りなりあ

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番外編 1

2013-12-20 22:17:57 | 指先の記憶 番外編

新堂勝海披露パーティ終了後

指先の記憶本編終了時から思いっきり時間が飛びますが、姫野好美、大学生になりました。

 

本館で何があったのか、別館にいた私には分からない。
でも、杏依ちゃんの話を聞くと、晴己お兄様は、今頃どんな気持ちなのだろうと考えると…関わりたくない。
杏依ちゃんが舞ちゃんと話をしたのなら、以前から知り合いだったと周囲は分かってしまう。
どうして杏依ちゃんが施設に行っていたことを隠していたのか分からない。
もしかしたら隠していないのかもしれない。
ただ、晴己お兄様が気付かなかっただけ。
それとも、気付いていたのかもしれない。
確かなのは、2人が施設を話題にしていなかった、ということ。
私は勝海君の披露パーティには出ていない。
親戚なのだから、いつでも会えるし参加する必要はない。
だが、参加しても別に構わない。
こうして、家政婦さんの制服を着て、晴己お兄様には何も告げず別館に身を潜める必要はない。
今日、ここで何が起こるのか誰か来るのか、気になって仕方がなかった。
「私、帰るね」
杏依ちゃんに告げると、にっこりと笑顔を返される。
「哲也さん。本館に泊まるみたいよ」
杏依ちゃんが出した名前に、思わず身体が強張った。
「晴己君が引き止めてしまったみたい」
その原因を作ったのは、杏依ちゃんだよね?
色々と聞きたいけれど、それは避ける。
「…それなら、尚更、早く帰る。会いたくないから」
別館に哲也さんが来ることはないけれど、一応同じ敷地内。
早々に自宅に戻りたかった。

◇◇◇

家政婦さんの制服のほうが目立たない。
気持ちは落ち着かないけれど、駐車場を目指した。
使用する車と運転手さんは杏依ちゃんから指示を受けている。
晴己お兄様は気付いていないみたいだし、もしバレてしまったら、パーティに参加しようと思ったけれど哲也さんがいたから、そう言ってしまえば良い。
また彼が悪者になってしまうけれど、仕方がない。
訪問客の人達と会うこともなく、ホっとしていた。
だけど、ふと何か妙な感じがして、その直後だった。
考える間も、逃げる間もなかった。
歩いていたら前方に衝撃を感じて、後ろに引き戻されて、そして背中に何かが当たる。
肩に重みを感じて、首に何かが当たる。
一瞬だった。
右手も左手も、両足も自由に動かせない。
「メイド服はスカートが短いのが鉄則じゃないのか?」
首に触れる髪が少し痛い。
肩に触れる頬が動くと、髪も動いて更にチクッとする。
そして、微かに届くアルコールの香り。
逃げるのは無理だと分かり、私の身体から力が抜けた。
「家政婦さんの制服です。動きやすい長さですから、ミニスカートを選ぶ必要はありません」
「それは残念。短いほうが触りやすいのに」
「…本当に変態だったんですね」
背後に立つ人が笑い出す。
滅多に笑わない人なのに、晴己お兄様のお酒に付き合わされていたみたいだし、かなり酔っているのかも。
諦めの気持ちが広がっていく。
この人に私が勝てるわけがない。
体格も体力も。
身を護る術を私に教えてくれたのは彼だ。
勝てるわけがない。
戦うことを放棄して、後ろの人に体重を預ける。
私を拘束する力が弱まり、その腕が優しく私を包む。
思わず溜息が出た。
諦めの溜息なのか、安堵の溜息なのか。
認めたくないけれど、この人の腕の中は凄く落ち着く。
「…帰ってきていたんですね」
勝海君の披露パーティに出席するのは知っていた。
従兄弟達は1人も欠けないほうが良いと均整を保つように努めている人達だ。
その均整を壊したのは私だと大ちゃんに言われた時は落ち込んだけれど、それぐらいで壊れてしまうような人達ではない、というのが事実だった。
「明日、戻る」
少しだけ腕に力が入る。
会いに来てくれるかもしれないと、この数日思っていた。
それは期待なのか、それとも避けたいからなのか、自分でも良く分からない。
結局会いに来てくれることはなくて、もう会わずに済むと思っていたのに。
「好美」
耳に流れてくる声は、祖父だと慕っていた人に似ているけれど、でも違うように聞こえてしまうようになっていた。
「会いたかった」
その意味が、今の私は分かるようになっていた。
私も会いたかったと返すことができない、とても重くて意味が違う言葉。
15歳の時は、その意味を想像するのも理解するのも怖かった。
家族を再び得た私は、たくさんの愛を与えてもらい、与える相手も存在した。
今は、それらの愛情とは違う異性への愛が存在するのだと、理解できるようになっている。
「哲也さん、ここ…新堂の敷地内ですよ?そういうの…晴己お兄様、凄く嫌がるの知っていますよね?」
晴己お兄様は、領域とか、そういうものに拘る。
だから、新堂の敷地内での哲也さんの勝手な行動は絶対に許さない人だ。
「だったら、俺の家に来い」
いや…違う。
晴己お兄様の名前を出してもダメみたいだ。
でも、考えてみれば、以前も晴己お兄様の忠告を聞かなかった人だし…面倒な人だ。
「私は自分の家に帰ります。哲也さんの家には行きません。それに、哲也さん、酔っているでしょう?」
「…酔っている…晴己に飲まされた。俺は晴己ほど強くない」
やめて、やめて。
耳元で囁かないでください。
「耐え性がなかったって呆れてるのか?小野寺弘に俺は完敗だ。でも、罪を償ったら許してくれるか?」
大げさだけど、今なら分かる。
晴己お兄様には、あれは罪だったのだ。
あの状態で自分の気持ちを優先した哲也さんを、晴己お兄様は許さなかった。
それは分かる。
あの頃の私は、何もかもが分からなくなっていて、哲也さんに縋って。
でも、もしあのまま、哲也さんが傍にいてくれたら。
私は、他の大切なものに気付かなかったと思う。
母との関係を修復できなくても、新しい関係を築くことも求めなかったと思う。
裕さんと母を見守ることも、兄と弟との関係も。
友人さえも求めなかったと思う。
何も残らない、何も無いではなく、何もいらないと思ってしまっていただろう。
「許す許さないの前に、哲也さんは減点のままですよ?何か加点できること、ありましたっけ?」
庭と家の整備も、家政婦さん達も、私が快適に過ごせるようにしてくれたのは哲也さんだ。
だけど、それに関して加点をしていない。
「減点なら希望はあるな…存在まで消されているかと思っていた」
不穏な空気、それを感じた。
触れていた手が動き始める。
「いくつになった?」
「18です」
「まだ、ダメか?」
「はい。たぶん許可はおりません」
「…誰の許可だ?」
「うーん…晴己お兄様とか、私の兄とか弟とか、麗子さんとか、栄吉おじさまとか、あー…そうそう…裕さん、意外に怖いですよ?それから太一郎先生。私に何かあると、祖母と父にあの世で会えないと言っています。今の世ではなく先の世のことを悩んでいます。絶対に長生きすると言っています。なので、今、元気ですよ」
哲也さんが笑う。
「その人数が納得するのは無理だろう?俺は誰も納得しなくても認めなくても、別に構わない」
いや…私本人が納得していない。
どうにかしなくてはいけない。
でも、騒ぎになると、本当に今度こそ哲也さんと晴己お兄様が壊れる。
それなのに、こんな状態の哲也さんは思慮が浅すぎる。
お酒に酔っている。
飲まされた、付き合わされた。
その言い訳は勝手過ぎる。
盛大な溜息が出た。


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