りなりあ

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約束を抱いて 第三章-1

2007-08-18 11:31:40 | 約束を抱いて 第三章

空を見上げた。
ゆっくりと漂う雲が青い空に浮いている。
風が運ぶ春の香りが、季節の移り変わりを告げていた。

待ち合わせ場所から見える時計を見た。
そして、目の前の壁に張られているポスターを見上げて、思わず顔が綻んでしまう。
また視線を上げて、空を見上げた。
建物に切り取られてしまった空は、いつも見ていた景色と全く違う。毎年、この季節は自然に囲まれた場所で過していたし、駅で待ち合わせをして誰かを待った事は少なく、都会の空を見上げた回数の少なさを改めて知った。
「むつみ。」
突然、腕を取られて強い力で引張られた。
「こんな所で待つ必要ないだろっ。」
むつみは手を引かれて改札前まで連れて行かれた。
「だって。見ていたかったんだもん。」
急に優輝が立ち止まり、むつみは彼の背中にぶつかってしまう。少しだけ見上げた先に優輝の頬があり、また彼の身長が伸びたような気がした。
「俺が自分の写っているポスターの前に立つのか?そんな事できるかよ。」
不機嫌な優輝はむつみを見る事もなく、彼女の腕を離すとまた歩き出して改札を通り、むつみは慌てて彼を追った。
「むつみはさ、自分の母親が写っているポスター平気?」
優輝の歩く速度は早くて、むつみは少し息を切らしながら付いて行く。
「うーん。慣れっこかなぁ。それに私、あまり母に似ていないし。」
「…そうか?」
優輝は、むつみを見た。
確かに母親である星碧には似ておらず、むつみはどちらかといえば父親似だ。ただ、彼女の黒い髪は母親譲りだと、すぐに分かる。
「やっぱり晴己さんに車、用意してもらおうかなぁ。」
新堂の家に通うのに、優輝とむつみは電車を利用すると言ったのだが、新堂の車の方が良かったかもしれないと、優輝は思い始めていた。
なぜなら、新堂の家に行く為に利用する駅に、星碧と優輝、そして卓也の出演したCMのポスターが貼られているからだ。
優輝は休みの間、ずっと新堂の家に滞在する為、次に電車に乗るのは春休み最終日だが、その時は晴己に車を用意してもらう方が賢明な気がしていた。
そしてむつみは、時々でも良いから優輝に会いに行く事を望んだが、それは晴己が了承しないと始まらない。しかし、晴己の妻である杏依がむつみの事を歓迎してくれ、むつみも新堂の家に滞在する事になった。

しかし、それには条件があり、仕事が休みである碧も一緒に滞在する事になっているし、家政婦のアルバイトに来ている杏依の友人の瑠璃も一緒に滞在する。
むつみの父親だけを残して斉藤家が新堂の家に大移動をするような状況だが、その特異性に優輝は今更驚かなかった。
むつみと新堂家の関係は、かなり特異だ。気になるというよりも気に障る事が多いが、それらは今の優輝には何も出来ない事だと、彼は自分を納得させた。
そして、そんな様々な理由よりも、少しでも多くの時間をむつみと過せるのなら、それで充分だった。
「うわっ…電車の中まで。」
車内に乗り込んだ途端、優輝が嫌そうな声を出して帽子を被りなおした。
この宣伝の為に、SINDOは随分と力を入れたようで、電車の釣り広告は、鮮やかな青い空で染められていた。
「へぇ、あの飲料水、美味しそう。」
「…むつみ。」
「後で買ってみようかな。」
「…うちに来たら山積みになってあるから、それ飲めよ。」
電車が走り出す。
むつみは鞄から取り出した帽子を被った。
むつみの気持ちも、周囲も変化している。
昔とは違う。
子供の頃とは違う。
今なら受け入れる事が出来るかもしれないと、むつみは思っていた。



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