この道の果てまで・・・

ただ純粋に ただ一途に歩む時
突如として それまでとは まったく違う
次元の異なる大地が あなたの目の前に姿を現す。

★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に 175★1

2007-01-31 09:40:13 | Weblog


◇人間物語のメール講座NO6(1)◇





今日は 
昨日より更に深く 
あなたの1番身近な人に 
あなたが 知らずに与えていた痛みが
一体どんな痛みで有ったのかを実感で味わう事をしていきます。

昨日の説明で少しは考えてくれましたよね・・・。
実際に書いてみた方もいれば 頭の中の想像でやった方もいることでしょう。


相手に成って行く過程で 多くの人達が1番最初に陥ってしまうのが
会話の部分は問題ないのですが 相手の気持ちの部分を
気持ちを使わずに頭で考えてしまい その頭で考えたものを
気持ちとして勘違いしてしまう事です。
これでは 全くと言っていいほど相手には成れていませんし
相手の本当の気持ちも見えてきません。

なぜ相手の気持ちを解かる事が そんなに必要なのかというと
実は あなたのやっている毒の塊を相手に流す事を止めたいだけでは無いのです。

あなたが成ろうとしている相手は あなたにとって 最も身近な相手であり
言ってみれば 世の中で1番簡単に あなたが成る事が可能な相手です。


誰よりも“相手に成る”と言うことが最も簡単に出来る相手なのです。
その最も身近で簡単に解かることが出来る筈の
相手の気持ちを 解かる事が出来なければ それ以外の人達で有る
他人の気持ちを 果たして解っているのでしょうか?


にも拘らず あなたは“自分は他の人よりは人の気持ちが解かっている方だと”
感じたり勘違いしたりしていた訳なのです。
それは ひょっとしたら とても怖い事かも知れませんよね・・・?


私の所で実施している 通常の講座の時に「今迄 あなたが 人の気持ちを考える時に 
一体どうやって あなたは人の気持ちを考えて来ましたか・・・?」と
私が質問すると  多くの人の答えは こうです。

「もしも自分がその人の立場だったら どう思うのかと考えた時に
出てくる気持ちが その人の気持ちで有ったり その人の立場に
立つことだと思っていた」と・・・。

いかがですか・・・?  
あなたの答えも 同じですか・・・?

残念ながら このヤリ方で出てくる気持は あなたの気持ちであって
相手の人の気持ちでは有りません。

何故なら あなたが あなたの立場に立っているだけだからです。
出てくるのは当然 あなたの気持ちだけです。
相手の気持ちに 近いものですら有りません。

これは解かりやすく言うなら こうです。

池で溺れている人を見て
自分は池の淵に立ったまま溺れている人を ただ眺めながら
「解かるな~あの人の辛さは 苦しいし 冷たいし いつ死ぬのか
解からない恐怖だって襲ってきているだろうし・・」と言いながら 
その人の立場に 立っているつもりに成っているのと同じす。
果たして 
これで池で溺れて今にも死んでしまいそうな人と同じ立場に
立っている事に成るのでしょうか?
そして その人の気持ちや痛みが 本当に解かるのでしょうか?

そんな事は有り得ません。

もしも本当に解かりたいのなら簡単です。
池の中に飛び込み 例え あなたが 泳げたとしても泳がずに溺れてみることです
条件を全て同じにして 初めて 少しだけ その人の気持ちに近づく事が出来ます。
それでも厳密に言うなら まだ違うのです。

何故なら その池に溺れた場面までの過去の体験のすべてが 
あなたと その人とでは全く違うからです。
当然感じられ方は違いますよね・・・。
例えば その人が過去に池で溺れた体験が有って あなたには無いのならば
その人の恐怖感たるや 泳げる あなたが 今だけ溺れる真似をするのと訳が違います。あなたの想像を遥かに超えています。



だから 1番身近な人が1番簡単に あなたが成れる人なのです。
だって その人の情報を他の人よりは あなたが1番持っているでしょう?
少なくとも 他人よりは過去の事でも 多少は聞いている筈ですから・・・。

さあ再び挑戦してみましょう。

相手に成ろうとし 相手の気持ちを解かろうとした時に
多くの人が1度目に陥ってしまうのが この様に頭で考えた気持ちを
相手の気持ちだと勘違いをしてしまう事です。

そして次に陥ってしまうのは
相手の気持ちの部分を頭で考える事は やめてくれるのですが・・・。
今度は全てを感情で書いてしまうのです。
感情が気持ちだと勘違いしてしまうのですね。
確かに頭は使いませんが・・・。
これは 皆さん 最初に書いてくれたものより ずっと早く書き上げてしまいます。

当然ですよね。
だって最初は頭を使って考えながら書いたものです。
今度は感情ですから 考えませんし ずっと早く書けてしまうはずです。
でも それは ここで言う 気持ちというものでは無く
“文句や注文”の羅列になってしまっています。

此処までの事を 少し別の角度からの話しによって説明したいと思います。

私達の中には 3つの次元が存在しています。
違う言い方をするなら 私達は3つの次元を同時に生きています。

1つ目の次元は“社会的 生の次元”
2つ目の次元は“自然的 生の次元”
3つ目の次元は“存在としての 生の次元”

1つ目の “社会的 生の次元”というのは 沢山の人間が争うこと無く
生きて行く為に作り出した人間独自の世界 
例えば 道徳で有ったり 理想の人間の姿を追い求める次元で有ったり
簡単に言うと あるべき論の世界と捉えれば解かりやすいかも知れません
完全に頭の次元であり 私達の実感で言うなら 思考する次元です。

2つ目の “自然的 生の次元”というのは 動物達と同じく
本能の次元です。私達自身の生や 自我を守ろうとする為なら
他とも平気で争い合ったり殺しあったりする 生(ナマ)の次元です。
私達の実感で言うなら 感情の次元が1番近いかも知れません。

3つ目の “存在としての 生の次元”
私達は この次元でも 確かに生きているのですが この次元としての
自覚は とても薄く感じづらいものに成っています。
何故なら 直ぐ上の次元である 感情の次元が 余りにパワフルで
どちらかと言えば 静かに立ち昇る蝋燭の炎の様な この次元を多くの人は
感じられなく成っているのかもしれません。
私達の実感で言うなら 心情の次元と言って置きます。



更に解かりやすく説明すると
1つ目の思考の次元というのは 例えば「明日は何時に家を出て あのバスに乗って
会社についたら これをやって あれをやって」と 全て当たり前の様に
考えていない様で ちゃんと無意識に頭で考えながら行動している部分を言います。
もうひとつ別の言い方をするなら 建て前の世界です。
此処で生きている人からはパワーは余り感じられませんし 
魅力も感じられないかも知れません。
従って異性からも余り好感を持たれないかも知れません。


2つ目の感情の次元は そのままです
「うるせ~とか 馬鹿野郎~」とか「文句が有るなら言ってみろ~」とか
力で相手を威嚇したり 制圧しようとする世界です。
誰でも直ぐに実感できる 言葉や行動や表情や雰囲気や 
自分の中の その場所から出ている 全てを言います。
凄くパワーが有ります。
魅力も有ります。
でも単純ですし どちらかと言えば 馬鹿です(笑)

若い頃 私も これでしたから良く解かります。
今でも少し名残が有るのかな・・・・?(独り言です)

人と争うことが多く 毒も沢山 撒き散らしてしまいます。
そして その毒は最後には自分に向かいます。
あなたのパワーは 相手も切りますけれど 自分も切ってしまいます。
確かに 一時的な完成を築き上げることは出来ますけれど 長続きしません。
何故なら 無理をして 背伸びをし続けているからです。
一体 その無理や背伸びがいつまで続きますか・・・?

此処は思考の部分で有った 建て前の世界の 対極で有る 本音の世界です。

周りの人達を見て下さい 多くの人が このどちらかに重心を置いて生きています。
思考の人 感情の人・・・・そして その両方を
行ったり来たりしながら使い分けている人・・・。


3つ目の 心情の次元
此処を自覚している人達は ハッキリ言って とても少ないです。
ところが滅多に見ることの無い 心情の自覚を出来ている人達は確かにいます。
その人達は どこが自分の本当の気持ちの在処なのかを ちゃんと知っているのです。

此処を自覚出来た人が初めて 思考や感情を使うことが出来ます。
思考や感情に使われて埋もれてしまうのでは無く 
それらに使われて仕舞うのでは無く それらを使う事が出来る様に成るのです。

この心情の次元が あなたに自覚出来た時に 初めて
あなたの中の 全ての次元のバランスを取ってくれるのです。

この次元が自覚出来ていないことは 真っ暗闇の中を灯りも持たずに
歩く様なもので有り(あっちこっちにぶつかり生傷が耐えません) 
或いは あなたの家の灯りが消えてしまっている様なものなのです。

あなたが 何をするにしても まず1番最初にする事は

そうです。
まずは あなたの家(内面)に 灯りをつけることを してみましょう。
そのくらい この心情の次元を あなたが実感することが重要なのです。

それでは心情の次元が実感出来る為のヒントを伝えましょうね・・・。
それは ひと言で云うなら 何の損得も無い次元です。
何の損得も無い気持ちです。

実は あなたは ちゃんと 心情の自覚をしたことが有るのですが
これほど重要なものだとは思いもしなかった だけなのです。

まず あなたが 自分自身に正直に成って下さい。
どこまでも どこまでも 正直に成っていくと 自分の中の1番 奥の方に 
本当は自分は 自分独りでは 何も出来ない奴であり 
たいした事の無い奴なんだとか 

或いは 本当は自分は弱くて駄目な奴なんだと感じられる場所が 有るはずです
どうですか? 有りましたか・・・?
その場所に その次元に
正直になることで 何かが見えてきます。
あなたは まだ一度も その場所に 
その気持ちに正直に成った事が有りません。

それは あなたに本当の事実を感じさせている場所なのです。
なのに あなたと来たら もしも そんなところに正直なって 
その場所なんかで 物事をやったりしたら失敗してしまうし
第一 そんな駄目な所に何も出来るはずが無いと決め付けて
蓋を し続けて来て その本物の自分である方の 
自分と一緒に 生きようとした事など 一度も有りませんでした。

あなたが その本物の “駄目で出来損ないで チンケな自分”と
勇気を出して 生きようとしない限り その自分が育つことは永遠に有り得ません


本物のあなたが育っていないから・・・いいえ 本物の 
あなたが育っていない事を あなたは 知っていたから
今日まで 背伸びをし続けなければ いけなかったのです。

そして 世の中の どこを探しても 本物のあなたを 育てられる人は
あなた以外に存在しません。
例え あなたの親が どんなに あなたを愛していたとしても 
あなたに代わって 本物の あなたを育てる事は出来ないことなのです。

多くの人は その本物の自分に蓋をしたままで人生を終るのです。
あなたも そうするのですか・・・?


(続きの2が有りますので次のページを御読み下さい)








★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に 175★2

2007-01-31 09:39:26 | Weblog


◇人間物語のメール講座NO6(2)◇

(長すぎて2件になってしまいました・続きです1の方から読んで下さい)





でも・・・不思議なことが有るのです。

それは あなたは 本物のあなたで生きたことが今迄に一度も
無い筈なのに そこで生きると駄目になってしまうと あなたが知っている 
ということです。不思議でしょう・・・?
だって 体験も無いのに 何故 あなたは そんな事を知っているのでしょう?


・・・もう解かりますよね?
本当は あなたの中に有る 
“知っている”という感覚自体が偽者で錯覚なのです。

あなたの内面で 本物の あなたに 
実際には居もしない あなたが脅しをかけているのです。

あなたが あなたに騙されているのです。
なぜ そこで生きた事も無い人に 
駄目に成るなどと言う事が解かるのでしょう?

そんなことは 有り得ない事です。



こうまでしてでも 背伸びをしている  
偽者の自分で生きさせようと必死なのです。
こうまでしても背伸びをする生き方を守ろうとするのです。
自衛本能と言うのは 凄まじいものが有るでしょう?
でも本当は守れてなどいなくて 本物の自分を駄目にしているだけなのです。

本物の自分を育てる事の方が どんなにか簡単なのに・・・
多くの人は それを知らないのです。
楽々と有能に生きられる道が有るのに・・・。

ただ 自分の中の駄目な自分にチャンスを与え 邪魔をせずに 
そこで生きさせて上げるだけの事なのに・・・。




再び “ある1日”のやり方に戻りましょう

相手に成りきる時には その人の一番奥の
その人が正直に成っている・・・自分の駄目さを自覚している その人に成って
“ある一日”の中で あなたを見つめ感じられる気持ちを
その人の 一番奥の部分で感じ取りながら書いていきます。
その時 あなたの 一番奥の部分を その人に貸して上げるのです
その人に使わせて上げるのです。

一番奥の その部分は誰のもので有れ 繋がっています。
その部分だけが 相手に成れ 相手の気持ちが感じられる 唯一の場所なのです。
その部分だけが 相手に成ることの出来る あなたなのです。

私達が 此処で解かって置く必要が有ることは 
あなたの1番身近な人とは
本来 あなたに対して とても善意的な相手なのです。
あなたに対して 日頃から とても善意な目を向け
とても 善意な行動を取ってくれている相手なのです。

私達が 日常の中で 知らずに流してしまっていた毒の塊を
その相手は 毎日 黙って飲み込む事を し続けているのです。


「そんなバカな 日頃から その相手も随分と文句を言ったりして来ているよ」
確かに その通りです・・・・でも そんな部分は感情に過ぎません。
感情も存在しますけれど それは一番奥の部分では有りません。

それに あなたは勘違いをしています。

相手が文句を言って来ている時に 初めて あなたが毒の塊を
流し込んだ訳では有りません。

日常の中で 既に あなたは当たり前の様に 毒の塊を流し込み続けている事に 
あなた独りだけが気づいていないのです

それにも拘らず 相手は その塊を日頃から黙って飲み込み続けて
もうこれ以上は飲み込めないと 許容量が一杯になってしまって 
あなたに助けて欲しくなった時に
初めて 文句を言ったり 抗議をしてきています。

相手の文句や抗議は その人の悲鳴です。
それは あなたに助けを求めているのです。


あなたは その事に気づいた上で相手に成っていかなければ成りません。
そうでなければ 相手が 余りに かわいそう過ぎます。

なぜ そんな美味しくも無いものを呑み込み続けてくれていたのかを
その暖かくて意地らしいほどの思いを ぜひ考え 汲んであげて下さいね。
その時に初めて 
あなたの前に 心情の次元が開かれて来ます。

そして たった1人の身近な人に成り切れ 
その人の気持ちが解かる様になって 初めて いつでも 
どんな人の気持ちでも あなたは自然に感じられる様になります。 



今日は ここまでで 終わりにしたいと思います。
どうも お疲れ様でした。




それでは 
明日の人間物語のメール講座を どうぞお楽しみに