『 謎の盗人 ・ 今昔物語 ( 29 - 1 ) 』
今は昔、
[ 意識的な欠字。天皇名が入るが不明。]天皇の御代に、西の市の土蔵に盗人が入った。
盗人が土蔵の中に籠っていると聞きつけて、検非違使(ケビイシ・京中の警察、治安を一手に担当した。)共が皆で取り囲み捕らえようとしたが、その中に、上の判官(ウエノホウガン・第三等官で、六位の蔵人に任ぜられ、昇殿が許された。検非違使としては最高の出世とされた。)[ 意識的欠字。名前が入るが不詳。]という人がいて、冠をつけ、青色(六位の蔵人に着用をゆるれた色)の上衣を着て、弓矢を負って指揮していたが、鉾を手にした放免(ホウメン・刑期を終えて出獄し、検非違使の手先として奉職した者。)が土蔵の近くに立っていると、土蔵の戸の隙間からその放免を招き寄せた。
放免が近寄って、盗人が言っていることを聞くと、「上の判官に申せ。『御馬より下りて、この戸の近くに立ち寄りください。御耳にこっそりと申すべきことがございます』と」と言った。
放免は上の判官のそばに寄り、「盗人がこのように言っております」と申し上げると、上の判官はそれを聞いて、戸の近くに寄ろうとすると、他の検非違使共は、「そのような事をするのは良くありません」と言って、止めた。
しかし、上の判官は、「これには何か子細があるのであろう」と思って、馬から下りて土蔵のそばに近寄った。
すると、盗人は土蔵の戸を開けて、上の判官に「こちらにお入りください」と言ったので、上の判官は土蔵の中に入った。盗人は戸を内から鍵をかけて閉じ込めてしまった。
検非違使共はそれを見て、「これは大変な事だ。土蔵の中に盗人を閉じ込め、取り囲んで捕らえようとしている時に、上の判官が盗人に呼ばれて土蔵の中に入って内から鍵をかけて閉じ籠り、盗人と話をされている。このような事は聞いたこともない」と言って、文句を言い合い大いに腹を立てる。
やがて、しばらくすると土蔵の戸が開いた。上の判官が土蔵から出てきて、馬に乗って検非違使共の所に近寄って、「これは訳のあることだった。しばらくこの逮捕は行ってはならぬ。奏上すべきことがあるのだ」と言って、参内した。
その間、検非違使共は周りを取り囲んでいたが、しばらくして上の判官が戻ってきて、「『この逮捕は行わず、速やかに引き上げよ』との宣旨である」と言ったので、検非違使共はこれを聞いて引き上げていった。
上の判官は一人残って、日が暮れるのを待って、土蔵の戸の近くに寄って、天皇が仰せになられたことを盗人に語った。すると、盗人は声をあげて激しく泣いた。
その後、上の判官は内裏に帰って行った。盗人は土蔵から出ると、行方が分からなくなってしまった。この盗人が何者であったか、誰も分からないままであった。また、事の次第はついに誰にも分からないままであった、
となむ語り伝へたるとや。
☆ ☆ ☆
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます