雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

うらかえす葛の葉

2022-02-20 08:00:34 | 古今和歌集の歌人たち

     『 うらかえす葛の葉 』

                 作者  平貞文

   秋風の 吹きうらかえす 葛の葉の
           うらみてもなほ うらめしきかな

( 巻第十五 恋歌五  No.823 )
     あきかぜの ふきうらかえす くずのはの
              うらみてもなほ うらめしきかな


* 歌意は、「 秋風に 吹かれて裏を見せる 葛の葉のように 私を見捨てたあの人を 恨んでも恨んでも 恨めしさは消えない 」と、つれない人を責めている歌なのでしょうか。ただ、作者が下記するような人物だとすれば、恋の手管のようにも見えてしまいます。

* 作者の平貞文(タイラノサダフミ / サダフン)は、平安時代前期の貴族です。生年は 872 年 ? 、没年は 923 年、行年五十二歳と考えられています。
父は、平好風(従四位下)です。好風は桓武天皇の曽孫にあたる人物ですが、貞文は誕生間もない 874 年に、父と共に臣籍降下して「平朝臣」の姓になっています。

* 官位は、従五位上・佐兵衛佐が最高位ですから、せいぜい中級の貴族といった人物です。
ただ、歌人としては、紀貫之・壬生忠岑・凡河内躬恒といった古今和歌集の撰者など当地一流の歌人との交流があり、歌合を数度にわたって主宰したとも伝えられています。古今和歌集には九首選ばれており、勅撰和歌集全体では二十六首が選ばれていて、歌人として高い評価を受けていたようです。

* しかし、貞文の名を高めたのは、世の好色者(スキモノ)という評判からだと思われます。「平中物語」は、貞文を主人公とした歌物語ですが、若干スケールは劣るかも知れませんが、在原業平の「伊勢物語」を連想させるともいわれ、少なくとも、両者が当時の好色者の代表者ともいえる評価はあったようです。
「今昔物語」には、少々眉をひそめたくなるような好色者として描かれている作品がありますが、近代においても、芥川龍之介や谷崎潤一郎なども作品に登場させています。
桓武天皇からまだ近しい血統でありながら、官邸においては高い地位を得ることが出来なかったようですが、現代に通じるような人間味あふれる人物ではあったようです。

     ☆   ☆   ☆
  
      

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外交努力を信じたい

2022-02-19 18:46:03 | 日々これ好日

      『 外交努力を信じたい 』

    ウクライナ情勢が 厳しさを増している
    ロシア軍の一部が 撤退したという情報もあったが
    米大統領の発言は 今にもロシア軍の攻撃が始まりそうな内容だ
    大国同士が交渉していながら もし 軍事衝突があれば
    厳しい時代の始まりになるような 予感がする
    外交努力が実ることを 祈る気持ちだ

                      ☆☆☆

    

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女子カーリングチーム 準決勝戦へ

2022-02-18 19:12:05 | 日々これ好日

     『 女子カーリングチーム 準決勝戦へ 』

    女子カーリングチーム スイスに敗れ
    予選敗退と思い込み 涙のインタビュー中に
    きわどく 準決勝戦への進出決定が 告げられた
    その時の様子は テレビで見ていても 胸が詰まった
    このオリンピックにおける 名場面の一つだと思う
    準決勝戦は 再びスイスと
    インタビューで話されていたように
    思い存分 良いカーリングをして下さい
    間もなく 試合開始 健闘を祈ります

                  ☆☆☆ 

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今昔物語 巻第三十  ご案内

2022-02-18 10:47:59 | 今昔物語拾い読み ・ その8

       今昔物語 巻第三十  ご案内 



   本巻は 全体の位置付けとしては 『本朝付雑事』となります。
   全体で十四話と比較的少ないですが かなり長編の物語も入っています。
   和歌物語 男女間の交情など 読み物的な作品が中心です。   

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天下の色事師 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 30 - 1 )

2022-02-18 10:47:28 | 今昔物語拾い読み ・ その8

       『 天下の色事師 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 30 - 1 ) 』


今は昔、
兵衛佐(ヒョウエノスケ・内裏の警備等を任務とする兵衛府の次官。)平定文(871? - 923  従五位上。歌人として著名。)という人がいた。通称を平中(ヘイジュウ)という。
素性も賤しくなく、容姿も美しく、風情があり、会話ぶりもしゃれていたので、当時、この平中に勝る者はいなかった。こういう人なので、人妻や娘、いわんや宮仕えの女房で、この平中に言い寄られない者は一人もいなかった。

ところで、その頃、本院の大臣(ホンインノオトド・藤原時平。氏長者。左大臣。)と申す人がおられたが、その家に侍従の君という若い女房がいた。容姿ともに美しく、気立ても優れた女房であった。
平中はいつもこの本院の大臣の許に通っていたので、この侍従
の君のすばらしいことを聞いて、長い間何もかも投げ打ってでもと熱心に言い寄っていたが、侍従の君は手紙の返事さえ寄こさないので、平中は嘆き悲しんで、「せめて、この手紙を『見た』との二文字だけでもご返事をくださいませんか」と書き、さらに「あなたを思って、いつもいつも泣いています」と書いた手紙を遣った。
すると、その持って行かせた使いが返事を持って帰ってきたので、平中はあちらこちらの物にぶつかりながら、その返事を急いで受け取って見てみると、自分が出した手紙の中の、『見た』という部分だけを破り取って、薄様の紙に貼り付けて寄こした物であった。

平中はこれを見ると、いよいよいまいましく、情けないこと限りなかった。
これは二月の晦日のことであったが、「どうにも仕方がない。もう諦めよう。いくら心を尽くしても無駄なことだ」と心に決めて、その後は手紙を遣ることもなく過ごしていたが、五月の二十日過ぎのこと、雨が止むことなく降り続く真っ暗な夜、平中は「そうとはいえ、今夜訪れなたならば、いくら鬼のような心の持ち主であろうとも、『哀れ(この雨の中を気の毒に)』と心を動かすだろう」と思って、夜が更けて雨の音が止むことなく降り続き、真っ暗闇の中を内裏より何とかして本院(時平邸)に行き、侍従の君の局の前に、以前から取り次ぎさせていた童を呼び出して、「思いの苦しさに耐えられず、このように訪れました」と伝えさせた。
すると、童はすぐに返ってきて、「今は、殿の御前では人々はまだ寝ておりませんので、ご主人様は下がることが出来ません。もうしばらくお待ちください。お下がりになればわたしがそっとお知らせします」と言った。
平中は、これを聞くと胸が騒ぎ、「思った通りだ。このような夜に訪ねてきた人を、憎からず思わない人はいるまい。良いときに来たものだ」と思って、暗い戸の隙間に立って隠れて待っていたが、待つ間の長さは何年もに感じられるほどであった。

一時(ヒトトキ・約二時間)ばかり経ち、皆寝ててしまった気配がする頃、奥から人の足音が聞こえ、引き戸の懸け金をそっとはずした。
平中は嬉しくなって近寄って引き戸を引くと、引き戸は軽やかに開いた。夢のような気持ちで、「これは一体どうしたことか」と身震いしながら、嬉しいときにも体は震えるものだと思った。
そこで、高ぶる気持ちを静めて、そっと中に入ると、微かな薫き物の香りが局(ツボネ・部屋)に満ち満ちていた。
平中は歩み寄って、寝所と思われる所を手で探ると、なよやかな着物一重(ヒトカサネ)を着て、横になっている。頭や肩の辺りを探ってみると、頭の様子は細やかで、髪を探ると氷を伸ばしたように冷ややかな感触が手に当たった。
平中は嬉しさで無我夢中になり体が震えて何を言えば良いのか分からずにいると、女は、「そうそう、大切なことを忘れていましたわ。境の障子の懸け金をかけずに来てしまいました。行って懸けてきますわ」と言ったので、平中は、「それはそうだ」と思って、「すぐに行っていらっしゃい」と言うと、女は起きて、上に来ていた着物を脱ぎ置き、単衣に袴だけ着けて行った。

                          ( 以下 ( 2 ) に続く )

     ☆   ☆   ☆ 

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天下の色事師 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 30 - 1 )

2022-02-18 10:47:02 | 今昔物語拾い読み ・ その8

       『 天下の色事師 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 30 - 1 ) 』


     ( ( 1 ) より続く )

その後、平中(ヘイジュウ・平定文のこと)は衣装を脱いで、横になって待っていたが、障子の懸け金を懸ける音が聞こえてきたのに、「もう来るだろう」と思って待っていても、足音が奥の方に行くように聞こえ、戻ってくる足音が聞こえないまま大分時間が経ったので、不審に思い、その障子のもとに行って手で探ってみると、懸け金があった。引いてみると、向かう側から懸けて奥に行ってしまったのだ。そうと知って、平中は言いようもなく悔しく、地団駄踏んで泣き出したいほどであった。茫然として障子のそばに立っていると、無性に悔しくて涙がこぼれ、外の雨に劣らないほどである。

「このように家に入れておきながら騙すとは、何とも悔しいことだ。こんなことだと分かっていれば、一緒について行って懸け金を懸けさせるべきであった。『私の心を試そう』と思って、このようなことをしたのだろう。どれほど愚か者かと思っていることだろう」と思うと、会えなかったことよりも悔しく、腹立たしいこと言いようもない。
されば、「こうなれば、夜が明けてもこの局で寝ていてやろう。そうすれば、ここで寝ていたことが人に知られるだろう」と強気になったが、夜明け方になると、人々が起き出す音がすると、「人目を憚らず出て行くのも、どうしたものか」と思われて、夜が明けぬ前に急いで出て行った。

さて、それより後は、「何とか、あの人の嫌になるようなことを聞き出して、嫌いになりたいものだ」と思ってはみたが、露ほどもそのようなことが聞こえてこないので、ますます恋い焦がれて過ごしているうちに、思いついたことは、「あの人は、まことにすばらしく美しいけれど、便器に排泄する物は、我等と同じような物であるに違いない。それを引っ張り出して見れば、自然と嫌気がさすだろう」と思いつき、「便器を洗いに行く時を窺い、奪い取って中を見てやろう」と思って、さりげない様子で局の辺りを窺っていた。
すると、年の頃十七、八ぐらいで、姿形が美しく、髪は袙(アコメ・女性の肌着で、後に小袿の代わりになった。)の長さに二、三寸ばかり短い女童が、瞿麦重(ナデシコガサネ・表が紅梅で裏が青の重ね。)の薄物の袙を着て、濃い紫の袴を無造作に引き上げて、香染(コウゾメ・黄味をおびた薄紅色。)の薄物に便器を包み、赤い色紙に絵が描かれた扇でさし隠しながら、局から出て行くので、それを見て、大変嬉しくなり、見え隠れについて行き、人目のない所で走り寄り便器を奪い取った。
女童は、泣きながら取られないようにしたが、情け容赦なく奪い取り、走り去って、人気のない家の中に入って、内から鍵をかけると、女童は外に立って泣いていた。

平中が奪い取った便器を見ると、金漆が塗られている。その装飾はふつうの物とは違いとても美しく、開けて見ることが憚られて、しばらく開けずに見守っていたが、「こうしてもおられぬ」と思って、恐る恐る便器の蓋を開けたところ、丁字(南方の樹木の花を原料とした香料。)
の香りが強く匂い、何が何だか分からず不審に思って、便器の中を覗いてみると、薄黄色の水が半分ほど入っている。
また、親指の大きさほどの黄黒い色をした二、三寸ばかりの物が三切ればかりが丸い形をして入っている。「きっと、あれに違いない」と思って見たが、何とも香ばしいかおりがするので、近くにあった木の端で突き刺し、鼻に当ててかいでみると、すばらしく香ばしい黒方(クロボウ・各種の香料を練り合わせた物。)のかおりであった。何とも心憎いほどの仕業だ。
「これは、並大抵の人が出来ることではない」と思い、これを見るにつけても、「何としてもあの人を手に入れたい」と思う心が、狂うように生じた。
便器を引き寄せて、少しすすってみると、丁字のかおりが染みこんでいた。また、先ほどの木に刺して取り上げた物の先を少し嘗めてみると、苦くて甘く、とても香ばしい。

平中は頭の回転が速い者なので、すぐに、「あの尿(ユバリ)として入れた物は、丁字を煮て、その汁を入れたのだ。今ひとつの物は野老(トコロ・やまのいも科の食物。)と練り香を甘葛(アマズラ・甘味料に使われていた。)で練り合わせて、太い筆の柄に入れて、それを押し出した物なのだ」と悟った。そして、こう思うとともに、「こうしたことは、他にもする者がいるだろう。ただ、相手がそれを探し出して見るだろうとまでは思いつくまい。まったく何から何まで良く心の働く人だ。この世の人とも思われない。何としても、この人と一緒にならずにおれるものか」と恋い焦がれているうちに、平中は病気になってしまった。そして、悩み続けたあげく死んでしまった。

まことに馬鹿げたことである。男も女も何と罪深いことであろうか。
されば、「女には、むやみに夢中になるものではない」と、世間の人は非難した、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆  

 

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結ばれぬ愛 ・ 今昔物語 ( 30 - 2 )

2022-02-18 10:46:32 | 今昔物語拾い読み ・ その8

       『 結ばれぬ愛 ・ 今昔物語 ( 30 - 2 ) 』


今は昔、
平定文(全話と同人物)という人がいた。通称を平中(ヘイジュウ)という。たいそうな色好みで、その色好みが最も盛んな頃、平中が[ 欠字あり。「市」らしい。]に出かけた。少し昔は、市に行って女に声をかけたりしたものである。
その日、后の宮(キサイノミヤ・宇多天皇の皇后温子らしい。)に仕える女房たちが市に出かけていたが、平中はその姿を見ると、たちまち興味を抱いて思いが募った。
そこで、屋敷に帰った後、平中が恋文を贈ったところ、女房たちが、「車には大勢乗っていました。誰のへの手紙なのですか」と使いを寄こして尋ねてきたので、平中はこう書いて遣った。

『 モモワキノ タモトノカズハ ミシカドモ ナカニオヒ[ 欠字あり ] 』
( 欠字や誤記があるらしいが、筆者は解読できませんでした。)
この女は武蔵守[ 欠字。氏名が入るが不詳。]という人の娘であった。その人は、濃い緋色の練衣(ネリギヌ・砧で打ったしなやかな絹布の衣。)を着ていた。その人に懸想したのである。
そこで、この武蔵という女房は返事を書き、文を交わすようになった。この武蔵は、姿形がたいそう美しい若い女性であった。しかるべき身分の男たちが何人も懸想していたが、高望みして決まった男はいなかった。ところが、この平中が強く思いを寄せてきたので、女も熱意に負けてしまって、遂に密かに逢ってしまった。

その翌朝、平中は帰っていったあと手紙も遣らなかったので、女は辛い思いで人知れず夕方まで待っていたが、手紙は来ないので、女はその夜「つれないものだ」と思って夜を明かしたが、次の日も手紙が来ない。
その夜もまだ来なかったので、翌朝、仕えている者たちが、「たいそう浮気者だと噂の高いお方に、うかうかと御身をお許しなさるからですよ。そのお方ご自身はお忙しいのでしょうが、お手紙さえお寄越しにならないなんてねぇ」と言うと、女は「わたし自身が思っていることを、他人にまで言われるのは、悔しくて恥ずかしい」と思って泣いた。

その夜も、「もしかすると」と思って待っていたが、やって来なかった。その次の日も使いの者さえ寄こさない。こうして、五、六日が過ぎた。
そのため女は、泣くばかりで、食事さえしなかった。仕えている者たちも嘆いて、「このまま人に知られないようになさいませ。あの人が来ないからと言って、一人でいるわけにもいきますまい。もっと良いご縁を見つけなさいませ」などと進言したが、女は人にも知らせず、髪を切って尼になってしまった。
仕えている者たちはその姿を見て、集まって泣き騒いだが、どうすることも出来ない。
「まことに情けないこの身なので、いっそ『死のう』と思ったが、それも出来なかったので、こういう姿になって仏にお仕えします。もう何も言わないで、騒いだりもしないで」と、尼となった女は言った。

さて、一方の平中が久しく訪れなかった理由であるが、ようやく一夜を共にすることが出来た朝、家に帰り、すぐに手紙を遣ろうとしていたところ、彼が殿上人として常に仕えている亭子の院(テイジノイン・宇多院)より、「急いで参上せよ」とのお召しがあったので、何もかも放り出して、急いで参上すると、そのまま大井川(現在の嵐山辺り。下流は保津川になる。)への御幸のお供に加えられたので、そこで五、六日お仕えしていたのである。
「あの女は、どうしたものかと『怪しいことだ』と思っていることだろう」と心苦しく思ったが、「今日は還御なさる。今日は還御なさる」と聞こえてくるので、「今日こそは帰れる」などと思っているうちに五、六日が過ぎてしまい、ようやく還御なさると、すぐさま、「急いであの女の所に行って、何があったのか申し開きをしよう」と思っているところに人が来て、「このお手紙を差し上げます」と言っているのを覗いて
みると、あの女の乳母の子であった。

平中は、その姿を見ると胸騒ぎがして、「こちらへ」と言って、まず手紙を取って見てみれば、たいそう芳しい紙に切り取った髪をわがねて(曲げて輪にしている)包んである。「おかしいぞ」と思いながら手紙を見ると、このように書かれていた。
『 アマノガワ ヨソナルモノト キキシカド ワガメノマエノ ナミダナリケリ 』
( 世を棄てて尼になるなど 他人事だと思っていましたが 今わたしの姿でした ) 

平中はこれを見るや、目の前が真っ暗になり、心も肝もと取り乱し、使いの者にわけを聞くと、「もう、御髪(オグシ)を下ろされました。そのため、女房たちは大変泣き騒いでおります。この私も、これほど美しい御髪をと、拝見しておりましたので、たいそう胸が痛みました」と、使いの者も泣くので、平中もこれを聞くと涙が落ちて髪を包んでいる紙を開くことも出来なかった。
とはいえ、そのままにしておくわけにもいかず、泣く泣く返事を書いた。
『 世ヲワブル ナミダナガレテ ハヤクトモ アマノカハヤハ ナガメベカラム 』
( あなたが 二人の仲を絶望されたとしても 御髪を切るのは あまりにも早まったことではありませんか )
と書いて、「あまりのことに、茫然としております。自ら早速に参りまして」と書き添えた。

その後、すぐに平中は訪れたが、尼となった女は塗籠(ヌリゴメ・壁で包まれた寝殿造りの一室。ふつうは納戸として使われる。)に閉じ籠もって、何一つ言おうとしなかった。
平中は、仕えている女房たちに会って、涙ながらに、「自分にこのような支障があったことを姫にお知らせもせず、ほんとうに情けのないお心です」と言って帰っていった。
こうしたことになったのも、男に真心がなかったためである。どのような事情があろうとも、「このような事情がある」と言って遣ることは簡単なことなのに、それもしないで、五日も六日も経てば、女が「辛い」と思うのは当然である。
ただ、女に前世の報いがあって、それによってこのように出家したのであろう、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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道ならぬ恋 ・ 今昔物語 ( 30 - 3 )

2022-02-18 10:46:06 | 今昔物語拾い読み ・ その8

       『 道ならぬ恋 ・ 今昔物語 ( 30 - 3 ) 』


今は昔、
近江守[ 欠字。人名が入るが不詳。]という人がいた。家は豊かでたくさんの子供がいたが、その中に娘が一人いた。

その娘は、年はまだ若く、容貌は美しく、髪は長く、振る舞いもすばらしいので、父母はたいそう慈しみ、片時も目を離すことなく大切に育てていたが、高貴な御子や上達部(カンダチメ・上級貴族)など大勢の男が次々と求婚したきた。
しかし、父の守は、身の程もわきまえず、「天皇に奉ろう」と思って、婿取りをせず大切に育てているうちに、この娘は、物の怪を患い何日も経ったので、父母は悲しみに取り乱し、娘のそばに付きっ切りで、あれこれと祈祷などをさせたが、何の験(シルシ)もあらわれないので、途方に暮れていた。
ところが、ちょうどその頃、浄蔵大徳( 891 - 964 。比叡山の他、熊野や金峰山で修業し数多くの霊験が伝えられている。大徳は敬称。 )という優れた霊験を示す僧がいた。実際に祈祷の霊験あらたかなこと仏の如くであったので、世を挙げてこの人を尊ぶこと限りなかった。

そこで近江守は、「あの浄蔵に、娘の病気について加持させよう」と思って、礼を尽くして迎えたので、浄蔵は出かけていった。
守は喜んで、娘の病気快癒を加持させると、たちまち物の怪が現れて、病気は治ったが、「しばらくは滞在していただき、祈祷をしてください」と父母が強く頼んだので、その願いを聞き入れて浄蔵は滞在を続けていたが、そのうちに、少しばかりこの娘の姿を浄蔵は見てしまい、たちまち愛欲の情が湧き起こり、その他のことはまったく考えられなくなった。
また、娘もその気配を感じ取ったようで、数日を過ごしているうちに、どのような隙があったのか、遂に契りを結んでしまった。

その後、この事を隠そうとしたが、いつしか人に知られることになり、世間にも広まってしまった。そこで、世間の人は、この事をいろいろと取り沙汰するようになり、それを聞いて浄蔵は恥じて、その家に行かなくなった。
そして、「私はこのような悪評を受けてしまった。もう、世間に顔向けできない」と言って、何処へともなく姿を隠し、消息を絶ってしまった。恥ずかしく思ったからであろう。

その後、浄蔵は、鞍馬山という所に深く籠もって、ひたすら修業に没頭していたが、前世の因縁が深かったのか、常にあの病気の娘の姿が思い出されて、恋慕の心を押えることが出来ず、修業も上の空となった。
そうした時、浄蔵は横になっていたが、ふと起き上がってみると、そばに手紙があった。付き従っていた一人の弟子の法師に、「これは誰からの手紙だ」と尋ねると、知らないと答えるので、浄蔵はその手紙を取って開いてみると、あの自分が恋い焦がれている娘の手による物であった。
「どうしたことだ」と思って読んでみると、こう書かれていた。
『 スミゾメノ クラマノ山ニ イル人ハ タドルタドルモ カヘリキナナム 』
( 鞍馬山の 奥深くに入ってしまった人よ 何とか道を探し探しして 帰ってきて欲しいものです )
とあった。

浄蔵はこれを見ると、大変怪しく思い、「これは、誰を使いにして持ってこさせたのだろう。持ってくる手立てがあるとは思えない。不思議なことだ」と思って、「いまはあの娘に夢中になることは止めて、ひたすら修業に励もう」と思ったが、どうしても愛欲の情に勝つことが出来ず、その夜、密かに京に出て、あの娘の家に行き、慎重に「自分が来ている」ことを娘に伝えてもらうと、娘は密かに浄蔵を中に呼び入れて契った。そして、夜のうちに鞍馬に帰っていった。
ところが、浄蔵の思いはさらに強くなり、娘のもとに密かに言い送った。

『 カラクシテ オモヒワスルル コヒシサヲ ウタテナキツル ウグヒスノコエ 』
( 修行に励んで ようやく忘れかけていた あなたへの思いを また思い募らせることになった 鶯の鳴き声{手紙}よ )
と。
その返事に娘は、
『 サテモキミ ワスレケリカシ ウグヒスノ ナクヲ
リノミヤ ヲモヒイヅベキ 』
( さては あなたはわたしのことなど すっかり忘れておられたのですね 鶯の鳴き声で ようやくわたしを思い出されたとは 情けないことです )
と書かれていたので、また浄蔵は、
『 ワガタメニ ツラキ人ヲバ ヲキナガラ ナニノツミナキ ミヲウラムラム 』
( あなたは 私に辛い思いをさせましたのに あなた自身のことは置いていて 何の罪もない私を 一方的に恨むのですか )
と言い遣った。

このように、手紙のやりとりが何度も行われたので、二人のことは、すっかり世間の知ることとなった。
そこで、近江守は、これまでこの娘を格別大切にして、高貴な御子も上達部も言い寄ってくるのを拒絶し、「女御に奉ろう」と思っていたが、こう噂が広がってしまっては、親も相手にしなくなり、遂には世話をしなくなってしまった。

これは、女の心が浅はかなためである。浄蔵が心を尽くして思いを打ち明けたとしても、女が相手にしなければ、結ばれることはないのだ。
されば、「女の心がけのつたなさゆえに、自分の一生を無駄にしてしまったのだ」と、世間の人は取り沙汰した、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆ 

* 現代の感覚からすれば、あまりにも娘が気の毒で、世間の声は不公平に思われますが、時代と、僧侶を敬うという背景ゆえと考えられます。
ただ、この娘がたいそう色好みであったという伝承もあるようです。

     ☆   ☆   ☆

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悲運の女 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 30 - 4 )

2022-02-18 10:45:21 | 今昔物語拾い読み ・ その8

       『 悲運の女 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 30 - 4 ) 』


今は昔、
中務の大輔(ナカツカサノタイフ・中務省の次官。正五位。)[ 欠字。氏名が入るが不詳。]という人がいた。男の子が無く、娘が一人だけいた。
家は貧しかったが、兵衛の佐(ヒョウエノスケ・兵衛府の次官。五位。)[ 欠字。氏名が入るが不詳。]という人を、娘に娶せ婿として年月を送っていたが、貧しい中をやりくりして世話をしたので(当時は、女の実家が男の装束などを調えた。)、婿も娘のもとを去りがたく思っていた。
ところが、中務の大輔が亡くなると、母堂一人となっては何かと心細く思っていたが、その母堂も続いて病気になり、長らく病床に伏す状態となった。娘は、たいそう嘆き悲しんでいたが、その母堂も亡くなってしまい、娘は一人残されて、泣き悲しんだがどうすることも出来ない。
 

やがて、使用人も皆いなくなったので、娘は夫の兵衛の佐に、「親が生きておりました時は、何とかやりくりしてお世話をしてきましたが、このように貧しい状態になりましては、それも叶わぬことになりました。宮仕えは、見苦しいお姿では務まりません。これからは、いかようにもあなたの良いようになさいませ」と言った。
男は哀れに思い、「どうしてお前を見棄てたり出来ようか」などと言って、なお共に住んでいたが、着る物などが日ごとにみすぼらしくなっていくので、妻は、「他の女とお過ごしになられても、もしわたしを愛おしく思われました時には、どうぞ、おいでください。このような様子では、どうして宮仕えが務まりましょうか。あまりにも見苦しゅうございます」と強く勧めたので、男は遂に去って行った。

そのため、女はたった一人となり、いよいよ哀れで、心細いことこの上なかった。家もがらんとしていて他に誰もいなくなり、只一人残っていた女童も、着せる物もなく、食事さえままならぬ状態になり、とうとう出て行ってしまった。
夫であった男も、初めのうちこそ「かわいそうだ」と言っていたが、他の女の婿となると、手紙さえ寄こすことがなくなり、訪ねてくることなど全くなかった。
そのため女は、壊れた寝殿の片隅で、みすぼらしく、ひっそりと一人で過ごしていた。

その寝殿の別の端には、年老いた尼がいつの間にか住みついていたが、この家の女を哀れに思い、時々果物や食べ物などがあると、持ってきては与えてくれたので、そのお陰で年月を送っていた。
ある時のこと、この尼のもとに、近江国より長宿直(ナガトノイ・この頃、荘園から京の領主のもとに、長期にわたって侍として宿直当番を務めた。)という役に当たって、郡司の子である若い男が上京してきて宿を取り、その尼に、「暇に過ごしている女童でも世話してくれないか」と頼むと、尼は、「私は年を取っていて外歩きもしませんので、女童のいる所を知りません。ただ、この屋敷には、たいへん美しい姫君がたった一人で寂しく暮らしています」と言うと、男は興味を示して、「その人を私に会わせてください。それほど心細くお過ごしになるよりは、ほんとうに美しいのであれば、国に連れて帰って妻にしよう」と言ったので、尼は「それならば、お話ししてみましょう」と引き受けた。

男は、こう言い始めてからは、まだかまだかとしきりに催促するので、尼はその女のもとに果物などを持って行ったついでに、「このように、いつまでもこのままというわけにはいきますまい」などと言った後で、「わたしのもとに、近江国より然るべき人の子が上京してきていますが、その方が『そのように一人で暮らされるより、国にお連れしたいものだ』と熱心に申されています。ぜひ、そうなさいませ。このような寂しいお暮らしより、ねぇ」と言ったが、女は、「どうして、そのようなことが出来ましょうか」と答えるので、尼は引き返した。

男は、この女のことがしきりに気になって、その夜、弓などを持ってその辺りを歩き回っていると、犬が吠えて、女はいつもより不気味に思われ心細い思いをしていた。
夜が明けると、尼がまた訪ねていくと、女は、「昨夜はとても不気味で心細い思いをしました」と言うので、尼は、「だから申し上げましたでしょう。『あのように申されているお方と一緒に下向なさいませ』とね。このままでは、辛いことばかりでございますよ」と取りなしたので、女は、「ほんとうにどうすれば良いのでしょう」と思案しているようなのを尼は見て、その夜、こっそりと男を部屋に入れさせた。

                         ( 以下 ( 2 ) に続く )

     ☆   ☆   ☆ 

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悲運の女 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 30 - 4 )

2022-02-18 10:44:19 | 今昔物語拾い読み ・ その8

       『  悲運の女 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 30 - 4 ) 』

     ( ( 1 ) より続く ) 

さて、その後は、男は女に夢中になった。男にとって京の女は初めてのことなので、離れがたく思って、近江国に連れて下ったが、女も「こうなれば仕方がない」と思って、一緒に下っていった。
ところが、この男は本国に妻を持っていて、妻の親の家に住んでいたので、その本妻がひどく嫉妬して騒ぎ立てたので、男は京から連れてきた女のもとには寄りつかなくなってしまった。
そのため、京から下ってきた女は、男の親である郡司のもとで使われていたが、その国に新しい国司が下ってくるというので、国を挙げて大騒ぎになっていた。

やがて、「すでに新しい守の殿が到着された」という声が聞こえてくると、この郡司の家でも騒ぎ合って、果物や食物などを立派に調えて、国司の館に運んだ。郡司は、京から来た女を「京の」と呼んでずっと使っていたが、この日は国司の館に物を運ぶのに大勢の人を必要としたので、この「京の」にも物を持たせていかせた。

さて、新任の守は館
において、大勢の男女の下人が物を持ち運ぶのを見ていたが、その中で「京の」が他の下人とは違って、何とはなく風情があり上品に見えたので、守は小舎人童を呼んで、密かに「あの女はどういう者なのか。それを聞いて、夕方連れてこい」と命じた。
小舎人童が尋ねると、「然々の郡司に仕えています」と言うのを聞いて、郡司に、「守の殿がご覧になって、このように仰せられました」と言うと、郡司は驚いて家に帰り、「京の」に湯浴みさせ、髪を洗わせて、念入りに磨き立てて、自分の妻に、「これを見ろ、『京の』が着飾った姿のなんと美しいことよ」と言った。

そしてその夜、立派な着物を着せて守に奉った。
ところが、何とこの守は、この「京の」のもとの夫の兵衛の佐だった人が出世していたのである。
守は、この女を近く召し寄せて見ているうちに、どこかで見たことがあるような気がしてならないので、そのまま抱き寄せて臥したが、何とも懐かしい思いがした。
そこで、「お前はどういう者なのか。どうも昔見たことがあるように思うが」と言ったが、女は昔の夫だと気づかず、「わたしはこの国の者ではありません。以前は京におりました」とだけ答えた。
守は、「京の者が下ってきて、郡司に雇われているのだろう」などと思ったが、女の美しさに惹かれて、毎夜毎夜召し出していたが、前にも増して不思議に愛おしく、昔会ったことがあるように思えて、守は女に、「それにしても、京ではどういう暮らしをしていたのか。前世の因縁なのか、『何とも愛おしい』と思えてならない。隠さず話しなさい」と言えば、女は隠しきれず、「実は然々の者でございます。あなた様が昔の夫のゆかりの方ではないかと思いまして、いつもは口にしませんでしたが、強いてのお尋ねでございますので、申し上げます」と、ありのままを語って泣いた。
守は、「それだからこそ、不思議に思えたのだ。私の昔の妻だったのだ」と思うと、胸が詰まり、涙がこぼれるのを、強いて抑えて、さりげなく振る舞っていると、湖の波の音が聞こえてきた。女がそれを聞いて、「あれは何の音でしょうか。恐ろしい」と言ったので、
守は、
『 コレゾコノ ツヒニアフミヲ イトヒツヽ 世ニハフレドモ イケルカヒナシ 』
( これは近江の湖の波の音です 二人は遂には逢う身でありながら 互いに避けて 別れ別れに暮らしてきたが それでは生きている甲斐もありません )
と詠んで、
「私は、間違いなくお前の夫ではないか」と言って泣くと、女は、「それでは、あなた様はわたしのもとの夫だったのですね」と思い至るや、恥ずかしさに堪えられなかったのか、何も言わず、どんどん体が冷えすくんでいった。
守は、「どうしたことか」と言って大騒ぎしているうちに、女は死んでしまった。思うにつけ、何とも哀れなことである。

女は、「昔の夫だったのだ」と気づくや、わが身の前世からの因縁が思いやられ、恥ずかしさに堪えられずに死んでいったに違いない。
男は、考えが足りなかったのだ。それを明かさずに、ただ大切にしてやればよかったのだ、と思われる。
この話について、女が死んだ後のことはどうなったか分からない、
となむ語り伝へたるとや。

     
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