
【日本千思万考】日本貶める“歴史戦” 中韓ペースの「戦後70年史」に乗るなかれ、「誇りうる歴史」語れ“虚像”をこれでもかと垂れ流し続ける中韓
今年は第二次大戦終結後70年というので、特に中国とロシアが戦勝記念行事を企画し、国際広報を強化していることが目立っています。中でも、中国・習近平政権は韓国を抱き込み、アメリカの左派マスコミや政治家と議会にプロパガンダを仕掛け、国連をも巻き込んで、わが国を貶める歴史戦を強化してくるものと見受けられます。
同じ敗戦国でも、戦後の経済復興を短期間に成し遂げ、いち早く国際ひのき舞台へ躍り出た日独両国ですが、外交上手なドイツは早々とナチス問題にケリを付けたのに対して、外交下手、国際広報の失策を続けた日本が、集中的に糾弾の的にされてしまっております。中でも、中国は南京事件を、韓国は慰安婦問題を中心に、史実の裏付けなき捏造文書や誇大な宣伝広報と、主として米国の政治家向けロビー活動を含め、世界のメディアへ向けて、いずれも“虚像化した軍国日本の悪行”を、これでもか、これでもかと垂れ流し続けています。
ご存じのように、米国には太平洋戦争終末期、非戦闘員の殺傷を禁ずる国際法に反して、広島・長崎への原爆投下や東京・大阪他の市街地を無差別に絨毯爆撃しました。それによって、合算すると乳幼児を含む民間日本人百万人を超えたといわれる大量殺戮をしてしまったという良識派による自責の念が高まるのを“もみ消す”ため、戦争終結の妥当性の裏返しとして、「日本の軍国主義打倒には、やむを得ぬ正当な軍略だった」とする一派がF・ルーズベルト民主党の流れを受け継いだ政治家に多く、併せて左派ジャーナリズムや国連の親中国派などが、こうした虚妄プロパガンダに踊らされているのが現実です。
親日派や知日派の米国人は極めて少数派であり、元来戦勝国だけで構築した国連が、安易に日本の味方になれるはずもなく、わが国の立ち位置は微妙であり、高額な負担金を課せられた上に、薄氷の上を歩かされている状況なのです。
日本は戦後70年、歴史戦に真っ当な対応を避けるどころか、細川・村山両政権による過剰な戦争懺悔声明や河野談話のように、敵に塩を送るがごとき誤った外交を繰り返してきました。その延長線上で、いまさら孤軍奮闘を余儀なくされる土俵に上るよりは、視点論点を広げ、正しい日本の近代史を訴求する必要があるでしょう。
それには、幕末1854年の開国(その端緒となった日米和親条約の締結)に始まる160年史に基づき、わが国の国際化と国際的貢献を踏まえた戦勝、戦敗史実を、広く世界諸国に向けて、冷静沈着な発信を強化していくべきであろうかと提言する次第です。
加えて、近現代史を疎かにしてきた戦後教育の欠陥もあり、またGHQ史観に染められた大半のマスコミ報道によってゆがめられた自虐史に苛まれ、愛国心さえなくした日本人が増え、グローバル時代に不可欠とされる国際コミュニケーション力が貧弱であるため、民間文化交流においても国益を損ねている点からも、幼児、小中高を通じた国史教育の見直しこそ、急ぐべきではないでしょうか。
少なくとも、日本古来の伝統に鑑みても戦争とは全く無縁であった「日の丸」や「君が代」を否定し拒絶してきた日教組や左派ジャーナリズムの虚妄を排除し、日本人としての矜持を取り戻してほしいものです。
「君が代」の詩は醍醐天皇の勅を奉って、紀貫之らが清撰したものとされ、古今和歌集に見えるもので、1110年も前の話です。これに曲をつけて、国歌に制定したのが明治の世、1880年のことでした。現在、インターネットで簡易に見られる世界の国々の国歌を対比しても、米国や中国を含む大半の諸国歌は戦勝を讃えるとか、戦闘を鼓舞するとかの詩ばかりですが、その中で自然を畏敬し、永遠の平穏を祈る「君が代」は、燦然と輝いている平和国歌であることが分かります。
英国のある雑誌の論評で、世界一美しい平和讃歌だともてはやされたようですが、その他の各種の調査でも、数多の他国人から最も好評(歌詞音曲共に)なのが、日本の国歌だそうですから、多くのジャーナリストや日教組も、いい加減目覚めて過ちをただしていただきたいものです。
いずれにせよ、日本人皆が、歴史への感受性を磨き、古代から近世に及ぶ日本史の“明朗高貴の伝統精神”に光を当てることで、毅然たる平和独立国家日本を世界へ向けてアピールしていかねばなりません。少なくとも、昭和初期から太平洋戦争に至る軍国一色の影の部分のみに視点を置いて、いたずらに自虐・卑小卑屈な戦後史観にいじけることだけは断じて避けるべきと考えます。願わくは、百年にも満たない小史だけを紐解くのではなく、200年、1000年の軌跡を俯瞰することが、今こそ大切なのではないでしょうか。
“羊の皮をまとった狼”の欺瞞、許すな
目下、オバマ外交の度重なる失策により米国が世界におけるパワーを喪失しつつあり、その隙をついて全面的膨張を画策しているのが習体制の中国で、その異質な国際社会の価値観への無謀ともいえる挑戦はとても受け入れられない代物です。
チベットやウイグルほか、国内少数民族と宗教の弾圧・虐殺、対日・対ベトナム・対フィリピン…と各国の領土・領海空支配を強める挑発的な動きは国際法を逸脱したものです。本年を「抗日戦勝70周年記念」の年と銘打ち、韓国をも巻き込んで、わが国を誹謗中傷する歴史の捏造と国連ほかへの国際広報の欺瞞に至っては、これ以上捨て置くわけには参りません。ほかにも、アジア、アフリカ、中南米の経済後進国に向けた金融支配や資源略奪ぶりは、文字通り「羊の衣をまとった狼」「世界の悪童」といえます。
わが国としては、いたずらに怯えず、ひるまずに、国際社会の良識に向かって、礼節を旨として日本の正史を訴求し、真の国際平和を求め、わが国の信条と決意を発信し続けていかねばなりません。併せて集団的自衛権を法制化し、自衛隊法改正と併せ日米安保体制を強化拡充することによって、いつ牙をむくかもしれない隣国・中国の“夢”が、わが国の“悪夢”に至らぬように十二分に備えておく必要性は急務です。
普遍的かつ公平無私な対外情報発信で国際世論を味方につけよ
戦略的対外情報発信と言えば、予算と人材に加えて、情報センターを世界の主要都市に設営する必要があります。
経済成長が頓挫しデフレに陥った日本は、これまで広報文化予算を減らし続けたばかりか、中韓両国からの声高の攻勢にタジタジとなるばかりで、まともな応戦もせず、むしろ放置に近い最悪の対応策をとってきました。その間、ご存じのように中韓は国連と欧米政治家やジャーナリストに多角的に働きかけ、“軍国日本”を一方的に糾弾して来たのです。
中国は近時数千億円に及ぶ大枚の年間対外広報予算を組み、主要国の大学内に「孔子学院」を開設して(見かけは中国語学教室ながら、実質は中国共産党から派遣された教師が、生徒を中国親派に洗脳するとか、情報スパイに転じたりするようです)学界に食い込み、ロビー活動で議会・政界を抑え、英語発信でメディアに通じ、親派ジャーナリストを支援するなど、徹底した戦略をとってきたのです。
これに対比して、日本の予算は、その100分の1レベルと微小にとどまり続けたわけで(昨年など30億円程だったようです)、おそらく韓国の方が数倍とか10倍も投下していたと思われます。
普遍性なき中国の発信内容、アンフェアーで史実にもとる韓国広報に対するには、日本として普遍的かつ公平無私な内容の情報発信に心がければ、必ずや国際世論を味方につけることができると確信しています。
“負の日本”ではなく光輝く歴史にスポットライトをあてよ
今、日本人が自覚し、世界の隅々まで知ってもらいたい日本とは、「昭和初期の軍国化と70年前敗戦に至った“負の日本”」ではなく、数々の誇りある伝統国家であるべきです。たとえば、「17000年前、世界初の磨製石器を使用した縄文人の匠の技を継承する伝統職人・技術立国」「世界最古の庶民文学・女流作家・漫画・木版画を生み、世界で最も識字率が高い文化文明国」「古代から“日の本の国”として1300有余年、連綿と永続する世界最古の国家」「明治維新で、アジア唯一の欧米民主主義文化と西洋科学工業技術を取り入れ有色人種として世界最初に近代化した国家」「第二次世界大戦に敗れはしたが、戦中アジア同盟国を招集し発議したことが実現し、戦後アジアの全植民地国が独立を勝ち得たこと」「有色人種初にして、累積受賞者数ダントツのノーベル賞受賞実績をはじめ、世界最先端科学立国」「先進国で唯一非キリスト教国家であり、ユニークな自然信仰・多神教国として、豊かな精神文明と哲学を育んで来た単一民族文化国」…
ぜひ、光輝く歴史にスポットライトをあて、自他ともに独立自尊の日本をアピールしていきたいものです。