りなりあ

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番外編 10

2014-10-29 21:01:15 | 指先の記憶 番外編

「賢一君。今日は来てくれてありがとう」
視線を合わせずに、私は告げる。
「お土産。1箱で充分よね?」
賢一君と明良君と雅司。
3箱を本家の家政婦さんは勧めてくれたけれど、雅司に12個は多すぎる。
賢一君と明良君なら、計画的に12個を食べるような気もするけれど、12は多い。
12という数字を女性で想像してしまって、賢一君の周囲に集まるのを想像して…。
「大丈夫ですか?」
「…ちょ…っと着物…疲れたかも」
やっぱりオカシイ…1ダース…。
「着替えよう、かな…」
「大丈夫ですか?」
伸びてきた両腕が私の体を支えてくれた。
凄く自然な動きで、なんというか…男性的なものを全く感じない両腕。
それは私の主観だとは思う。
逞しくて力強い腕は私を簡単に抱えることが出来るはずだから、彼が男性であることは確かだけれど。
明良君が雅司を抱えていたように、体格の男性的なものとは違って、内面というかお互いの意識というか、そういうものに男性を感じることがない。
哲也さんとも弘先輩とも違って、松原先輩とも違う。
ただ、なんとなく思うのは、賢一君の自然な動きは慣れていて…付き合っていた女性がいたのだろうと想像できる動きだ。
「奥の和室ですよね?」
今では既に間取りを理解している賢一君が、離れに近い和室を目指す。
ゆっくりと歩く私を支えて、倒れないように手を添えて、強すぎず弱すぎず、近すぎず遠すぎず…安心できる距離と力。
賢一君は私の弟を護ってくれる人。
彼の家族は私の家族を知っている。
祖母と父を支えてくれた人達、母の幸せを願ってくれる人達。
私に桐島家という支えがあれば、晴己お兄様も杏依ちゃんも安堵する。
そして、それは、杏依ちゃんの母親である志織さんも同じだろうと思う。
喜んでくれる人が多い。
祝福してくれる人が多い。
反対する人が思いつかないくらい、私の相手として賢一君は適している。
だけど、逆はどうだろう?
賢一君にとって素晴らしい相手は、他にもたくさんいる。
私を抱え込む必要など、ないのだ。
だけど、もし私が彼との結婚を望んだら、賢一君は頷いてくれるだろう。
「椅子にしますか?」
和室に置かれた小さな椅子に座り、私は上半身を賢一君に支えてもらった。
私は彼と視線を合わせないように努力している。
真面目で真っ直ぐな人。
寂しい心を捉えられるのが、怖い。
「兄さん」
廊下からの声。
「好美さんに飲み物を出さないで、いきなり説教は酷だよ」
「あ…ごめん」
畳の上を、そっとそっと歩いてくる雅司。
「はい」
差し出されたトレイには響子さん特製のハーブティ。
冷蔵庫で冷やされたハーブティは、私が飲む量は小さなグラスに一杯だけだと決められている。
食べる物、飲む物など体の中に入る物だけでなく、着る物、使う物も私は殆どを管理されている。
だけど、それは苦痛ではなく、私にとって心地良い状況だった。
だから、結婚相手も決めてくれれば…そう思う気持ちもあるけれど、相手の男性に対して私の心が乱れるのは事実だ。
「おなか すいた?」
雅司が問う。
自分の感情を伝えるのではなく、私の気持ちを問う弟は、日に日に成長している。
この子の幸せを望むことが許され与えることを喜んだ気持ちは、当然ながら今も存在するけれど、雅司の支えに私は甘えてしまっている。
「ぎょうざ つくったんだ」
ぎょうざ作りは、雅司のお気に入りだ。
明良君と一緒に作って、私に振舞ってくれる。
準備しますから着替えてください、明良君はそう言って雅司を連れて和室から出た。
冷えたハーブティを飲むと、胸が少しスッキリとした。
グラスを受け取る手に、自分が今も賢一君の腕に支えられていたことを思い出した。
「落ち着きましたか?」
問われて頷くと、支えている腕が離れる気配がした。
「賢一君」
呼ぶと腕の動きが止まる。
「帯。緩めて」
私の依頼の後、沈黙、そして大袈裟な溜息。
「人を呼んできます。少し我慢できますか?」
「無理。苦しい」
「煽っています?」
「試しているだけ」
その言葉を発して、それが私自身の本心だと気付く。
私の勝手な言動に振り回されない賢一君への信頼は、会う度に増していく。
初めて会った時は、弟である明良君のほうが頼れる雰囲気がして、それは確かに今も変わらないけれど…でも、賢一君は会う度に大人になっていく。
「好美さん。僕には可能性などないと分かっていますが、完全に対象外だと宣言されると、やはり落ち込みます。僕も健全な男ですから無防備も困ります。それに、自覚があるのなら性格に問題がありますよ」
先程までの説教に近い咎めるような声とは違い、優しくゆっくりと言い聞かせるように話す賢一君のほうが、私のことを対象外として扱っている。
「性格に問題があるのは、ちゃんと自分で分かっています。だって私、勝手だもの。我侭だもの。性格歪んでいるもの。こんな私、賢一君は相手にしなくて良いから」
雅司を護ってくれるのなら、私は賢一君にはそれ以上を望まない。
「迷惑なら、来るのを控えましょうか?」
「控えるって…そうじゃなく…どうしてこんな面倒な事してるの?私と賢一君が結婚すれば、全て丸く収まるでしょ?」
どうして、目の前の人は、何もかもを耐えるのだろう?
彼女と別れてまで、どうして私の前にいるのだろう?
「賢一君、中途半端だと思う。太一郎先生とか裕さんとか関係なく…賢一君の気持ちは?」
理不尽に責める自分自身が凄く嫌だ。
「僕の気持ちは必要ですか?」
問われて見上げると、私を見下ろす瞳は、不思議そうに真っ直ぐ向けられていた。
「必要って…そりゃぁ…そうでしょ?」
「今は、その時期ではありませんよね?僕は正々堂々と戦いたい。公平で、抜け駆けなどしたくありません。哲也さんと小野寺さんが不在の状態で、好美さんに結論を迫ることなど出来ません」
「賢一君…どうして、哲也さんと弘先輩を気にするの?」
関係ないのだと、気にしていられないと、強い気持ちを持てば良いのに…だけど、その強い気持ちなど賢一君にはなくて、仕方なく今の位置にいるだけで、それなのに賢一君に気持ちを求める私は、なんて図々しいのだろう。
「気にします。当然です。僕は哲也さんのように好美さんを救ったわけでもなく、小野寺さんのように支えたわけでもありませんから」
私は哲也さんに救われたのだろうか?
弘先輩に支えられたのだろうか?
「でも、あの2人、私を地の底に落としましたけど?」
私の言葉に賢一君が笑う。
「それなら地の底で一緒に待ちましょうか?迎えが来るまで僕もお供します」
「賢一君?」
「でも、待ち続けるのも退屈になるかもしれませんね。それなら、好美さんは上から眺めていましょう。僕達が勝手に騒いでいるだけですから。夏は、僕も一緒に寺本さんの家を訪問しても良いですか?雅司君も楽しみにしていますし、舞ちゃんも早川さんの家に行く予定ですから」
「そうなの?」
「賑やかですよ」
「でもっ!賢一君、畑仕事とか出来るの?」
健康な若者を、曾祖母が放っておくとは思えない。
「未知の世界ですから情けない姿を見せてしまうかもしれませんが」
「好き嫌いは許されないけれど、大丈夫?」
「らしいですね」
「朝は早いよ!」
「健康そうですね」
穏やかな笑顔を向けられて、私の乱れていた心が落ち着いていく。
「賢一君、正々堂々とか公平とか言ってたけど、寺本の名前を出すのは卑怯だよ?」
「事前準備です。根回しは大事です」
爽やかな笑顔で言われて、思わず噴出した。
「響子さんも一緒に餃子を作っていたので、着物に触れるのは避けたいと言うでしょう。頑張って着替えてください」
賢一君の腕が私から離れる。
「ちょ、ちょっと賢一君!本当に帯、緩めてもらわないと」
「早く着替えてください。餃子、冷めますよ」
ピシャリと冷たい言葉と共に、襖が閉まった。


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