りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

指先の記憶‐49

2008-09-16 09:53:22 | 指先の記憶 第一章

「条件?」
予想しなかった話の展開に、私は戸惑い不安になる。
「そんなに不安な顔をするなよ。俺は無理難題を押し付けるつもりはない。」
話しながら裁縫箱の中に針と糸を戻す。
「イチ。1人で」
「ちょっと待って!」
私の声に須賀君は少し驚いたようだった。
「イチって何?イチって?まさか数字?ニイとかサンとか言わないよね?」
「お?鋭い。みっつあるよ。」
「えぇ?変だよ。ズルイよ。卑怯だよ。」
「別に俺は構わないけど?自分の事は自分で、どうぞ。」
冷たい口調と視線に、私は須賀君の腕を掴んだ。
「と、とりあえず、聞いてみる。」
仕方ないな、そんな感じで須賀君が笑った。
「イチ。1人で悩まない事。」
「…え?」
「疑問に思う事や不思議に思った事、誰でも良いから相談しろ。その相手が俺で、俺が力になれるのなら嬉しいけれど、俺が姫野に嫌な思いをさせたり傷つけたり、悩ませる時が来るかもしれない。」
私は首を振った。
須賀君が私を傷つける事なんて、ないのに。
「仮定、だよ。もし、そういう時が来たら、カレンさんでも絵里さんでも。これから新しく出来る友達でも。誰でも良いから相談する事。香坂先輩とかさ。」
「うーん、杏依ちゃんに相談して、解決するかなぁ?」
なんとなく、彼女は悩みというものからは遠い位置にいる気がする。
でも、ずっと前に和菓子を選んで欲しいと言った彼女は、確かに悩んでいたかも。
「大丈夫だよ。」
須賀君は笑わなかった。
とても真剣な顔と声だった。
「香坂先輩が持っているカードは多いから。」
「え?」
「そのうち、分かるよ。新堂杏依は…未来を持っている。次はニイ。」
須賀君は立ち上がると、直してくれたスカートを私の椅子の背もたれにかけ、そして机の上に置いてくれた絵本を手に取った。
そして、座ったままの私に絵本を差し出す。
私は、少し戸惑いながら、その絵本を受け取った。
「自分の幸せは自分で護れ。」
色褪せた懐かしい絵本が、私の手の中に戻る。
「姫野は1人だから。誰の事も気にするな。考えるな。自分の幸せだけ考えて、亡くなった姫野の父親や、ばあちゃんに、いつでも今の自分の事を自信を持って報告できるように。姫野は自分だけの幸せを護れば、それでいいんだよ。」
とても、ゆっくりと、小さな子どもに聞かせるように、須賀君は話す。
「…貰ったのか?」
傷んでしまった本を撫でていた私の指は、裏表紙の下の方で止まった。
「覚えて…ないの。私の本だと思ってた。お父さんか、おばあちゃんが…買ってくれたと。」
私は始めて気付いた。
“ひめのよしみ”と、ひらがなで書かれているが、それはシールの上に書かれている事に。
私の名前を書き損じた家族の誰かが、改めて私の名前を書いた、というよりも、そこには別の人の名前が書かれているような気がした。
シールの下には、私以外の人の名前が書かれている。
「貰ったのかな?古本屋とか、バザーとか、譲ってもらったとか、かな?」
私はシールを剥がす事を戸惑った。
そして、私の名前が“大人の字”ではない気がした。
最近、ひらがなを絵を描くように画用紙に書く雅司君や舞ちゃんのように、子どもの字のようだった。
「姫野。明日の朝は早いし、夕食にしよう。」
「え?でも、サン、は?」
「それは明日。」
「え~?気になる。」
「大丈夫だよ。姫野は悩んで眠れないとか、有り得ないから。」
須賀君が私の手から絵本を取り、机の上に戻した。

◇◇◇


夕食は須賀君手作りのオムライスだった。
オムライスにケチャップで絵を描く彼を見ながら、彼が意外と幼いのか、それとも私が子ども扱いされているのか、ちょっと疑問だった。
朝は、須賀君に急かされながら準備をして、私達は施設へと向かった。
一緒に暮らす事をやめた須賀君は、雅司君の気持ちに対して、かなり敏感になっていた。
それでも施設を出る事にしたのだから、彼なりの理由があるのだろう。
「姫野。」
須賀君が私を呼ぶ声がする。
振り向いて、私は彼が雅司君と手を繋いでいるのを見た。
雅司君が私を見上げて、そして不思議そうな表情をする。
「おはよう。雅司君。」
「よしみ」
その呼び方は、あまり心地良くない。



コメントを投稿