雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

忘れる草と忘れない草 ・ 今昔物語 ( 31 - 27 )

2024-06-16 08:01:18 | 今昔物語拾い読み ・ その8

      『 忘れる草と忘れない草 ・ 今昔物語 ( 31 - 27 ) 』


今は昔、
[ 欠字。不詳 ]の国[ 欠字。不詳 ]の郡に住んでいる人がいた。
男の子が二人あったが、その父が亡くなったので、その二人の子が恋い悲しむことは、年を経ても忘れることがなかった。

昔は、亡くなった人を土葬にしたので、この父も土葬にして、二人の子は父が恋しくなった時には、連れ立ってその墓に行き、涙を流して、我が身の憂いも嘆きも、生きている親に話すように話してから帰っていった。

やがて、いつしか年月が流れ、この二人の子は朝廷に仕えるようになり、私事を顧みる隙もなくなったので、兄は、「私はこのままでは思い[ 欠字。「きる」といった意味の言葉か? ]そうもない。萱草(カンゾウ・ワスレナグサ科の多年草。やぶかんぞう。)という草は、それを見た人は思いを忘れてしまうそうだ。されば、その萱草を墓の辺りに植えてみよう」と思って、植えたのである。

その後、弟は常に兄の家に行き、「いつものようにお墓に行きましょう」と誘ったが、兄は都合の悪いことが多く、一緒に行くことがなくなった。
そこで、弟は兄を、「実に嘆かわしい」と思って、「私たち二人は、父親を恋しく思うことをより所として、日を暮らし夜を明かしてきたのだ。兄はすでに父のことを忘れてしまっているが、自分は決して親を恋しく思うことを忘れたりしない」と思って、「紫苑(シオン・キク科の草木。)という草は、それを見た人は心に思うことは忘れないということだ」と思いつき、紫苑を墓の辺りに植えて、常に行っては見ていたので、いよいよ忘れることがなかった。

このようにして年月を過ごしていくうちに、ある時、墓の中から声がして、「我は、お前の父の骸(カバネ)を守っている鬼である。何も怖がることはない。我はお前も又守ってやろうと思う」と言った。
弟はこの声を聞いて、「とても怖ろしい」と思いながら、何も答えないで聞いていると、さらに鬼は、「お前が父を恋しく思うことは、年月を経ても変わることがない。兄も同じように恋い悲しんでいるように見えたが、思いを忘れる草を植えて、それを見てすでに思い通りになった。お前もまた紫苑を植えて、またそれを見てその通りになった。されば、我は、父を恋うお前の志の並ならぬ事に感動した。我は鬼の身を得ているとはいえ、慈悲の心があるので、物を哀れむ心が深い。また、その日のうちの善悪の事を明らかに知ることが出来る。されば我は、お前のために、見える物がある。夢で以て必ず知らせてやろう」と言うと、その声が止んだ。
弟は、涙を流して喜ぶこと限りなかった。

その後は、その日のうちに起る事を、夢で見る事と間違いがなかった。身の上に起る様々な善悪の事をはっきりと予知した。これは、父を恋しく思う心が深いが故である。
されば、嬉しい事のある人は紫苑を植えて常に見るべし、憂いのある人は萱草を植えて常に見るべし、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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