むつみは話題を選び間違えたと気付くが、鈴乃の笑い声を聞くのが久しぶりで、時間が戻るような気がした。
「パーティが終わっても、むつみちゃんが見つからなくて。皆で大騒ぎで探したわ。あの時はテーブルの下で眠っていたのよね。」
鈴乃の眼差しも過去を思い出しているようだった。
あの頃は、楽しくて幸せだった。
むつみは新堂邸で過ごす事に疑問など抱かず、それを当然のように思っていた。新堂家の人々も、晴己の従姉弟達も、そして晴己の婚約者候補とされる女性達も、むつみに対して優しかった。年月を追うごとに、晴己の婚約者候補の範囲が広がると少しずつ状況は変わったが、早川鈴乃と笹本絵里は昔と変わらなかった。ある時期までは。
「そうそう。そう言えば。」
鈴乃の母親が声を出す。
「随分と悪戯っ子でしたよね。」
「えぇ。確かに。」
皆が過去の話を口にする。
「あそこでゲームをしている方達。」
その言葉に全員の視線が一箇所に集まり、むつみも振り向いた。
「大輔君と哲也君の悪戯は…。」
鈴乃の祖父である笹本豊造(とよぞう)氏の声が聞こえたのか、それとも視線を感じたのか、ゲームエリアにいる人達が動きを止めて笹本一族を見た。
「あの時…コルク抜いたの…僕ですよ。」
小さく手を上げたのは、鈴乃の父親だった。
「えぇーっと…それって、もしかして?」
むつみは記憶を辿った。
「私が…転がした…時?」
困ったな、と思って視線を上げると、皆が頷く。
そして、大輔を見ると彼は自分を指差して瞬きをしている。彼には会話の全てが聞こえていないようで、不思議そうにこちらを見ていた。
「大輔さんが瓶を持って振るから私も真似しようと思ったの。」
むつみは手を動かして当時を再現した。
「重くて振れなくて。だからカーペットの上をコロコロ転がしてみたら。」
むつみの動作を見た大輔は、笹本家が話している内容に気付いたようで、哲也の背に隠れた。
「そうする方が美味しくなるんだよって、大輔さんが言ったんでしょ?」
鈴乃の言葉に、むつみは頷く。
「で、開けたんだよね…僕が。シャンパン。」
鈴乃の父親が再び手を上げた。
「勢い良く飛び出してね。止められないし。」
「お父さん、表彰台に立っているみたいだったわ。」
被害者だった彼も、過去の懐かしさに笑う。
「…ごめんなさい。おじさま。」
「仕方がないわ。だって、むつみちゃん4歳?5歳?舞よりも小さかったはずよ。大輔さんは中学生だったのに。」
鈴乃の呆れたような声は、当時を懐かしんでいた。
◇◇◇
奈々江が涼の傍へと戻ってきた。
「楽しそうですね?」
「えぇ。大丈夫みたい。絵里と揉めているだけで、笹本の人達と何かあった訳じゃないから。でも、びっくりしたわ。晴己は出来る限り笹本家とむつみちゃんを近づけないようにしていたから。こんな風に、あの子が笹本の人達と話をしているのを見るのは随分と久しぶり。」
「笹本一族、か。」
「新堂のパーティに笹本一族は必ず来ていたから。笹本豊造氏には2人の娘、3人の孫娘がいて、1人を除いて4人は新堂正雄及び新堂晴己の婚約者候補だったの。」
「1人を除いて?」
「孫の目黒祥子さんよ。彼女は桜学園に通っていなかったし、晴己とは接点がなかった。彼女が晴己と出会った時、晴己は既に杏依さんと出会っていたから。涼君。現在、桐島太一郎氏は、どのような位置にいると思う?」
「桐島太一郎は、孫が新堂晴己と結婚して曾孫が誕生。で、その子は将来SINDOを継ぐ。将来安泰だな。」
「随分と的確な表現ね。馴染んだみたい。この環境に。」
奈々江の褒め言葉を素直に受け取る事に、涼は躊躇の気持ちがあった。だが、この“特異な世界”に、自分と優輝が足を踏み入れている事を、涼は嫌々ながらも認めていた。
涼は振り向き、むつみを見る。
「一緒に、お願いしても宜しいですか?」
奈々江が困った顔をした。
「むつみちゃんが笹本家に挨拶をする必要は…ないわ。」
「挨拶しちゃダメなの?」
問われて奈々江は周囲に視線を送る。彼女と目が合って一歩踏み出した涼は、後ろから卓也に服を引張られた。
周囲を見渡すと、久保は大輔に止められ、優輝は哲也に止められている。
「客観的に見ると、結構異様な光景。」
後ろで呟く卓也の言葉に、涼は少し冷静になった。
「ダメじゃないけれど…。」
「奈々江さん、どうかしました?笹本先生は、今ならおじさまと一緒だから。」
「えぇっと…。そうね。そうだったわよね。むつみちゃん、笹本先生が担任…だったわね。」
奈々江の表情に少し笑顔が戻る。
「今の中学に入学する手続きとか、急に決めたから笹本先生に迷惑をかけたの。きちんとお礼を言っていないから。いいでしょ?奈々江さん。」
涼の身体からも緊張が消える。
「…恩師、かよ。」
「みたいだね。」
涼は自分の服を掴む卓也の手を払おうとするが、卓也はこの状況を面白がっているようで、服を放そうとしない。
「似ているよなぁ、涼ちゃんと優輝。数年後の優輝は涼ちゃんみたいになってるんだろうなって思うけど。あ、外見だけね。中身は全然違うし。でも、こうやって見ると同じ事してるじゃん。ほら、優輝は往生際が悪いよ。哲也さんに羽交い絞めにされてる。余計に目立つんだよ。だけどさぁ、涼ちゃん?弟の彼女に執着するのはヤバイと思うけど。」
涼は背後からの声に苛立ち、卓也の手首を掴んだ。
「いてぇな。涼ちゃん。図星かよ。」
言い返そうとした涼は、目の前に瑠璃の姿を見つけて、仕方なく卓也の手首を放した。
「涼さん。あとは…。」
瑠璃と一緒に姿を見せた祥子が会釈をする。
「橋元さん。あとは私が。ですから弟さんを少し落ち着かせてください。」
◇◇◇
「お久しぶりです。おじさま。」
笹本氏は驚いた顔を向けた。
座ったままでも構わないのに、席を立とうとした笹本氏を奈々江が止める。
「笹本先生。」
むつみは笹本氏の長男を見た。
「あの時はお世話になりました。先生に御迷惑をおかけしてしまって。でも…先生が両親を説得してくださった事、感謝しています。」
「受験生、だな。どうだ?志望校合格の可能性は。」
「先生?自信があると言えるほど受験は簡単ですか?でも、合格しないと桜学園に進学しなかった意味がなくなります。」
むつみは、その言葉を自分に言い聞かせた。
そして、絵里の姿だけが抜けた笹本一族に挨拶をする。
「鈴(すず)さん。」
むつみは、最後に彼女の名前を呼んだ瞬間、今までの緊張が解けそうになった。
一番伝えたいと思っている言葉を口にしてよいのかどうか迷い、だが言ってしまうと耐えられないと思った。泣いてしまうと大騒ぎになる。自分の後ろにいる人達が、このまま黙っていてくれるとは思えない。
「むつみちゃん大きくなったわね。」
鈴乃(すずの)の声が懐かしかった。
「はい。中学3年になりました。舞(まい)ちゃんも大きくなりましたね。」
小さな子供が鈴乃の足元に抱きついていた。
「こんにちは。」
むつみは身体を屈め、子供と視線を合わせる。
「はじめまして。舞ちゃん。」
「舞。ご挨拶は?」
鈴乃が促すが、舞は鈴乃の後ろに隠れてしまう。
「ごめんね、むつみちゃん。このような場所…この子初めてだし、それに…。でも、やっぱり晴己様と杏依様に会ってもらいたくて。」
むつみは立ち上がり、鈴乃に話す。
「同じ年頃の友達がいないと…ちょっと退屈ですよね。私も以前は、そうでした。雰囲気に圧倒されちゃうんです。だって、みんな自分よりも背が高いでしょう?足元をウロウロするしかなくて。それに、何処にでも隠れられるから。」
鈴乃が笑う。
「そうね。むつみちゃんがいなくて探したのよ?何処だろうって。そうしたら。」
笹本氏を囲む他の人達も笑う。
暫く会わない間に随分と逞しくなっている卓也に涼は驚いて、少し寂しくなる。
これでは晴己と同じだと、自分を笑う。
「随分と…大人だな。」
「だって、とにかく情報を集めないと。」
映画に出演する為なのか、常に短かった卓也の髪が伸びている。
「卓也。髪…伸ばすのか?」
「え?あー…ある程度は。別に前みたいに短くする必要ないし。」
「卓也。背…伸びたのか?」
「えー?たぶん。成長期だし。」
「卓也。」
「何?」
「…彼女、いるだろ?」
「…え?」
涼の言葉に卓也の表情が歳相応になる。
「いない。」
「卓也、受験生だろ?」
「勉強してるって。仕事だってしてるし。」
「多方面で充実してるんだな?」
「涼ちゃんを見習っているだけだよ。」
涼が飲み干したグラスを卓也の頬に当てると、卓也は冷たさで目を閉じる。
「俺を見習っても何の役にも立たないぞ。義務教育中は大人しくしてろ。」
「涼ちゃんに言われたくない。」
「俺を見習うんじゃないのか?」
卓也が涼からグラスを受け取りテーブルの上に置く。
「いいじゃねーか。別に。お年頃なんだから。」
水を飲んだからなのか、卓也との会話に緊張しなくて良いからなのか、涼は気持ちが解れていく。
それなのに涼は後ろから肩を掴まれ、仕方なく卓也から離れた。
「涼。」
振り向くと直樹が立っていた。
「絵里が到着した。」
直樹の小声が涼の耳に届く。
「俺は迎えに行く。着物だから15分くらいで会場に来るだろう。」
「迎えに行くのか?」
「忘れたのか?笹本絵里は倉田直樹の婚約者だぞ?」
直樹の投げやりな言い方は、婚約者を迎える男性の口調ではなかった。
「涼は、むつみちゃんを探せ。」
「分かった。」
直樹に言われた15分を頭に刻み、涼は時刻を確認した。
周囲を見渡し順番に確認していく。
優輝は子供達にグリップの握り方を教えていた。
斉藤医師は前園医師と会話をしている。
碧は、杏依の母親である香坂志織と話している。一緒にいるのは優輝達が通う中学校の教師の森野だった。
「瑠璃さんが戻ってきたぞ。」
直樹の言葉に出入り口を見ると、同級生達と部屋に入ってきた瑠璃を祥子が呼び止めている光景が見えた。
加奈子の姿を探すが見つからず、もしかすると勝海の部屋なのかもしれない。
それ以外の人間で、むつみが話をしそうな相手が涼には見当がつかなかった。
だが、新堂の家と親しい彼女は、このパーティに顔見知りが多いだろうから、涼は会場の全てを見渡した。最初からむつみと瑠璃が常に一緒に行動しているべきだったのかもしれないと後悔し始め、焦る気持ちが大きくなる。
「直樹さんはテニスしないの?」
その声に涼が振り向く。
「昔は、はる兄としていたでしょ?」
すぐ後ろに、むつみが立っていて、彼女は直樹に話しかけている。
「あ…いや…するよ。時々。遊び…程度だけどね。ごめんね、むつみちゃん。」
絵里を迎えに行こうとしていた直樹は、むつみに声をかけられ驚いていた。
「絵里さんが到着されたんですよね。いってらっしゃい。」
「あ、あぁ。行って来るよ。」
直樹が立ち去る際、涼に視線を送る。
涼は、目の前に立つむつみに、声をかけて良いのかどうか迷ったが、そんな涼の横を彼女は通り過ぎる。
「…え?」
涼は、思わず声を出した。
まるで見知らぬ人のように、そして存在を無視するような態度。涼は彼女の行き先を確かめようと振り向こうとしたが、それより先に、またむつみが声を出す。
「奈々江さん。」
涼は少しホッとした。
奈々江は状況を知っているだろうし、むつみが奈々江と一緒にいるのが賢明な気がしたからだ。
だが、そんな涼の安心を無視するように、むつみは意外な事を口にする。
「笹本のおじさまに、ご挨拶したいの。」
「「「「「え?」」」」」
その言葉は色んな方面から聞こえた。
「絵里姉さんは晴己様を侮辱しません。」
「…そういうことか。だが、斉藤むつみに対する言動は、晴己を侮辱する事になると思うが?」
「そう考えるのは、晴己様と“彼女”の関係が特別だと認めている、という事でしょうか?」
会社を訪問してきた絵里も、晴己がパーティを催した理由を聞く奈々江も、そして今の祥子も。何かを知っていて隠して、そして探りを入れているのが分かる。涼は話を聞きたいと思うが、祥子の言うように頭は混乱しているし、疲れているのも事実だった。
「少し優輝の様子を見てくるよ。」
「はい。それでは、後ほど。」
顔立ちは似ていないのに、祥子の笑顔は絵里に似ていると、涼は感じた。
◇◇◇
「忙しそうだな。橋元。」
ゲームを見学している人達に近付くと、高瀬が涼を呼び止めた。
「女性ばかりじゃないか?」
「高瀬部長、相手は瑠璃さんですよ。」
高瀬も瑠璃が斉藤家に出入りしている事は知っているのに、余計な事は言わないで欲しい。
「そうだよなぁ。にーちゃん、楽しそうじゃん。」
何も知らず勝手な事を言う優輝に呆れてしまう。
「瑠璃さんだけじゃなかったし。」
優輝が祥子の事を話しているのは分かるが、涼は曖昧な笑みで誤魔化した。
「優輝は、やらないのか?」
「やらない。子供の遊びだろ。」
涼からみると、中学3年生は充分に子供だと思う。だが、ここに集まっている“中学3年生”は、しっかりと大人の世界で活動しているのも事実だった。
「涼ちゃん。ちょっと。」
卓也に呼ばれて、涼は優輝の事を気にしながら、その場を離れた。だが、優輝は子供達のゲームを真剣に見ていて、涼と卓也の行動を気に留めていないようだった。
卓也に連れられ人の輪から少し離れた涼は、その場所から先ほど自分が立っていた場所を見る。
その周囲にいる人達を、改めて見渡す。ゲームを楽しむ子供達と、その世話をする久保と晴己の従弟である哲也と大輔。そして、その光景を見る高瀬と水野に加えて、何人かの外国人を見つける事が出来た。
「あの人達、テニスのコーチだよ。」
「海外から来たのか?」
「晴己さん、小学生の頃に短期で留学してたみたいだから。クラブの人達も何人か来ているんだ。」
「あぁ。直樹から聞いたよ。」
「でも、大西さんは来ていないよ。」
涼は久しぶりに聞く名前にボンヤリとしていた思考が現実に戻される。
「そりゃ、来れないけどさ。」
卓也が優輝を庇って怪我をした時、救急車を呼んだのが大西だった。
「完全に優輝の前から消えたのなら良いけど。今は母親の実家に住んでいるんだって。大西さん桜学園に通っていたのに、九州の高校に転校したみたいだ。」
「…家庭の事情か?」
「さぁ?それと、今度映画に出るんだけど。」
「あぁ。奈々江さんから聞いた。」
「背中の傷、映像に残ると思う。」
「…え?」
涼は卓也の言葉の意味が分からなかった。
「海での撮影シーンがあって。」
「…いいのか?」
「いいよ。この傷を消す必要はないって思ってるから。」
「でも卓也。そうなると…事件の事が大きくならないか?」
「事故だよ。」
卓也は、はっきりと強い口調で言った。
「事故って…卓也?」
涼は水野氏の言葉を思い出す。
“酷い事故”と言った水野に、あの場で訂正する事を躊躇してしまった。あれを事故という言葉で処理するのは無理なのに、本人である卓也が何故“事故”と言うのか?
「事故だよ。涼ちゃん。その話もあるから、今度時間作って。いろんな情報手に入れた。」
「情報?」
「うん。俺と涼ちゃんは、いつでも会えるだろ?だから、この貴重な時間は他の人と話した方がいいよ。」
涼は冷静に判断している卓也に驚いていた。
「言っただろ?優輝が選ぶ方法に俺は協力するって。でも、優輝が選んだ道は、かなり険しそうだ。」
運ばれてきた酒を取ろうとした手を卓也に止められる。
「涼ちゃんは、いつでも飲めるだろ?酒に強いからって飲んでる場合じゃないよ。これだけの人数、頭が痛いけど。」
そして卓也が差し出したのは、氷を浮べた透明な液体が入ったグラス。
「はい。水。」
今、倉田姉弟に問われたら、楽しくないと答えるだろうと考えながら、涼は冷たい水で身体を潤した。
涼は斉藤氏と会話をした事は何度もある。
だが、今日の斉藤氏は普段とは随分と印象が違うと感じた。
涼は、むつみの父親である斉藤氏と会った事があるだけで、医師としての彼も、それ以外の彼も知らなかった事に気付く。
祝賀のパーティだから当然だが、斉藤氏は饒舌だった。
そして、その原因の1つがアルコールの可能性が高いと感じた。
以前、晴己が大量の料理を斉藤家で作ったことがあり、涼と優輝が招かれた事がある。その時、斉藤氏がワインを飲まなかった事を思い出した。
「先生、何か飲みますか?」
瑠璃がアルコールを勧めようとする。
「ありがとう。少し控えておくよ。まだ始まったばかりなのに随分と飲んでしまった。まだ勝海君に会っていないのに。」
斉藤氏は上機嫌だった。
「先生。お酒を飲まれるのは滅多にないでしょう?」
瑠璃が再度勧めた。
いつでも患者の為に、すぐに病院に戻れるようにと、斉藤氏が自宅で酒を飲む事は滅多にない。それを知っている瑠璃は、今日は許されるだろうと思った。
「そういえば…前回も、この場所だったかもしれないな。」
「ここ、ですか?」
涼が問う。
「晴己君の結婚式の時以来だ。」
数年間、酒を飲んでいないのなら、尚更今日は堪能してもらいたいと、涼はグラスを1つ斉藤氏に勧めた。
「先生。彼の家は…桐島家は代々政治家、ではないのですか?」
涼は桐島明良の話題に戻した。
「明良君は次男だからね。太一郎先生の後継者は、兄の賢一(けんいち)君じゃないのかな?」
涼は斉藤氏の視線を追った。
引退している今でも充分に風格のある人物を見つける事ができ、彼が杏依の祖父である桐島太一郎だと分る。
そして、彼を囲むようにして立っているのが、桐島一族だった。
「瑠璃さん。」
斉藤氏が瑠璃を呼ぶ。
「むつみは、どこだろうか?」
「加奈子ちゃんと話していましたよ。えぇっと今は…。」
瑠璃が周囲を見渡すが、むつみの姿は見つからない。
「瑠璃さん。もしむつみを見つけたら宜しく頼むよ。涼君、また後で。」
そう言って斉藤氏は立ち去った。
「瑠璃。」
瑠璃は別の声に呼ばれて、むつみを探す事を中断した。
「瑠璃。次、私達の順番だって。」
瑠璃を呼んだのは目黒祥子で、涼は、その場を離れようと思った。だが、祥子の声が涼を止める。
「こんにちは。橋元涼さん。」
当然だが、目黒祥子は涼の事を知っていた。
「杏依の…結婚式以来ですね。目黒祥子と申します。」
笹本絵里の従妹に、どう対応したら良いのかと考えていると、祥子が先に口を開いた。
「瑠璃。私達は別々に行きましょう。先に松原君達と行って。心配しないで。絵里姉さんは、まだ到着していないから。」
新堂勝海は、このパーティ会場とは別の部屋にいる。
お披露目といっても、相手は新生児。殆どを寝て過す時期だ。パーティ会場は、待合室の役目も果たしていて、少人数に分けられたグループが、順番に勝海の部屋を訪問する事になっている。
瑠璃が去った後、残された涼は祥子の視線を感じた。
「お疲れになったでしょう?」
涼は答えに迷った。
「お疲れなのにごめんなさい。お伝えしたい事が。」
涼が眉根に皺を寄せた。
「でも、今は本当にお疲れみたい。少しゲームを見てきたら如何ですか?先ほども言いましたように、絵里姉さんは暫くは来ませんから。」
「どうして、来ないんだ?」
「ここに、絵里姉さんの事を好意的に見る人なんて、少ないから。今日は祝賀のパーティでしょう?それに水を差すほど絵里姉さんは世間知らずじゃないわ。」
笹本絵里が気の回る人物とは思えない涼は、祥子の言い分に首を傾げた。