『 灰地獄に堕ちた男 ・ 今昔物語 ( 20 - 30 ) 』
今は昔、
和泉国和泉郡の下の痛脚村(シモのアナシムラ・泉大津市辺りか?)に一人の男がいた。
邪見(よこしま)な心の持ち主で、因果の道理を知らない。常に鳥の卵を求めて、焼いて食う事を日常としていた。
さて、天平勝宝六年( 754 )という年の三月の頃、見知らぬ人がこの男の家にやって来た。その姿を見ると、兵士の格好をしている。
その人は、この男を呼び出して、「国司殿がお前をお召しだ。速やかに私について参れ」と言った。
そこで男は兵士について行ったが、その兵士をよく見ると、腰に四尺ばかりの札を付けている。やがて郡内の山真(ヤマタエ・山直とも)の里まで来ると、山の辺りに麦畠があったが、その中に男を押し入れ、兵士は見えなくなった。
畠は一町(百メートル四方ほど)余りの広さである。麦は二尺(六十センチ余り)ばかりになっている。その時、突然地面が火の海となり、足の踏み場もなくなった。そこで、畠の中を走り回って、「熱いよう、熱いよう」と叫び続けた。
その時、村人が薪を取りに山に入ろうとしていたが、ふと見ると、畠の中を泣き叫びながら走り回っている男がいた。
村人はこれを見て、「奇異なことだ」と思って、山から下りてきて男を捕らえて引き出そうとしたが、男は抵抗して引き出されないようにする。それを力いっぱい引っ張って畠の外に引きずり出した。男は地面に倒れ伏した。
しばらくすると、息を吹き返したように起き上がった。そして、やたら叫びだし足をひどく痛がった。
村人は男に、「あなたは、どうしてこのような事をしているのだ」と訊ねた。
男は、「兵士が一人やってきて私を連れ出し、ここまで連れてきてこの中に押し入れました。地面を踏むと、地面は火の海となり、足を焼くこと煮られるようです。四方を見ると、周りは火の山で囲まれていて、出ることが出来ず、叫びながら走り回っていたのです」と答えた。
村人はこれを聞くと、男の袴をまくって見ると、ふくらはぎが焼き爛れていて骨が表れて見えていた。
一日経って、男は遂に死んでしまった。
人々はこれを聞いて、「殺生の罪によって、目の前に地獄の報いを示したのだ」と言い合った。
されば、人はこれを見聞きしたならば、邪見を止めて、因果の道理を信じて、殺生をしてはならない。
「『卵を焼いたり煮たりする者は、必ず灰地獄(クエジゴク・熱灰の流れる地獄。)に堕ちる』と言うのは本当の事である」と人々は言った、
となむ語り伝へたるとや。
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