りなりあ

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約束を抱いて:番外編-傍観者-4

2007-05-13 02:43:22 | 約束を抱いて 番外編

杏依の名前を出すだけで、彼女の顔が緩む。
小さな子供のように。
正しくは年相応なだけなのかもしれない。
普段の彼女が落ち着きすぎているだけなのかもしれない。
何が正しいのか私には分からないし、むつみちゃんの事を理解するのは、かなり難しそうだ。
だけど、確実に分かるのは、彼女が杏依をとても大好きなのだという事。
「杏依、茶葉の御土産を友達に頼んでいたから、また新しいお茶を飲ませて貰えると思うわ。」
「お土産?」
「年末に杏依の実家にお邪魔したの。本当は、そのお隣に用事があったんだけど、その人が留守で。」
「松原、英樹…さん?」
「知っているの?松原君のこと?」
「…結婚式に…。」
「あぁ、そうよね。杏依と新堂さんの結婚式で会っているわね。その松原君が旅行に行くから、お土産に茶葉を頼んでいたわ。」
「楽しみですね。杏依さんが淹れてくれるお茶、美味しいから。」
「じゃあ、杏依に連絡する?今度、杏依に来てもらって、杏依に淹れてもらうのが確実よね?」
彼女の頬が緩む。
作られた綺麗な微笑とは違う、愛らしくて可愛い笑顔。
幼くて、嬉しそうで、幸せそうで。
いつもいつも、こんな風に笑ってくれればいいのに、そう思った。

◇◇◇

「どうしたの?瑠璃?新しいバイト、大変なの?」
グルグルとカップの中をスプーンで混ぜる私に、由佳が問う。
自分から呼び出しておきながら、私は由佳との会話に集中できずにいた。
「大変というか、予想はしていたけれど、予想以上というか。」
「家庭教師のバイト?生徒さんの成績、難しそうなの?」
私は首を横に振る。
「その点は、問題なし。志望校が私達の高校だけど、勉強に関しては私が教える事はないって感じだわ。」
むつみちゃんとの距離を縮めるのは時間が必要だと分かっている。
彼女の性格を考えると、そう簡単に心を開いてくれそうにもない。
彼女と理解し合う必要などないと思う気持ちはあるが、彼女を理解したいと思い始めている私が存在しているのは事実だった。
一対一の時間を過す事が可能なのは“家庭教師”という時間だと思うが、今のところ、まだその機会はない。
初日は“運転手”と“家政婦見習い”。
2日目は、“家政婦らしきもの”と、“話し相手”。
そして、3日目である今日は、どうなるのか未知のままだ。
昨日、橋元優輝と一緒に姿を見せたのは、彼の兄である、橋元涼だった。
もちろん面識はあったが、特に話をした事があるわけでもなく、橋元涼は怪訝そうな瞳で私を見た。
ダイニングでは食事中で、それなりに会話も弾んでいた。
私は一緒に食事をするわけではないし、少し席を外そうと廊下に出ると、しばらくして橋元涼がやってきた。
『送り迎えなら俺が。』
『私は、これが仕事ですから。それに今は可能でも、橋元さんは4月から就職されるのでしょう?送り迎えに時間を取られるのは大変だと思いますが?』
『どうして急にこんな事。晴己が君に頼んだんだ?』
『むつみちゃんが彼氏と会えるように、でしょう?』
そう答えたが、私も新堂さんの真意は分からない。
「瑠璃?」
昨日の事を思い出す私は、由佳の声に現実に戻される。
「家庭教師だけじゃなく、送り迎えとか留守番とか。そんな感じの仕事もあって。」
「そう。全般的な感じね。御両親、留守が多いの?」
「そうね、2人とも忙しそう。」
「料理も?」

「まぁ、少しは。でも、昔から働いている家政婦さんがいるし、料理上手だし、私も色々と教えてもらえるし、私も勉強になるけれど。ただ、その子の方が料理上手なの。」
「あら。すごい中学生ね。年齢制限があるから車の運転が出来ないだけで、それ以外は大学生の私達も敵わないのね。それで、超美人だなんて言われたら、びっくり。」
「正解。あまり母親には似ていないけれど。でも、やっぱり美人よ。」
「母親?」
「だって、母親が、あの星碧だもの。」