
ケビン・メア元米国務省日本部長 日本語が堪能で日本人の妻を持つ
生い立ち
サウスカロライナ州フローレンス生まれ。高校を2年で飛び級し、大学でも1年を飛び級して1974年に19歳でラグレインジ大学を卒業して近代ヨーロッパ史の学士号を取得。1977年にハワイ大学大学院で近代東アジア史の修士号を取得。1981年にジョージア大学法科大学院で法務博士号(JD)を取得。修士課程では中国語を学び、当時習っていた太極拳の影響などから興味をもった宗教学や東洋史を専攻していたが、宗教学や歴史学を学んでも就職が困難であったため、法律学に転向した。ラグレインジ大学で出会った、日本語を教えていた慶應義塾大学の日本人女子学生と結婚。
九州「正論」懇話会の第110回講演会が24日、福岡市のホテルオークラ福岡で開かれ、元米国務省日本部長のケビン・メア氏が「日本がすべき決断」と題して講演し、「コンセンサスを重視する日本では少数の反対派のために必要な施策が実行できないことがある。だが、原発再稼働や景気対策、安全保障の強化は早急に政治決断しなければならない」と語った。
福島第1原発事故については「リスクに目をつぶる日本の文化により対策を講じなかった。さらに菅直人首相(当時)が責任を東京電力に押しつけ、事態を悪化させた」と指摘。「日本に原発は必要だ。再稼働は安倍晋三首相が決断しなければならない」と語った。
安全保障に関しては「中国は東シナ海の覇権を狙い周辺諸国を威嚇している。日米一体となって対応する必要がある」と述べ、集団的自衛権の政府解釈変更などの必要性を指摘した。
久しぶりに大好きな福岡に戻ることができて本当に光栄です。ご承知のように3年間、在福岡領事館の首席領事をし、山笠も担ぎました。色々つながりがあるのでうれしく思います。
今日のテーマは「日本が決断すべきこと」です。なぜ決断すべき事を決断できないかという話をします。
日本はコンセンサス社会です。まず関係者で根回しして、相談して、一緒にコンセンサスを作って決める。別に悪いことではありません。コンセンサスが得られたら、すぐ実行できるという強みがあります。
でも弱点もあるのです。
ごく少ない人が反対、妨害すれば、すべての国民にとってよいことも実行できなくなります。例えば成田空港の滑走路建設があります。一部の反対により空港の真ん中に農家が残るようなおかしな形の滑走路になっている。
なぜ反対派を排除しないのか。法的には認められるのにです。日本政府の知り合いに聞くと、いつもの決まり文句が出てきます。
「地元のご理解が必要」「コンセンサスを得ないと実行できない」
これは成田空港だけじゃない。米軍基地や原発の問題も同じです。
コンセンサス社会の弱点は特に危機の時に出ます。
危機的状況で、みんなで根回ししてコンセンサスを作る時間はない。だから日本は危機管理が下手です。危機的状況ではコンセンサスができなくても、指導者が責任を取り「何が国民にとってよいか」を決めなければなりません。
では、コンセンサス社会の日本がこれから何を決断すべきかをお話しします。3つの分野を申し上げたい。1つは原子力政策。2つ目は経済発展、アベノミクス。最後に私の得意分野の安全保障です。
まず原子力です。2011年3月11日、悲劇的な地震と津波、東京電力福島第1原発事故が起きました。米政府は海外で大きな事変が起きると、国務省が各省庁の調整役を担うタスクフォースを作ります。私もこのタスクフォースに入りました。
駐日大使館の知り合いから電話がありました。東電と日本政府が「米軍は真水を運ぶことができるヘリコプターを提供できるか」と米軍に打診しているという情報でした。私は「東電が真水を運ぶヘリコプターを探しているのなら原発はもうダメでしょう」と返事をしました。
あの事故を振り返ると、当時の菅(直人)首相のやり方を見て、私だけでなく米政府の多くの人が「なぜ日本政府が政府として対応しないのか」と感じました。1979年の米スリーマイル島の原発事故の経験から見ると、これだけの大事故に1つの企業だけで対応できるわけがない。
もちろん東電にも色々な責任がありますが、かわいそうだと思いました。電力会社はこれだけの大事故への対応能力もないし、訓練もしていない。もっと首相が国の問題として対応しないとダメだと思いました。菅首相は「私の責任にはならないように」と考えたのでしょうが、事態を悪化させました。
原発事故にどう対応すべきかというコンセンサスはありません。誰もどうすべきか分からないのです。菅首相が全責任もって対応すべきでした。
日本は(福島第1を含め)54基の原発があります。電力は経済の血液です。電力がなくなると日本経済は本当に大変なことになる。でも1つも原発が稼働しない状況で、化石燃料に頼り、電力コストがすごく高くなっている。できるだけ早く、新しい基準に従って安全性を確認し、再稼働すべきです。
ただ、私は再稼働は3分の1くらいしか期待できないと考えています。
なぜか。再稼働で問題となるのは技術よりも政治的な問題です。法律上、地元の知事や市長が再稼働に賛成しなくてもいい。でも日本では「地元のご理解」がないと、原発を再稼働できないのです。
また、福島第1原発事故は技術ではなくリスクマネジメントの問題でした。まずリスクがあると認めないとマネジメントはできないのです。
2001年9月11日の米中枢同時テロ後、米国は日本に「テロ組織に原発が攻撃されることを恐れている」と説明しました。原発を攻撃すれば電源が切れる。電源を切れば冷却装置を使えなくなり、大変なことになる。そう指摘したのです。
東電は「津波で電源喪失し、冷却装置が使えなくなることは想定外だった」と説明しますが、これは間違いです。津波で全電源喪失するのは想定外だったかもしれませんが、電源喪失で冷却装置が使えなくなること自体は絶対に想定外ではなかったはずです。
問題は、原発を建造した時に「地元のご理解」を得るために「安全だ」と説明したことでしょう。基地問題やゴミ処分場を作る時も同じです。地元に「何もリスクはない」と説明してしまったからリスクマネジメントができなくなった。
ですから福島第1原発事故は技術ではなく、マネジメントの問題なのです。リスクに目をつぶったため、リスクをマネジメントすることができなかった。
これに関連して、私は自らの経験から日本の文化の一つを批判的に見ています。日本の文化は醜いもの、物騒なものを無視できるのです。なぜ無視するかというと、そこに気づいたら何か対策を取らないといけないからです。
福島第1原発事故の問題は、東電にも「電源が切れたら危険だ」という認識はあったが、それを認めると対応しなければならないから無視してきたことです。
同じような例はいくつもあります。基地問題や安全保障関係も同じです。英語ではよくこう言います。「悪いニュースは魚と同じだ。時間が経つほど臭くなる」
次の話題は経済です。
アベノミクスの3本の矢のひとつは金融緩和と財政出動。これはうまくいっています。問題は第3の矢の経済構造改革です。
安倍晋三首相が、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の交渉に参加すると決断した時、自民党からも反対がありました。
今までの首相は、自民党であっても民主党であっても、自分の党から強く反対があることを決断できなかった。安倍政権をすごく評価しているのは、自民党から反対があっても日本の経済発展のために経済構造改革しないといけないと判断したからです。安倍首相は民主党政権やその前の自民党政権と比べて決断力や指導力を発揮しています。
日本の経済を元気にするには、政府だけでなく企業も協力しないとダメです。今、日本の大手企業、中小企業はたくさんの内部留保をもっています。この内部留保を設備投資や従業員の賃金上昇、株主への配当に積極的に使ってもらいたい。そうしないと日本の経済が発展しません。
経済発展はビジネスだけでなく戦略的な問題です。国を強くするために企業も頑張らないとダメ。ある程度経済が安定しないと、国が強くなれません。
次の問題は安全保障です。ほとんどの日本国民は中国の脅威に目をつぶっています。「頭が痛くなるからアメリカに任せ、我々は何もやらなくていい」と考えています。その方が楽ですから。
でももう無視できない問題になっている。
私は20年以上、日本に関わってきました。失礼に聞こえるかもしれませんが、高いレベルの教育を受けた日本人であっても安全保障に関する知識のレベルは低い。なぜなら醜い部分を無視するから。日米安保があり米国が日本を守ってくれるので悩まなくてもよい、と考えているのでしょう。
ほとんどの日本人は日米安保は、米国が日本を防衛することだと思っているが、これは誤解です。日米安保の本当の意味は、自衛隊と在日米軍が一緒に日本を防衛することです。米国が自衛隊を助ける。だから日本も自分の抑止力を向上させる必要があるのです。
日米安保体制はすごく非対称的な体制です。米国には日本の防衛義務があるが、日本には米国の防衛義務がありません。
日本はすぐれた軍事能力をもっています。米国が海外に空母の母港を持ち、その防衛を任せているのは、海上自衛隊だけです。
でも集団的自衛権の政府解釈をきちんとしておかないと、防衛計画を立てるときにあまり協力できないことになります。できるだけ早く集団的自衛権が行使できるようにしなければならないんです。
どうして在日米軍が必要なのか。特に沖縄に必要なのか。それは中国の脅威があるからです。
中国は周辺国を脅して南シナ海全部を中国のもののようにしている。最近は同じ事が東シナ海で起きています。中国は東シナ海全体の覇権を狙っています。軍事拡大しようとしている。ですから2010年の尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の時、クリントン米国務長官は「日本の施政権が及ぶ限り、日米同盟が適用される」とはっきり言ったのです。
尖閣の問題は単なる領有権問題ではない。中国が軍事的に相手国を威嚇するというやり方を許せるかどうかという問題なのです。米国と日本は一緒に、中国に対処する覚悟があるということ、その能力があることを示す必要があります。
年末までに日本政府が防衛大綱を見直すと思います。そして集団自衛権を行使できる解釈をしようとしているし、特定秘密保護法も導入しようとしています。
原子力問題も、経済発展も、アベノミクスも、すべて戦略的な問題です。戦略的にみて日本は今、岐路に立っているのです。
日米は同じ価値観を共有する同盟国です。米国が中国を重視し、日本を軽視することはこれからも決してありません。