りなりあ

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番外編 3

2013-12-24 21:57:58 | 指先の記憶 番外編

「好美」
ちょっと暴れてみたけれど、再び背後から拘束されてしまった。
「涼さーん、助けてください」
ゆっくりと橋元涼が私の前に立つ。
「危機的なものを感じませんが、助けたほうが良いのでしょうか?」
凄く面倒そうな声だった。
あー…この人も飲んでいるんだ。
「助けてください。確かに危機的ではないですが、できればこの状況から脱したいと思っています」
「らしいぞ、哲也」
「好美。涼は今日のパーティの大事なお客様だ。身内の好美が迷惑をかけるな」
身内になる私達だから、お客様と言われてしまうと…申し訳ないと思ってしまう。
「身内?」
涼さんの声が問う。
「あぁ、身内だ。いや…俺と好美は違うが」
そこには拘りがあるみたいだ。
「んー…えっと…好美さん?このまま放っておくのは良くないかもしれないが、俺は哲也には勝てない。それは分かるだろう?」
その問いに頷いた。
「だから、哲也を説得するか警報機を押すか、になるが。できれば関わりたくない、という気持ちも大きい」
ですよね。
気持ちは分かります。
だけど、このままだと哲也さんは本当に私を連れ帰るかもしれない。
私が警報機を押せば良いけれど、やっぱり騒ぎにはしたくない。
本格的に危機的かと問われれば違うけれど、今後を考えると出来るだけ穏便に済ませたい。
「涼さんの気持ちは分かります。それでしたら伝言をお願いします」
「伝言?」
見上げると、とても面倒そうな興味なさそうな瞳。
その瞳に訴える。
「おばあちゃん、最近、ちょっと煮物の塩分が多いと思いませんか?作る量が増えたのと、食べ盛りの人達の食事を作るからだと思いますけれど。優輝が食べるから嬉しいみたいですけれど、同じ食事をしているおじいちゃんとおばあちゃんが、私は心配です。それからおじいちゃん。ちょっとお酒の量が増えたの、知ってます?」
まぁ、ちょっとなんだけど。
でも、見上げた先の瞳が、少し反応している。
そして、背後の人も動きを止めている。
「それから。優輝」
ちょっと強い口調で言ったら、涼さんがビクリと震えた。
「練習場所に使うのは構いません。ちゃんと優輝本人が私に良いかどうか訊いてくれましたから。でも、階段を片足で上り下りするのは、何度注意しても止めません。怪我したら、どうするんですか?松葉杖で上まで来た時は驚いて、でも、凄い体力だなと思ったから褒めてしまった私が間違いだったかもしれませんけれど、今も片足って、優輝は良いかもしれませんが、小さな子ども達が真似をして困ります。涼さんからも注意してください」
ちょっと大袈裟に話したけれど、実際に困っていた内容だったから、話し終えて自然と溜息が出た。
そして、前方も後方も動きが止まっているのが分かる。
だけど、私の体を拘束する腕が緩んだ。
「そうだったな。優輝…直談判してたな」
「桜の…家か?」
「あぁ」
涼さんの問いに、哲也さんが答えた。
「松葉杖で…あの時、優輝は…君の家に行ったのか?」
「はい。ご挨拶が遅れました。初めまして。姫野好美です」
ちょっと乱れている服を整えながら答える。
「そうか…哲也。彼女が帰るのなら、その車に俺も乗せてもらって構わないか?近くだろう?」
「あぁ。そうだな。好美、運転手は?」
「はい。大丈夫です」
哲也さんを見上げて、ようやく私は笑顔を向ける。
「哲也さん。お元気で」
「戻るのを延期す」
「どうぞ。ご自由に」
「本当に…冷たくなったな」
その言葉を適当に聞き流して、私は哲也さんに手を振った。
涼さんを見上げると、とても怪訝な瞳。
「車の番号、指示されています?」
「いや…行けば分かると」
多くの人は帰った後だけれど、客人を1人で駐車場に向かわせるのは、新堂としては対応が妙だと感じた。
だけど、その疑問は、すぐに晴れる。
「お疲れ様。好美ちゃん」
「響子さんっ!」
「帰りましょう。どうぞ、橋元さん」
響子さんが晴己お兄様と連絡をとっているのか。
誰かが私が来ていることを知っていて、涼さんと会わせたのか。
本当の事は分からない。
分からないことなど、たくさんある。
確かなのは、響子さんは私と涼さんを車に乗せる計画だった、という事だ。
「初めまして。晴己の叔母の姫野響子です」
「え?叔母?」
「はい。叔母です。晴己の祖父は私の父です。私の母は後妻です。彼女の祖母は晴己の祖父の妹です」
自分達の事を紹介する時、響子さんは上手に晴己お兄様を絡める。
必要な時は名前を出して、避けたい時は名前を伏せる。
「そ…うですか。すみません。今日は色々とあって。とてもじゃないが…全員を覚えられない」
苦笑しながら車の後部座席に乗る涼さんに私も続く。
響子さんが助手席に乗り、車が走り出した。

◇◇◇

涼さんは色々と質問があるみたいだけれど、言葉にしない。
だから、私はウトウトしていた。
住み込みの運転手さん、乗り慣れた車。
何の抵抗もなく眠りに誘われる。
「好美ちゃん」
響子さんの声に、目を開けた。
体を伸ばして、隣に座る人を見る。
「おばあちゃんに、今年も、らっきょうお願いしますと伝えてください」
「…随分と、親しいみたいですね」
「はい。お世話になっています」
「優輝が、松葉杖で行くぐらい?」
「練習場所ですよ?怪我をしていた時も、優輝は動く部分は鍛えていましたから」
「そうですか…今日はありがとうございました。家族に伝えます」
思考能力が完璧ではない状態で、涼さんは車内の私達に礼を言うと車を降りた。
その姿が玄関の扉の向こうに消えるのを見送って、響子さんが私の隣に座ると車が再び動く。
「響子さん。哲也さんに会っちゃった…」
「そう。残念ね。まぁ、今ここに好美ちゃんがいるんだから、良いんじゃないの?」
「うん…そうだよね」
「晴己さんの考え、納得出来なかったら従わなくて良いのよ?まだ決めなくても良いんだから」
「うん…そうだよね。ねぇ、響子さんは、どうするの?」
「私?」
「響子さんは、誰と結婚するの?」
「あー…好美ちゃんの、残り…とか?」
「ちょ、ちょっとっ!」
「だって、好美ちゃんと男を奪い合うなんて、絶対に嫌。好美ちゃんの候補に選んだ時点で、姫野と良好な関係を築ける人って事でしょ?そこから選ぶのが早いでしょ?」
「そうだけど。だったら、響子さんが先に選んで。年上だし」
「それはねぇ…やっぱり男性側には好美ちゃんのほうが人気あると思うけど?」
「…どうして?」
「個人個人の事は別にして…姫野本家の娘で麗子の妹である私よりも、好美ちゃんのほうが色々と都合が良いでしょ、男性側から見ると」
「うー…」
「私は父も母も姉も意見を言うだろうし、その意見は通さなきゃいけない。でも好美ちゃんの外野は多いけれど、決定的に強い意見を持つ人がいない」
「そうよねぇ…そうだよねぇ…だから、晴己お兄様、哲也さんを除外しないんだよね」
桐島太一郎氏も、裕さんも、凄く私の事を心配してくれるけれど、結局は他人だ。
「あーそうそう。心配しないで。残りを選ぶとしても、私は哲也さん選ばないから。あっちも私を選ばないだろうけど」
「どうして?」
「えー、だって嫌よ?それなりに家の事を考えて結婚するとしても、私よりも好きな女性がいた人よ?その状況も知っているのよ?さすがに嫌だわ」
「好き、なのかな?」
「好きでしょ?それくらいは認めてあげなきゃ。気持ちまで否定するのは酷よ」
響子さんの声を聞きながら、溜息が出た。


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