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正雄くんは、夜中に目を覚ましました。
何か夢を見ていたらしいのですが、どんな夢だったのか分かりません。ただ、夜中なのに目がぱっちりとしているのです。
最初は朝だと思ったのですが、目覚まし時計は十二時を少し過ぎているだけです。それに、春休みなので学校に遅れる心配もありません。
正雄くんは、ベッドからおりて部屋を出ました。トイレへ行こうと思ったからです。
正雄くんの部屋もお姉ちゃんの部屋も二階にありますが、トイレは一階なので、足音を忍ばせるようにして階段を下りました。みんなを起こしてはいけないと思ったからです。
トイレを出て、部屋に戻ろうと階段に足をかけた時、話し声のようなものが聞こえました。お仏壇のある部屋の方からでした。その部屋は日本間で、お母さんが寝ているのです。
正雄くんは足音を忍ばせて、その部屋に近づきました。柱とふすまの間から明かりがもれています。正雄くんは目を隙間につけるようにして中をのぞきました。
お仏壇が半分見えました。その前にお母さんがうずくまるようにして座っています。肩や背中が揺れています。とぎれとぎれに声が聞こえます。
「お母さんが泣いている・・・」
正雄くんはふすまを開けようと手をかけましたが、思いとどまりました。なんだか、お母さんの秘密を見てしまったような気がしたからです。
正雄くんは、そっと離れました。下りる時よりももっと慎重に足音を忍ばせて階段を上りました。自分の部屋に入ろうとしましたが、何だかこのまま眠れそうもない気がして、このことをお姉ちゃんに話そうと思いました。
お姉ちゃんの部屋のドアを、そっとノックしました。返事はありません。こんな時間だから寝ているのは当たり前だと思いました。それに、強くノックをするとお母さんに聞こえてしまうので、小さくしか出来ません。
勝手に中に入ってお姉ちゃんを起こすか、話すのは朝にしようかと迷っていると、突然ドアが開きました。
「マーくん・・・。どうしたの?」
眠そうな顔のお姉ちゃんが立っていました。
「お母さん、泣いているよ」
正雄くんが助けを求めるように、お姉ちゃんにささやきました。
お姉ちゃんは、階段の方をうかがうように見てから、正雄くんの手をひっぱりました。部屋のドアを静かに閉めてから、電灯を明るくしました。
「どうしたの、こんな時間に・・・」
「うん。おしっこに行ったら、お母さんの部屋から声が聞こえたんだ。そっと、のぞいたら、お母さん、泣いていたんだ・・・」
「お仏壇の前で、でしょう?」
「うん・・・。でも、どうして知ってるの?」
「あたしも、前に見たのよ。お母さんが、お仏壇の前で泣いてるのを・・・」
道子さんは、正雄くんを座らせました。そして、肩を寄せあうようにして自分も座りました。床にはカーペットが敷かれているので、冷たくはありません。
「ねえ、マーくん。お母さんは、悲しいのよ。お昼の間は、お仕事もあるし、あたしたちがいるから元気にしているのよ。でもね、夜になると、お父さんのことを思いだすのよ。そして、悲しくなって泣いているのよ」
「ふうーん・・・」
「ねえ、マーくん。マーくんも悲しいのでしょうけれど、元気出さないとだめよ。だって、一番悲しいのはお母さんよ、きっと・・・」
「ぼくが・・・、ぼくが悪いんだ・・・」
「えっ?」
「ぼくが悪いんだよ。ぼくがお父さんを死なせてしまったんだ・・・」
「ええっ? 何を言ってるの、マーくんが悪いことなど、何もないよ」
「ううん、ぼくのせいなんだ、お父さんが死んじゃったのは・・・。ぼくがお父さんを怒らせたから・・・、ぼくがわがままを言ったから、お父さんは死んじゃったんだ・・・。ぼくが、お母さんや、お姉ちゃんを悲しくさせてしまったんだ・・・」
正雄くんは泣きじゃくりながら、ずっと心に秘めていたことをしゃべり続けました。
道子さんは返答に困り、正雄くんの顔を見ながら激しく首を横に振りました。道子さんの頬にも、涙が流れていました。
正雄くんは、夜中に目を覚ましました。
何か夢を見ていたらしいのですが、どんな夢だったのか分かりません。ただ、夜中なのに目がぱっちりとしているのです。
最初は朝だと思ったのですが、目覚まし時計は十二時を少し過ぎているだけです。それに、春休みなので学校に遅れる心配もありません。
正雄くんは、ベッドからおりて部屋を出ました。トイレへ行こうと思ったからです。
正雄くんの部屋もお姉ちゃんの部屋も二階にありますが、トイレは一階なので、足音を忍ばせるようにして階段を下りました。みんなを起こしてはいけないと思ったからです。
トイレを出て、部屋に戻ろうと階段に足をかけた時、話し声のようなものが聞こえました。お仏壇のある部屋の方からでした。その部屋は日本間で、お母さんが寝ているのです。
正雄くんは足音を忍ばせて、その部屋に近づきました。柱とふすまの間から明かりがもれています。正雄くんは目を隙間につけるようにして中をのぞきました。
お仏壇が半分見えました。その前にお母さんがうずくまるようにして座っています。肩や背中が揺れています。とぎれとぎれに声が聞こえます。
「お母さんが泣いている・・・」
正雄くんはふすまを開けようと手をかけましたが、思いとどまりました。なんだか、お母さんの秘密を見てしまったような気がしたからです。
正雄くんは、そっと離れました。下りる時よりももっと慎重に足音を忍ばせて階段を上りました。自分の部屋に入ろうとしましたが、何だかこのまま眠れそうもない気がして、このことをお姉ちゃんに話そうと思いました。
お姉ちゃんの部屋のドアを、そっとノックしました。返事はありません。こんな時間だから寝ているのは当たり前だと思いました。それに、強くノックをするとお母さんに聞こえてしまうので、小さくしか出来ません。
勝手に中に入ってお姉ちゃんを起こすか、話すのは朝にしようかと迷っていると、突然ドアが開きました。
「マーくん・・・。どうしたの?」
眠そうな顔のお姉ちゃんが立っていました。
「お母さん、泣いているよ」
正雄くんが助けを求めるように、お姉ちゃんにささやきました。
お姉ちゃんは、階段の方をうかがうように見てから、正雄くんの手をひっぱりました。部屋のドアを静かに閉めてから、電灯を明るくしました。
「どうしたの、こんな時間に・・・」
「うん。おしっこに行ったら、お母さんの部屋から声が聞こえたんだ。そっと、のぞいたら、お母さん、泣いていたんだ・・・」
「お仏壇の前で、でしょう?」
「うん・・・。でも、どうして知ってるの?」
「あたしも、前に見たのよ。お母さんが、お仏壇の前で泣いてるのを・・・」
道子さんは、正雄くんを座らせました。そして、肩を寄せあうようにして自分も座りました。床にはカーペットが敷かれているので、冷たくはありません。
「ねえ、マーくん。お母さんは、悲しいのよ。お昼の間は、お仕事もあるし、あたしたちがいるから元気にしているのよ。でもね、夜になると、お父さんのことを思いだすのよ。そして、悲しくなって泣いているのよ」
「ふうーん・・・」
「ねえ、マーくん。マーくんも悲しいのでしょうけれど、元気出さないとだめよ。だって、一番悲しいのはお母さんよ、きっと・・・」
「ぼくが・・・、ぼくが悪いんだ・・・」
「えっ?」
「ぼくが悪いんだよ。ぼくがお父さんを死なせてしまったんだ・・・」
「ええっ? 何を言ってるの、マーくんが悪いことなど、何もないよ」
「ううん、ぼくのせいなんだ、お父さんが死んじゃったのは・・・。ぼくがお父さんを怒らせたから・・・、ぼくがわがままを言ったから、お父さんは死んじゃったんだ・・・。ぼくが、お母さんや、お姉ちゃんを悲しくさせてしまったんだ・・・」
正雄くんは泣きじゃくりながら、ずっと心に秘めていたことをしゃべり続けました。
道子さんは返答に困り、正雄くんの顔を見ながら激しく首を横に振りました。道子さんの頬にも、涙が流れていました。
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