りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

番外編 9/4

2013-09-04 18:19:11 | Weblog

お花見当日 

White day:5  の数週間後になります

*1話にまとめました。


◇斉藤むつみ◇


別荘での滞在を終えて自宅に戻ると、街中が春の装いだった。
ゆっくりと別荘で過ごしてしまった私は、移り行く季節を見逃してしまったのかもしれない。
はる兄と杏依さんは私よりも早く戻った。
入学式までゆっくりと過ごすと良いよ、はる兄は、そう言ってくれた。
私が桜学園に入学しないことを伝えた時、はる兄は何も聞かなかった。
ただ、そう、と言っただけだった。
はる兄は、最近、私が望む言葉をくれない。
お花見に誘ってくれなかった。
一緒に行こうって、言ってくれなかった。
康太お兄様には、あれから会っていない。
はる兄は約束を破る人じゃない。
だから、あれは私との約束だと思っていないみたいだ。
見上げると綺麗な桜が咲いている。
今日は誰でも入れると聞いている。
だから、私が行っても良いはず。
戸惑いながら門の中を覗き見る。
「あ…」
座っている人の中に、先生を見つけた。
笹本先生も私に気付いてくれた。
「どうした?斉藤。中学の制服か?」
「…はい。今回は色々と急なことばかりで、ありがとうございました。今、学校までの道順を確認してきました。先生、歩いて通うみたいです」
言うと、笹本先生が豪快に笑う。
学校では見たことがない姿だった。
「そりゃ新鮮だな。ん?ここ、通り道か?」
「いえ…あの…今日は開放されているって聞いて…」
笹本先生の表情が変わる。
あまり良くない、それを瞬時に察した。
「そっか…まぁ、座れ」
敷地内に案内されて、私は椅子に座る。
先生の隣にいた男性が、凄いスピードで階段を駆け上がって行く。
「あの…笹本先生の、息子さんですよね?」
「あぁ。俺達は門番をするって言うのが、この一般開放の時の昔からの風習」
「そうですか。近所の方達が楽しみにしていました」
「そうだな。随分と久しぶりだな」
笹本先生が懐かしそうに階段の上を見上げた。
それから、しばらく先生と話をした。
私は上に行きたいけれど、どう考えても引き止められている状態だった。
そして、次に起こる事を予想する。
「むつみちゃん」
声の人が門から入ってくる。
直樹さんだった。
私は笹本先生に挨拶をすると直樹さんに近付く。
門の外には車が停められていた。
そして、その車から絵里さんが降りてきた。
あぁ、やっぱり。
着物姿だと階段大変だものね。
絵里さんの弟さんが私が来たことを知らせに行って、直樹さんの車でここまで来たのだと、すぐに分かった。
「お花見。お誘い、受けたの?」
「いいえ。誰からも。一般開放だとお聞きしたので」
「そう。むつみちゃん。向かいの家でお茶でも、どう?」
「はい。ありがとうございます」
私は絵里さんに促されて門の前の道路を渡る。
そして、そこにある一軒の家に入って行った。

◇◇◇

とっても綺麗な和菓子。
ホワイトデーに連れて行ってもらった和菓子屋さんだと絵里さんが教えてくれた。
「絵里さん。今回は色々とありがとうございました」
絵里さんは、制服姿の私を見た。
直樹さんは笹本先生のところに残ったままだ。
「ここね。今は私の弟が住んでいるの」
築年数が経過している感じの家だが、内装が綺麗だった。
「その前は、従兄とか叔父とか、笹本の身内が住んでいたの」
絵里さんの親戚の家、みたいだった。
「どうしてか、分かる?」
そう問われて私は首を傾げる。
笹本家が所有する家なら笹本の方達が住んでも変ではない。
「ここからね、まっすぐに見えるでしょう?」
言われて窓から見ると、門の向こうに階段が見えた。
「うわー…綺麗ですね。桜」
桜が綺麗だから、ここに住んだのかな?
「この家に住む人達を見守りたい、そう思ったからなの」
絵里さんが少し笑う。
「本人は知らないから、この事を話したら気持ち悪い、って言われるかもしれないけれど。でも彼女が生まれる前から、だから。それに、1人暮らしの女の子、心配でしょう?」
絵里さんの言葉に、あの人を思い出す。
「今も…1人、ですか?」
「今は違うわ」
「康太お兄様は?ここに住んでいるって、はる兄が」
絵里さんが驚いた顔を向ける。
「…好美ちゃんに会いに来た訳じゃないの?」
1年前、病院で絵里さんに会った時、私は姫野好美さんと一緒にいた。
「好美さんにも会いたいけれど、でも私のこと覚えていないかもしれないし。私のこと、知らないかもしれない」
「康太君は覚えているの?」
「だって、康太お兄様のことは、私が小さな時から知っているし、康太お兄様が帰ってきたって聞いて会いたくて、でも、はる兄が誘ってくれないから」
「むつみちゃん。晴己様が誘わなかったのなら、それが答えでしょう?」
それは正しい意見だった。
はる兄は、私が康太お兄様に会うのを、あまり良いと思っていない。
「で、でも。私、康太お兄様と同じ中学に行くの。高校も康太お兄様と同じ高校に行くの。だから」
「だから制服で来たの?」
私は何度も頷いた。
「康太お兄様に桜学園ではなく、近所の中学に行きますって…報告するの」
とても不思議そうに絵里さんが私を見る。
「康太君と…親しいの?」
問われて、私は首を傾げた。
「えっと…康太お兄様、時々新堂のおうちに来ていたし、本当に時々だけど。テニスの練習が終わった後とか、康太お兄様は本館に泊まっていたし…。朝ごはんの時とか、お会いしたらご挨拶するのは普通…だと思う」
「その程度?」
そう言われても分からない。
親しいと表現するのが、どの程度、なのか。
でも、考えて…絵里さんが望む答えに辿りつく。
認めたくないけれど、それは事実だから。
「妹さんが…」
泣かないように、握りこぶしに力を込める。
「康太お兄様が、妹がいるって話していて。でも、会えないからって。だ、だから私は」
その人の代わりだったと、ちゃんと分かっている。
康太お兄様は、いつも難しい本を読んでいた。
今になって分かるのは、それが色んな数式や外国の言葉みたいだった、というだけで内容は全く分からなかった。
でも私が書庫に行くと、康太お兄様は、いつも絵本を選んだ。
文字が多くても、簡単な漢字なら読めるようになっても、いつも最初に選んでくれるのは絵本だった。
そして、まるで椅子の背もたれのように私の後ろに座って、絵本を見せてくれた。
お父さんが、してくれたように。
はる兄は、本を読む時は椅子にきちんと座るように言うから、康太お兄様のように絵本を読んでくれたことは一度もない。
杏依さんにお願いしたこともあるけれど、お互いの体の大きさを考えると杏依さんに負担が大き過ぎて、2人で疲れてしまった。
「会えない妹さんを懐かしく思っていたみたいです。でも、妹さんと一緒にいるのをお見かけしたから。お忙しいみたいなので私は帰ります」
綺麗な和菓子を、きちんと全部食べて、そして苦い抹茶も頂く。
…苦くて、ちょっと涙が出そうになった。
「康太君に会いたいの?」
顔を上げることが出来なくて、頷くことも、肯定の返事をすることもできない。
「どうして?」
そう問われて、私は考える。
どうして、こんなに康太お兄様に会いたいのだろう?
「だって、康太お兄様、いつも寂しそうで、いつも1人で」
「康太君が心配?」
そう問われて、それだけが理由ではないけれど、康太お兄様が今どうしているのか知りたかった。
素直に頷けない私に、絵里さんが困ったように微笑む。
そして、桜の花の形をした、小さな落雁がお皿の上に置かれた。
「見習い中の方が作ったみたいよ。売り物じゃないらしくて」
「そうですね。売り物には、なりませんね」
思わず言ってしまった言葉に絵里さんが笑った。
「むつみちゃん、正直ね」
「…すみません」
ホワイトデーのハートは、綺麗な形だった。
でも、この桜は、ちょっと崩れてしまっている。
桜は…繊細…ということにしておけば良かった。
私は帰ると言ったのに、追加された落雁。
味わったほうが良さそうで、絵里さんは時間を気にしていて…引き止められている、そう感じた。
それからしばらくして。
「むつみちゃんが心配しなくても康太君は、大丈夫よ」
私など康太お兄様の役に立つことはできない。
それは分かっているけれど、言葉にされてしまうと、ちょっと落ち込んでしまう。
「むつみちゃん」
呼ばれて絵里さんの視線を追う。
窓の外に康太お兄様の姿を見つける。
階段を降りてくる姿。
門の外に出る姿。
隣には、あの人が一緒だった。
彼女が手を振る横顔を見ていると、しばらくして、男性と女性、そして男の子の姿が現れる。
康太お兄様が、とても軽々と男の子を抱き上げる。
そして、好美さんと一緒に門の向こうに消え、男性と女性は来た道を戻って行った。
「康太君の妹さんよ」
うん、知ってる。
「康太君の弟さんよ」
…知らなかった。
でも、知らなくて当然かも。
あの子は、まだ4才ぐらい。
私は、この数年の康太お兄様を知らない。
今までだって、新堂の家で時々お会いするだけ。
でも、私にとっては特別な人だった。
私も、いつも1人だったから。

◇◇◇

絵里さんに挨拶をして笹本先生にも挨拶をして、私は自宅に向かって歩いた。
最後じゃない、終わりじゃない、会えないわけじゃない。
康太お兄様の領域に、私が入る必要はない。
康太お兄様と、直接連絡が取れるわけでもない。
私と康太お兄様に、直接繋がりがあるわけでもない。
はる兄がいるから、時々会えただけ。
はる兄の生きる空間に私が入るのではなく、私が生きる空間に、はる兄が時々来てくれる。
それだけで充分。
だから、絵里さんの言っていることは分かる。
中学からは桜学園に通わないこと。
それを決めたのは私だ。
だけど、その通う中学に康太お兄様は通っていた。
はる兄の領域と私の領域。
それは重ならないけれど、私は康太お兄様の領域に入ることになるのに。
何がダメで何が絵里さんを困らせているのか…そう、困っていた。
怒っているのではなく、聞き分けのない私に呆れて、困っていた。
何度も何度も、どうして分からないの?と。
分からない。
はる兄のいない空間で生きていくことが、どんなことなのか分からない。
「入学式、まだよね?」
背後から声をかけられて、思わず身体が震えた。
「そんなに驚かないで…大丈夫?顔色、悪いよ?」
振り向くと、そこには私と同じくらいの身長の女の子。
「あの、えっと?」
確か、近所に住んでいる子だ。
「飯田加奈子ちゃん!」
私の声に、今度は彼女が仰け反った。
「…元気みたいで良かった。ねぇ…どうして、その制服?」
「あ、あのね!私」
ポンと、肩に両手を置かれた。
「私、全然急いでいないから、ちゃんと話を聞くから。ちょっと落ち着いて。あー…ジュース飲む?」
そう言って彼女は公園を指差した。
その前にある自動販売機でジュースを買う。
私は本当は甘いジュースは苦手だけれど、加奈子ちゃんが買った甘そうなジュースを私も買ってみた。
ベンチに座って一口飲むと、残っていた苦味が消えて、ふーっと息を吐き出した。
「落ち着いた?」
「はいっ!」
「で、どうして制服?」
「学校まで歩いてみました。何分なのかなって」
加奈子ちゃんが首を傾げた。
「私、この制服で中学に通います」
「…え?ってことは桜学園じゃないの?ねぇ、それよりも、その敬語、やめて」
「あ…はい」
「制服着ているから驚いたじゃないの。私、入学式、行き忘れたのかって」
「え?じゃ、じゃぁ、飯田加奈子さんは私と同じ年なの?」
「…そうだけど?」
「年上だと思っていました。大人っぽいから」
「それ…あなたに言われると嫌味に聞こえる」
その意味が分からず、私は首を傾げる。
「で、でも、凄いですよ?」
あ、敬語になっちゃった。
でも、隣に座る加奈子ちゃんは、とても綺麗。
薄手のコートを羽織っているけれど、とても綺麗なワンピースを着ていて、髪型も綺麗にまとめられている。
なにかのパーティでも行ったみたいな感じだった。
「今日は特別。ほら、あの桜の家で」
「あ…」
私が入れなかった場所。
「今日、私の知り合いが演奏したの。ヴァイオリン。だから聴いてきたの」
素敵だろうな、そう思った。
「彼が選ばれたのは当然だと思うけれど、羨ましかった」
はぁーっと溜息を加奈子ちゃんは出す。
そして彼女の膝の上で、綺麗な指が動き出す。
「中学校の音楽室、使っても良いってOK貰ったの。学校に行くのが楽しみ」
加奈子ちゃんの顔が明るくなる。
私はドキドキして不安な中学校を、彼女はとても楽しみにしている。
「じゃぁね。また入学式でね」
そう言って加奈子ちゃんが立ち上がる。
彼女の髪から、桜の花びらが、ひらりと舞う。
「あ、あの!」
私の声に加奈子ちゃんが振り向いた。
「ね、ねぇ。うちに来ない?」
色んな理由を言いたくても、うまく言えない。
加奈子ちゃんは少し考えて、そして笑顔になる。
「ピアノ弾かせてくれる?私の家、ピアノがないから。あなたの家から時々音が聞こえるけど、弾くの?」
「私は弾かない…というか、習うのやめちゃったから。お母さんのお友達が時々」
母の仕事関係の人達が家に来た時に弾いていることがある。
「じゃ、調律はOKね。それと、もうひとつ」
加奈子ちゃんは、とても楽しそうな笑顔だった。
「私と友達になって」
それは、私のほうからお願いしたいくらい、嬉しい言葉だった。
「わ、私で…いいの?」
「いいわよ。もちろん」
「わ、私…中学校のこと何も知らないけど、いいの?」
加奈子ちゃんが驚いた顔をして、そして笑う。
「私だって知らない。まだ入学していないから」
確かにそう。
でも、私が心配なのは知らないのは、違う意味がある。
「大丈夫。みんな同じだから」
髪を、すっと撫でられた。
加奈子ちゃんの手に、ピンクの花びら。
それが風に舞い上がる。
「みんな今までの世界とは違う場所に行くの。みんな不安よ?」
きっと、これが私の新しい世界。
はる兄の世界や康太お兄様の世界とは重ならない、私の世界。
私達の世界。
そこで生きていくことができたら、誰に頼らなくてもあの階段を上れる気がする。
私は康太お兄様との思い出を閉じ込める小さな箱を、心の奥に用意した。
いつか、それを開ける時がくるまで。
何年先になったとしても。



コメントを投稿