麗しの枕草子物語
我が世の春
関白道隆殿が清涼殿での天皇拝謁を終えられ黒戸より退出されるということで、中宮付きの女房がぎっしりと居並んでおりました。
「これは、これは。見目麗しき方々がお集まりくださったものよ。このような翁を、笑い者にしようとしているのですかな」
例によって関白殿は軽口を申されながら、女房たちをかき分けるようにして進まれます。戸口近くにいる女房たちは、色合いも華やかな袖口をたなびかせながら御簾を引き上げますと、伊周の権大納言殿が、関白殿の御沓を取って履かせられました。
権大納言殿は、若々しく清らかで、上品でいてきらびやかなご装束で、下襲の裾を長く曳き、辺りを圧するように関白殿に付き添っておられる御姿は、それはそれは素晴らしいものでございます。
「大納言ほどの身分の方に、沓を取らせるなど・・・」
もうこれ以上の栄華など、この世にあるものかと思われるほどでございます。
さらに、山の井の大納言殿はじめ御一族の方々など、高位高官の方々が召される黒き袍が、藤壺の塀のもとより登花殿の前までぎっしりとひざまずいていて、関白殿はといえば、すっきりとした御姿で、御佩刀の具合を直しながら立ち止まっておられます。
戸口の前には、中宮大夫殿がお立ちになっておられます。
中宮大夫道長殿は、この時すでに権大納言であられ、その豪胆な御振舞は知られており、「いかで関白殿の前といえども、ひざまずかれることはありますまい」と思っていますと、関白殿が近付くや否や、畏まり、ひざまずかれたのでございます。
豪胆な人物として名高い道長殿を、ごく自然の流れとしてひざまずかせた関白殿の御威光は、まことに素晴らしく、この世の春とはこのようなありさまを申し上げるのでしょうね。
(第百二十三段・関白殿黒戸より出でさせたまふ、より)