。

残念なことに何も感じ取ることはできなかった。

まるで真冬に吹く北風のような冷たさが伝わってきた。

こんな空気だった。あの頃の僕たちの出会いは・・・・

彼女は僕の勤めていた会社で経理の仕事をしていた。

年齢は僕より二つ上。28歳だった気がする。随分と昔の話だから、間違っているかもしれない。

今と違って僕は酒を飲めなかった。ビール一杯が限界だったし、何よりも酔うという体の状態が好きではなかったのだ。

でも、会社仲間たちと飲みにはよく付き合っていた。

それは無理をしている訳ではなく、周りの人たちに嫌な顔をされたくない・・・そんな恐怖心が僕にピエロ役を演じさせていたんだ。

そして何よりも僕が一番年下だったことが何よりの理由だったのだろう。

いつものように会社仲間3~4人で会社近くの居酒屋で飲み始め、二軒目を彼女が決めその店へと向かった。

晴海通りを渡り新橋方向へ向かった。並木通りの一本電通通りよりの道を50メートルほど歩いた雑居ビルの2階にその店はあった。

「TOMY」。

今でも覚えている。カウンターの席が8席。その奥にBOX席があった。

歳のころなら40歳代のようなバーテンがひとり。彼がオーナーだと分かったのはずっと後の事だった。

長身でやけに腕が長かった。色白でハンサム。頭髪はくせ毛にも関わらず七・三にキッチリ分けて、白いワイシャツが眩しかった。

彼の顔を見た途端、背中をゾウリムシが這いまわっているような嫌な気分になった。

しかし、彼女はやけに親しげで、少しも恐れてはいなかった。

むしろ、このバーテンダーの下心を弄ぶかのように振舞っていた。

そんなことを思い返していたとき、グラスにワインが注がれた。

「どうして・・・頼んでいない・・・」

給仕にそう伝えた。給仕は左目だけをつむり、顔を少し右へ傾けた。

僕はワイングラスを右手に持ち席を立った。