雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

大臣と女の霊 ・ 今昔物語 ( 14 - 4 )

2020-02-29 15:22:49 | 今昔物語拾い読み ・ その4

          大臣と女の霊 ・ 今昔物語 ( 14 - 4 )

今は昔、
奈良に都があった頃、聖武天皇の御代に、都の東に一人の女がいた。容姿がたいへん美しい女だったので、天皇はこの女を召し出して、一夜契りを結ばれたが、お気に召されたのであろう、金(コガネ)千両を銅(アカガネ)の箱に入れて下賜された。女がこれを賜った後、いくばくも経たないうちに天皇は崩御された。
また、女もそれからしばらくして亡くなったが、女はその時、「この千両の金を、私が死んだ後には必ず墓に埋めてください」と言い残した。されば、遺言通りにこの銅の箱に金を入れて墓に埋めた。

ところで、東の山に石淵寺(イワブチデラ)という寺があった。その寺に参詣する人は一人として帰ることなく死んでしまう。それで世間の人は誰もお参りしない。人々は大変恐ろしいことと思っていた。
その頃、吉備の大臣(キビノオトド・吉備真吉備)という人がいた。その人がその石淵寺に参って、その噂のことを確かめてみようと思って参詣した。夜にただ一人でそのお堂に入って、仏の御前に座っていた。この大臣は、陰陽道の達人なので、このように恐れることがなかったのである。
そして、身を呪術で固め心を静めて座っていると、真夜中頃に、ふつうでない恐ろしげな心地がしてきた。お堂の後ろの方から風が吹いてきたと思うと辺りの様子が変わり、物の怪がやって来るような気配がした。

大臣は、「さては噂通りだ。鬼が出てきて人を食うのだな」と思って、いっそう心を引き締め身を固め呪文を唱えていると、後ろの方から一人の美しい姿をした女が静かに歩み寄ってきた。灯明の光で見てみると、まことに怖ろしくはあるものの、その姿は何とも美しい。少し離れて横向きかげんに座っている。
しばらくすると、女は大臣に話し始めた。「わたしは、申し上げたいことがあって、ここ数年このお堂に来ているのですが、人は私の姿を見て怖れをなし、皆死んでしまいます。わたしは決して人を殺そうとは思っておりませんが、人々の方が勝手に怖気ずいて死んでしまうことがたび重なっております。ところが、あなた様は少しも怖気ずくことがございません。わたしは、たいそう嬉しゅうございます。わたしが長年思い願っていた事をあなた様にお話しいたしましょう」と。

大臣は、「あなたが思い願っている事とはどういうことか」と訊ねた。
女の霊が答えた。「わたしは、これこれの所に住んでおりました。生きておりました時、天皇のお召しにより、ただ一度契りを結びました。そして、天皇はわたしに千両の金を下さいました。わたしは、生きている時にはその金を使うことなく、死ぬ時に、『その金を墓に埋めてください』と遺言しましたので、金は墓に埋められました。わたしは、その金に執着する罪によって、死後、毒蛇の心を受けて、その金を守り墓の周りを離れずにいるのです。そのため、量り知れないほどの苦しみを受け、とても堪えられない思いでございます。その墓は、これこれの所にあります。このままでは、いくら経っても蛇身から逃れることが出来ません。ですから、あなた様、どうかその墓を掘って、その金を取り出して、五百両を以って法華経を書写供養してわたしをこの苦しみからお救い下さい。あとの五百両はお力添えのお礼としてあなた様のものとしてお使いください。この事を告げようと思ってきましたが、どなたもわたしの姿を見て怖気ずいて死んでしまうので、今までお話することが出来ず嘆いておりましたが、幸いにもあなた様にお会いして申し上げることが出来ました。嬉しい限りでございます」と。
大臣は、女の話を聞いて、女の霊の願いを承知した。女の霊は喜んで帰っていった。
やがて、夜が明けたので大臣も帰った。大臣が帰ってきたのを見聞きした人は、大いに驚き、「やはりこの人はただの人ではない」と言って褒め称えた。

大臣は、その後、多くの人を集めて、さっそく女の霊が話した墓を捜して、その場所に行き墓を掘らせた。人々はこれを見て、「墓を掘るなどすれば、必ず祟りがある。どうしてこのような事をするのか」と言い合った。
それでも大臣は、気にすることなく墓を壊し地面を掘って行くと、土の下に大きな蛇が墓に巻きついていた。大臣は蛇に向かって言った。「昨夜、はっきりとお話されたことがあるので、その約束を果たすためにこのように墓を壊したのに、どうして、あなたはここから出て行かないのか」と。
蛇は大臣の言葉を聞いて、すぐさまそこから這って去り姿を隠した。そのあとを見ると、一つの銅の箱があった。箱を開けてみると、砂金千両が入っていた。
そこで大臣は、それを取り、さっそく法華経を書写し、大々的に法華講を営み、定められたとおりに立派な供養を行った。お礼にと言っていた分を残さず、すべてを供養にあてた。 

その後、大臣の夢の中に、あの石淵寺で現れた女の霊が、実に美しい衣装を身につけ、光を放って、大臣の前にやって来て、笑みをたたえて大臣に告げた。「わたしは、あなたが広大なお慈悲によって法華経を書写し供養してくださいましたことにより、今、蛇身を棄てて兜率天(トソツテン・天上界の一つ。内院は弥勒の浄土。)に生まれようとしています。この御恩は、未来永劫忘れることはございません」と。そして、大臣に礼拝して、大空に飛び上がって行った、と思ったところで夢から覚めた。

大臣はその後、大変哀れで尊いことと思われて、この事を広く世間に語られた。これを聞いた人は、まことに法華経の霊験が殊勝であらたかなことを尊んだのである。また、この大臣のことを世間の人はたいへん褒め称えた。
そして、あの女の霊が、法華経の利益を蒙ることができたのは、もともとそうなるべき宿縁が深かったから、この大臣に会うことが出来たのであろう。同じように、大臣もまた、前世の宿縁が深かったからこそ女の霊を救ったのであろう。

されば、この話を知った人は、多くの人に勧めて、みな心を合わせて善根を修めるべきである。というのも、大臣と女の霊は前世からのよい仏門の友であったのだろう。また、何といっても法華経を書写し奉る功徳は、経に説かれていることと少しも違うところがない。このように、兜率天に生まれたということは、まことに尊いことである。
されば、あの女の霊が住んでいた所を一夜半(ヒトヨワ・所在不明)と名付けられたのである。天皇が女とただ一夜お寝になっただけで金(コガネ)を賜ったので、一夜半というのであろう。
今でも、奈良の京の東にその場所はあると聞いている。あの石淵寺もその東の山にあった。

この事は、確かに記録されていた話を見て、
かく語り伝へたるとや。

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