『 宣耀殿の女御 ・ 望月の宴 ( 38 ) 』
円融院の御法事は、三月二十八日に、そのまま同じ院(円融寺)にて催された。殿上人(院の殿上人)などで、長年、院のご愛顧を受けておられた方々には、一条帝から格別のご配慮があるに違いない。
そして、その年のうちに、右大臣(為光。兼家の異母弟。)が太政大臣になられた。
右大臣には、六条の大納言(源重信)が就かれた。土御門の左大臣(源雅信)のご兄弟である。
東宮(居貞親王)は十五、六歳ばかりであられたが、ある僧が経を尊く読誦したので、常に夜居(ヨイ・僧が加持祈祷のため寝所近くに詰めること。)させられて、世間話などさせるついでに、小一条殿(藤原済時)の姫君の御事をお聞かせ申し上げたところ、東宮は、姫君のことがお耳に留まり関心を持たれ、この僧を毎夜お召しになっては経を読誦させ、夜の世間話の折には、この小一条の事ばかりを話題にされて、「この事が必ずうまくいけば良いのだが」などと、たいそう真剣に仰せられであった。
この事を、僧が大将(済時)に申し上げたので、大将は、「このまま放っておくわけにはいくまい。花山院からの申し出の時はうまく逃げることが出来たのだ。帝はとても若年(この時十二歳)でいらっしゃるうえに、内裏には中宮(定子)までいらっしゃるので、何かと気を使わされる。東宮には、麗景殿(レイケイデン・兼家の娘 綏子)が参られているが、それは辛抱しよう(綏子の父兼家はすでに亡くなっている)」などと思われて、その支度を急がれる。
この姫君(娍子)は、十九歳ばかりでいらっしゃった。
いくらかの御調度品などは、先帝(村上帝)の御時に、この大将の御妹である宣耀殿女御を村上帝がたいそう可愛がられ、多くの御調度品を作ってお与えになられた。
それらの物は、御櫛の筥(オンクシノハコ・櫛など化粧品を入れる箱。)をはじめ屏風などに至るまで、まことに立派に保存されておいでなので、そうした御調度類は支度の必要がないので、ただ姫君の御装束と女房の装束ばかりをご用意なられる。
姫君の御母上は、枇杷の大納言延光(源氏)という御方の娘であられるので、東宮とのご縁もすっきりとお似合いである。(東宮も姫君も四代遡れば醍醐天皇に繋がる。)
ところで、村上帝は箏の琴(ソウノコト・十三絃の琴)の名手であられましたが、宣耀殿女御にご伝授なさいましたが、その折、この大将殿(済時)にもお教えになられました。
大将殿はこの姫君に箏の琴を教えられましたが、その腕前は御父上をすでに上回り、さらに当世風の華やかさも加えられ、実にすばらしいものだそうでございます。
妹の中の君(のちに敦道親王の室。)には、琵琶を習わせたそうでございます。
大将殿は、姫君をそれはそれは大切に養育なさいましたが、妹の中の君とはお扱いに相当の差があったようでございます。
そのようなこともありまして、中の君は祖母である師尹殿の北の方が引き取って養育なさいました。そのお方は高齢でいらっしゃいましたので、中の君には婿取りして良い北の方にと思われておりましたが、大将殿が同意なさらないので、たいそうご不満とのことでございます。
一方、姫君の方は、準備をお急ぎになり、十二月の初めに東宮妃として入内なさいました。以前に、大将殿の妹芳子さまが、宣耀殿女御として村上帝に入内したことを思い出されましてか、同じように宣耀殿にお住まいになられました。
そうした甲斐がありまして、姫君は東宮の御寵愛一方ならぬとのことでございます。
大将殿のお喜びは大きく、これで、わが大切な娘をおろそかに思うものなど誰もいるまいと思われ、また口にもされているとのことでございます。
麗景殿女御は、東宮の御寵愛がそれほどでもないとのお噂でございますが、ただ、この御方は、何かと華やかで親しみやすく振る舞われるとのことで、その御殿は気安くお話しできる場所として、殿上人などは見ているとのことでございます。
一方、宣耀殿女御の御殿は、たいそう奥深く気の張る所と取り沙汰されているようでございます。
この宣耀殿女御の御兄は、このころ内蔵頭(クラノカミ・内蔵寮の長官。従五位下相当。)に任じられておりました。(「通任」らしいが、その場合は弟になる。)
このお方は、父の大臣(済時)殿にはあまり似ておいでではなく、実におっとりとしたお方だと皆様が申されております。長命君という侍従でいらっしゃったお方(相任。従五位下侍従。十六歳の時に出家している。)は、出家してしまわれたので、父の大臣殿は、「今、この子がいて、あの子がいないのが残念なことだ。姫君が東宮に入内されたこうしたときに、長命君が居ればどれほど良かったことか」とお嘆きのご様子でございます。
済時殿の甥の実方の中将殿は、たいそう風流なお方として知られておりますが、その中将殿を宣耀殿女御は何かにつけお引き立てなさっておりますが、ただ今は、この上ないご身分となられておりますので、入内の甲斐があるということでございましょう。
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