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❤いつも心に詞(うた)を置いて🎤あの歌手あのartistに【new!Virtual書き下ろ詞】

2438篇超の演歌・歌謡曲 J-POPの私の書き下ろ詞!ほぼほぼ毎日【new!Virtual書き下ろ詞】

「あした吹く風」 渡辺真知子

2017-10-23 | J-POP女性歌手
☆猛烈な雨、風 台風の影響はだいじょうぶでしたか?
 一転してピーカンの晴れ!気分一新、元気よくいきましょう!
『今日が誕生日の歌手』シリーズは276篇め!
渡辺真知子サンは今日10/23が誕生日。
1977年に《迷い道》でデビュー時は鮮烈だった。
歌手生活も40年になった!聴き慣れた曲ばかりでなく
まだまだ新曲も唄ってもらいたい!
渡辺真知子 真5

あした吹く風

あの頃は 運がよかっただけ と
誰にも 言われないように
いつも 足元みつめ 歩いてきた

 時の波に うまく乗れれば
 陽の当たる場所 連れ出してくれる
 だけど 長く続くか どうかは
 すべて 私次第

いつまでも 古いあの歌ばかり・・・
どこかで 耳にする声に
はっと たじろぎ 返す言葉もない

 今のままで 流れ流され
 立ち止まること 慣れたなら終わり
 あした 吹く風に 顔をあげたとき
 べつの 私がいる
風

 時も人も 移り気だから
 似たようなこと していたら つらい
 あした 吹く風が 夢はあるかと聞く
 あると 私 言える

 あした 吹く風に 顔をあげたとき
 べつの 私がいる


よもやま:渡辺真知子サン、今も変わらずパワフルな
歌唱を聴かせている。この詞は渡辺版マイウェイだ。
しかし、これからを目指す、特に若者たちには
それぞれへのアプローチにもなりうるような
書き下ろ詞に仕立てた。   (画像をお借りしました)
真1 真2 真3

再掲載「イスキアの鐘 ~佐藤初女さんに寄せて~」   由紀さおり

2016-02-01 | J-POP女性歌手
おくやみ:この書き下ろ詞の主人公、佐藤初女さんが2/1に亡くなった。
94歳だった。1992年に青森市の岩木山麓に施設「森のイスキア」を開き
手作りのおむすびと宿を提供して、悩める多くの人たちを元気づけてこられた。
2013年4月19日にこのブログに書き下ろ詞をUPした。今日は哀悼の意を
こめて再掲載させていただく。


佐藤

鐘を 鳴らしましょう
ここに もうすぐ 着く人がいる
さりげない言葉と あたたかな笑顔で
迎えましょう 受け入れましょう
イスキアの森へ ようこそ・・・

 ゆっくりでいいのよ
 話しぶりなど 気にしないから
 沁みわたる 心寄せて
 たたんだ布 広げるように
 ひとつひとつ ほぐしてゆく 悩みと苦しみ
イスキア

 あたりまえじゃないわね
 生きてゆくこと とても不思議ね
 食卓(テーブル)を ともに囲み
 いただくもの すべてに感謝
 食べることは この命の うつしかえ と説く

鐘を 鳴らしましょう
やがて また旅立つ人がいる
こしらえたおむすび 渡された その手の
あたたかさに やわらかさに
イスキアの風も そよいで・・・
   
おむすび

よもやま:きわめて稀だが、何度見ても心ゆさぶられ、知らずこぼれる涙を呼び
見終わったあとのなんとも言えぬ清浄な思いに浸らせるTV番組がある。
「初女さんのおむすび~岩木山麓・ぬくもりの食卓~」もそのひとつで
最初の放送は 2008年頃だったと思うが、NHKアーカイブス・ハイビジョン特集で
再放送をした際にもおなじ感動をもたらした。
そのとき以来、佐藤初女さんをテーマに詞にしておきたい、と考えてきた。

由紀サンにはこのブログでは「Woman Road ~わたしの道~」
「Silky Rain,Lonely Woman」の2篇をUPしているが
由紀サンに詞を書くとき心がけるのは字数を少なくして、いかにメロディアスな
曲をイメージするかということ。この詞はPOPSふうではない。
むしろ歌謡曲を意識して書いた。ポイントは初女さん自身や、悩みや不安を
持って初女さんを訪ねてくる人の言葉や思いを借りて、初女さんを
フォローするスタッフの側からに視点をおいたこと。
非常に清冽であたたかい詞になった、と思っている。
―――――

「夢 いそがないで ~子供たちへ~」 庄野真代

2015-05-25 | J-POP女性歌手
庄野真代

見たね 聞いたね さわったね
そしてキミたち 見つけるんだね

 こんなふうになりたいね
 あんな人になれるかな

気づいたときがキミの夢
ひらめいたときがキミの夢

 いっしょにお願いしましょうか
 近づくときまで逃げないで
 迷ったりしても そっぽ向かないで
庄野

いつになったらできるかな
どこへ行ったらがんばれるかな

 好きなことはいいことだ
 負けることも勉強だ

気づいたときがキミの夢
ひらめいたときがキミの夢

 あせってみたってしょうがない
 あきらめないから待っていて
 急いだりしたら 夢じゃなくなるよ


ひとこと:この1週間である人をキーにして2つの思いがつながる不思議を体験しました。
1つは作曲家・杉本眞人サンのCDを久しぶりに聴こうと思いジャケット(歌詞カード)を
つらつら見ていて作詞欄で<そういえば最近新曲を見かけないないなぁ>と収録されている
いくつかの歌詞をじっくり読んでみた。2つめは「飛んでイスタンブール」の庄野真代サンが
TVの歌番組に出るのを知ってごく稀に街の掲示板に貼ってあるコンサートのチラシを見かけたり
NPO法人『国境なき楽団』のことも承知していたので世界各地の子供たちへの活動の記憶が重なり
庄野サンにも書き下ろ詞を、と思って書きはじめていました。
さてこの2つを繋ぐキーはなんでしょう?答えは作詞家の 'ちあき哲也' サンです。1、2度
お会いしたことがあって大ヒットをいくつも世に出した作詞家とは思えない控えめでシャイな
印象を受けた覚えがあります。個性的な作風とJ-POPから演歌まで提供された作品は数えきれません。
その ちあき先生がまだ66才ですでに10日に亡くなっていたとはこの2つの不思議から何を暗示
しているのか思いはめぐるばかりです。またひとり作風的に好きな作詞家が亡くなりました。
ご冥福を祈りたいです。というわけで庄野真代サンを想定した書き下ろ詞が出来上がりました。
situation:国内のみならず世界中の子供たちが夢を抱き夢に憧れ夢に近付き叶えたいと思う
ことの素晴らしさと無垢な心。そんな子供たちに、夢よ急いでどこかへ行ってしまわないで
ボクたちはがんばるから、という思いをこめた書き下ろ詞です。

「猫にシャンパン カメにキャンドル」 新山詩織

2014-12-20 | J-POP女性歌手
新山詩織

イヴの夜だよ X'masがきたね
部屋には猫とカメがいて 僕ひとり
今年一年 なんとかやってこれたから
ご褒美にあげるよ 猫にもシャンパンを
 もう寒くなったね 冬眠のはずだけど
 起きておいでよカメ キャンドルの近くまで
  猫の真似して 背中丸くするのはつまらないよね
  ムリしちゃってもいいから もう少し
  僕はつま先立てて 生きてみるよ
シャンパン

雪が降ればね ちょっと気分が出るね
鳴かない猫とカメだから 僕は好き
あっというまに Happy New Yearだし
からっぽにするんだ 猫にもシャンパンを
 どこ見てる目だろうね 眠たさを我慢して
 起きていようよカメ キャンドルが消えるまで
  カメのくせして 厚い毛布くるまる それが好きだね
  ダメなんてこと決めずに あるがまま
  僕は気の向くままに 生きてゆくよ

かめキャンドル






ひとこと:12月もあっというまにX'masです。
このブログでは2012年にX'masの前後にディナー・ショーを催す歌手に
20篇ほどの書き下ろ詞をUPしましたが、今年は趣を変えてPOPS界の
「ギタ女」と呼ばれる歌手に注目しての書き下ろ詞です。
ここ数年、続々デビューしている、ギターを手にして歌う女性の
ソロアーティストを「ギタ女」と称するらしいのですが
本人たちはギターを弾いていても「ギタ女」に含めないでほしいとの
声もあります。結局はアイドル的なルックスを持ちつつも
実力派として如何に打ち出すかが課題になるでしょう。
 猫とカメがいて、猫は背を丸めカメは冬眠中。
 キャンドルを灯しシャンパンを飲みながらひとりぽっちのX'mas
 なんとかやってこれた一年、また来る年への自分なりの生き方
 そんな誰かのほんわかな書き下ろ詞です。

「らくがき」 西島三重子

2014-08-27 | J-POP女性歌手
西島三重子
アスファルト 画用紙にして
白いチョークで もくもくと雲
赤いチョークは スカートの女の子
ところどころ 水色の魚たち

どこから見ても 楽しげに
時を忘れて 書いたような
幼さが 踊ってる
無邪気さが はしゃいでる

日差しまぶしい ある日 ある時 ある街で・・・
らくがき

ゆき過ぎて 遠ざかるクルマ
どうぞ お願い 踏まないでいて
やがて日暮れて あやしげな空もよう
今日はこれで おしまいのギャラリーね

こんどはどんな らくがきを
いいえ かわいい らくがきに
またいつか 出会えるの?
いつも通る この道で

じゃあね バイバイ ある日 ある時 ある街で・・・


ひとこと:懐かしいですねぇ~、1976年に大ヒットした『池上線』を歌った
西島三重子サンが10月にトーク&ミニコンサートを開く、という新聞記事を目にした。
今では絵本やエッセイなども手がけている、とのこと。
 つい最近、近所を通りがかったとき、当然子どもが書いたと思われる
 かなり大きな路上のメルヘンチックな落書きに出くわした。
 どの角度から見てもいいような、逆にどこからでも好きに書いたような
 それなりに子どもの感性あふれる絵だった。
 なぜかそのときのほわんと抱いたイメージがこの詞のヒントになり
 西島サンにかさなっていった。